おれは忍者の子孫

メバ

文字の大きさ
上 下
423 / 519
新学期と

第374話:ツネとユウと月明りと

しおりを挟む
重清達がなんとか保健室から脱出していた頃、恒久とユウは校舎から出て、部室の並ぶ一角へと差し掛かっていた。

夜空に浮かぶ月が、2人の影を朧気ながらグラウンドへと写し出していた。

「さすがに、外でもこの時間だと怖いな。ユウ、大丈夫か?」
「は、はい!」
夜道を歩くユウに優しく声をかける恒久を見つめ、ユウは緊張した面持ちで答えた。

(うわぁ・・・恒久先輩と2人っきり・・・どうしよう。緊張しちゃう・・・)

ユウの心の声である。

依頼のことなど完全に頭から消え去っているユウにとって、密かに想いを寄せる恒久と2人っきりになるこの状況はもはやボーナスタイムであり、緊張のひと時なのである。

「で、でも、なんで私達が陸上部の部室なんですかね?
なんだか、皆さん私達に行ってほしいみたいでしたけど・・・」
ユウは必死に恒久との会話を続けようと、ここへ来る前の先輩達の様子を思い出しながら恒久へと質問を投げかけた。

なんとなく、ニヤニヤする先輩達(主に、男子一同)の顔を思い浮かべながら。

「あー、それなぁ・・・」
恒久は、そう呟きながら肩を落とした。

見るからに落ち込んだ様子の恒久に、ユウは焦っていた。

(どうしよう。恒久先輩の地雷踏んじゃった!?)

確かに、恒久にとって陸上部の部室は、地雷と言っても過言ではなかった。

以前術を習得しようとした恒久は、透視できる術に挑戦し、『青忍者せいにんじゃ育成契約』に引っかかったことがあった。

それは、透視の力によって覗きをしようとする邪な心が原因であった。

そのことにより茜や、当時2中忍者部に来ていた麻耶からの責めを逃れるべく、恒久は自身に重い罰を課したのだ。

リアルよっちゃんの刑』と重清に命名されたその重い罰。

陸上部の部室で屈強な陸上部員と、そして陸上部顧問である斎藤よっちゃんにゼロ距離で囲まれながら筋トレをするという、世にもおぞましき罰である。

そのことをしっかりと記憶に刻んでいた男子一同は、なんの打合せもすることなく、恒久を陸上部の部室へと差し向けたのだ。

ここ最近行われている、連携の訓練のたまものである。

そしてもちろん、その記憶が心に深い傷として残っている恒久は、ユウの言葉にさらに憂鬱になっているのであった。

陸上部の部室に向かわされた理由を問われた恒久は、その答えに困っていたのだ。

いくら後輩とはいえ、女子に『覗きをしようとした罰』の話などできるはずもない。

その結果、恒久が捻り出した答えは。

「まぁ、いつか話すわ」
という、ただの先延ばしな回答であった。

「・・・わかりました」
落ち込む恒久をこれ以上見たくなかったユウはただそう答えると、努めて笑顔で話題を変えることにした。

「それにしても、獣の声って、何なんでしょうね?」
そんなユウの笑顔に救われた気持ちの恒久は、同じく無理矢理な笑顔をユウへと向ける。

「まぁ、なんとなく想像はつくけどな」

そう言った恒久にユウが首を傾げている間に、2人は問題の部室へと到着した。

「ぐもぉぉぉぉっ!!」

部室の中から、そんな獣のような声が響いてきた。

「つ、恒久先輩、今の・・・」
「あぁ。思いっきり獣っぽい声だったな」

そう言った恒久がふと目線を上げると、部室の窓が開いていることに気がついた。

「ま、見てみりゃ分かるだろ」
「で、でも・・・」
全く恐れている様子のない恒久の言葉に、ユウは身を震わせる。

「大丈夫だって。じゃ、先に見るぞ?」
ユウを安心させるように優しく答えた恒久は、そっと窓から中を覗き込んだ。

そしてすぐに腰を下ろすと、深いため息をついた。

「予想どおり。見なきゃよかったぜ」
「そ、そんなに怖いものが?」

「まぁ、ある意味怖いものだけどな。いいから見てみろって」
「わ、わかりました」
恒久の言葉に深く頷いて、ユウは窓から中を覗き込んだ。

「ぐもぉぉぉぉっ!!」

そこには、恒久との会話の間も絶え間なく聞こえていた獣のような声を上げながら、重そうなベンチプレスで自身の肉体をいじめ抜いている、斎藤よっちゃんの姿があった。

「えぇ~っと・・・」
なんと言っていいのか分からない光景を目にしたユウは、腰を下ろして言い淀んでいた。

「あれ、陸上部顧問の斎藤先生。通称よっちゃん、な。どうせこんな事だろうと思ってたけどよぉ。
いざ目の当たりにすると、やっぱキツイな」
「ふふふ。キツいって。斎藤先生に失礼ですよ?」
恒久の言葉に、ユウが笑っていると。

「あら?誰かいるのかしら?」

斎藤は重そうなバーベルを置き、窓の方へと目を向けた。

「やべっ!ユウ、行くぞ!」
「えっ、あっ・・・」

突然の事に恒久は、ユウの手を引いてその場を急いで後にした。


「「はぁ、はぁ、はぁ・・・」」

陸上部の部室から離れた2人は、息を切らせて立ち止まった。

「あっ、悪ぃ!また勝手に女子に触れちまってた!」
落ち着いた恒久は、ユウの手を握っていた事に気付き、急いでその手を離そうとした。

ギュッ・・・

しかしユウは、恒久の手を強く握り返していた。

「えっと・・・ユウ、大丈夫か?」
恒久は恐る恐る、ユウの顔を覗き込んだ。

その潤んだ瞳に吸い込まれそうになる恒久に、ユウは口を開いた。

「恒久先輩・・・」
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

婚約破棄からの断罪カウンター

F.conoe
ファンタジー
冤罪押しつけられたから、それなら、と実現してあげた悪役令嬢。 理論ではなく力押しのカウンター攻撃 効果は抜群か…? (すでに違う婚約破棄ものも投稿していますが、はじめてなんとか書き上げた婚約破棄ものです)

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

聖女の、その後

六つ花えいこ
ファンタジー
私は五年前、この世界に“召喚”された。

処理中です...