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一章:終わりの始まり

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 こういう場において必ず出るのは「仕事は何をしているか」という質問だ。
 ユーマは大体そういうときに答える言葉は決まっていた。
「社長秘書って、感じかな?」
 そう答えると大抵はおなじ反応だ。案の定ハチも目を丸くして肩を竦めた。
「意外」
「絶対言われる」
 くすくすと笑いながらユーマはグラスに口をつける。
 口の中に爽やかながら、少し苦い味が広がる。
「俺は元々施設育ちなんでね。まぁ、色々とあって、今の社長がもうちょっと若い頃に世話係って感じで雇われて。そのまま今なの」
 間違いではない。嘘が全てというわけでもない。
 だから口から滑り出る言葉は案外真実味を持って相手に届く。

「そういうハチは? 何してるの?」
「俺はね、なんでも屋。マジで何でもやるよ?」
「へぇ……なんでも?」
「そ、なんでも」
 ならば一緒に狂言を打ってくれ、と頼んだらどうなるだろうか。
 生かして連れて行かねばならない。もちろん昏倒させでもすれば簡単と言えば簡単だ。
 だが相手は本当の意味で同業者だ。
 簡単に隙を見せてはくれないだろう。
「何か困り事でも? 相談に乗ろうか?」
 ハチの声にユーマはふと我に返った。
 少しだけ考えるようにユーマはハチを見つめて、それから首を横に振った。
「今はいい」
「そぉ?」

 そうしてグラスが空になるともう一杯飲んだ。
 ハチは酒に強く、ずっとウイスキーを飲んでいた。このまま店で話続けていたら自分が負けると思って、ユーマは外に出ないかと誘った。
 正直、もう少しこうして話していたいとすこしだけ思った。
 ハチの話は嘘であろうとも面白かった。色々な客とのやりとりだったりと仕事内容をぼかして話をする。
 その客が本当は殺されたのか、それとも殺しを頼んだ側なのか。そこに、殺しとは分からないフェイクを差し込んだ話なのか。
 もしくは完全な作り話なのか。だとしても楽しかった。

 フロアを出る時、支払いはハチがした。自分がするといったのだが、ハチは楽しかったからといって支払う。
「わるいよ」
「大丈夫。どうせまだ夜は長いよ」
 そう言ったハチの言葉にユーマは微笑む。
 歩き始めると少しだけ足元がふらつく。飲み過ぎた、という気はしない。だが空きっ腹にアルコールを飲んだのは久々かもしれない。
 それに元来強いわけではない。ハチのペースに引っ張られて飲んでしまったのは、失敗かもしれない。
 そう思うと同時に、ほんのり酒に熱を与えられている方が楽なこともある。

 建物から出る為にはフロアを降りていき、一階の人混みを抜けなくてはならない。
 時間が遅くなればなるほど賑やかになる一階のフロアは既に人で溢れている。
 ユーマはハチの手を握った。
 数センチほど背の高いハチはユーマを見下ろして、笑って、手の力を強くした。
 ぎゅっと握りしめられた手はやはり少し温かく、アルコールによる熱が感じられた。
「行こう」
 ユーマが呟いて歩き出すと、ハチも歩き出した。
 二人は人混みの中を手を繋いだまま出口へと向かって行く。

 音と人にもみくちゃにされるのは、いつものことだった。
 ターゲットによっては出会って、次の行き先で殺すのがパターンだった。
 今こうしてハチの手を引いて外に出ることも、店員の誰かによってミナトに報告されるだろう。
 殺せれば楽なのに。
 そう思いながら外に出て、繋いだ手を離そうとした。
 だがハチは手を離そうとしない。
 ふと見上げると目を細めて笑うハチと、街の煩い程のネオンの色で白んだ夜空が見える。
「次の店まで、手繋いでて」
「まぁ……いいけど」
 そう言って、ユーマは手をもう一度繋ぎ直した。
「ちょっと離れたところだけど、なじみの店あるから。どう?」
「いいよ。任せる」
 言葉を交わすとハチが歩きだした。
 それに着いて行きながら、ユーマは背後に感じる人の気配に酔いが少しだけ醒めた。
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