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新学期と
第342話:接近
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入学式の翌日の放課後。
松本反音は、1人帰路についていた。
入学式当日、生前の父の言いつけ通りに社会科研究部に行こうと決めていたはずの彼は、自身が何故そうしなかったのか、不思議に思っていた。
反音は慌てるようにこの日、社会科研究部顧問の古賀のもとを訪れたが、既に社会科研究部の入部は締め切られておりもはや彼には父の言いつけを守る術は残されていなかった。
特に、社会科研究部に入りたいという強い想いがあったわけではない。
ただ、尊敬する父の言いつけを守りたい、その一心だった彼にとって、それは不服以外の何者でもなかった。
彼の父は、警察官であった。
あまり、良い父親とは言い難い父であった。
しかしそれは、市民を守る警察官だからこそ、家庭を顧みなかったことを反音は知っていた。
そんな父を、彼は尊敬していたのだ。
いつからか父のその熱い想いは消え失せ、日に日に家に帰ってくる時間が早くなっても、彼にとっての父親は、ずっと正義の味方であった。
反音は、幼い頃から洞察力の鋭い子であった。
だからこそ反音は気付いていた。
父が、正義の味方であった父が、悪事に手を染めていたことに。
気付いていながら、彼はそれを咎めることは出来なかった。
いや、信じることが出来なかった。
『パパは警察官なんだ。だから、悪い人みんな捕まえて、反音が楽しく暮らせる世界にしてみせるよ』
幼い頃父が言った言葉が、反音の全てであった。
そんな父が、悪事に手を染める訳がない。
反音は、常に自分にそう言い聞かせることで、父の悪行から目を逸らしていた。
しかし、そんな父は自殺した。
自殺した、ということになっている。
しかし反音には分かっていた。
これは、父が悪事に手を染めた報いなのだと。
それと同時に、反音は思った。
自身が父を止めていれば、父を失うことはなかったのではないか、と。
父の死後、反音はそう考え続けていた。
しかし彼はある日、気が付いた。
悪いのは、父を殺した相手である、と。
いくら悪事に手を染めていたとはいえ、父は本当に殺されなければならなかったのか。
父は、法のもとで裁かれるべきではなかったのか、と。
その時から彼の中では、警察官になるという漠然としていた夢が、ハッキリとしたものに変わっていた。
俺が、悪者をみんな捕まえる。
人はみんな、法のもとで裁かれるべきなんだ、と。
「早く、警察官にならなくちゃ。警察官になって、悪者みんな、捕まえなくちゃ。
まずは、父さんを殺した相手を・・・」
反音がそう呟きながら歩いていると、前の方から1人男が歩いて来ていることに、彼は気が付いた。
全身を黒い服で包み、ニコニコとした顔で歩くその男に警戒しながらも、反音は黙ってその男とすれ違った。
何事もなく男とすれ違った事にホッと安堵する反音に、
「こんにちは」
目の前の電柱からそう、声をかけられた。
正確には、電柱の影にいた男から。
「えっ?」
その男の姿を見た反音は、声を漏らした。
なぜならば電柱の影から出てきたのは、先程すれ違ったばかりの男だったからであった。
反音がすぐに背後を振り返るも、先程すれ違った男の姿は、そこにはなかった。
「安心してください。双子、なんてオチじゃありませんから」
再び向き直った反音に、男はニコニコと笑いながらそう言っていた。
「あの。何か用ですか?」
反音は警戒心を強めながら、男へと問いかけた。
「まぁ、警戒しますよね。ちょっとあなたにお話ししたいことがありましてね。
あなた最近、ごく短時間の記憶をなくしたことがありませんでしたか?」
男が返してきた言葉に、反男は体を硬直させた。
確かに、入学式のあの日、父の言いつけに従って社会科研究部に向かってからのわずかな時間、記憶がないことを反男は自覚していた。
ボーっとしていたのだろうと自分に言い聞かせることで納得していた反男であったが、男の言葉でそれもやはり思い込みであったと、確信させられたのだ。
「その様子では、思い当たる節があるようですね」
男はそう言って、反男に微笑みかけた。
「だったら、なんなんですか?」
反男は警戒を解くことなく、男を睨みつけた。
「そう警戒しないで欲しいんですけどね」
そう言って笑った男の姿がスッと消え、
「我々ならば、あなたの記憶を戻して差し上げることができます」
反男の背後から男の声が聞こえてきた。
「っ!?」
反音が振り返ると、先程まで目の前にいた男が、にこやかに反音の背後へと立っていた。
動揺する反音を気にも止めず、男は続けた。
「それに我々は、あなたの父親の死についても知っていますよ?」
「まさか、あなたが犯人ってオチじゃないですよね?」
「さて、それはどうでしょう?」
にこやかに笑う男に反音は、
「分かりました。ひとまず付いていきます」
そう、男にうなずき返すのであった。
松本反音は、1人帰路についていた。
入学式当日、生前の父の言いつけ通りに社会科研究部に行こうと決めていたはずの彼は、自身が何故そうしなかったのか、不思議に思っていた。
反音は慌てるようにこの日、社会科研究部顧問の古賀のもとを訪れたが、既に社会科研究部の入部は締め切られておりもはや彼には父の言いつけを守る術は残されていなかった。
特に、社会科研究部に入りたいという強い想いがあったわけではない。
ただ、尊敬する父の言いつけを守りたい、その一心だった彼にとって、それは不服以外の何者でもなかった。
彼の父は、警察官であった。
あまり、良い父親とは言い難い父であった。
しかしそれは、市民を守る警察官だからこそ、家庭を顧みなかったことを反音は知っていた。
そんな父を、彼は尊敬していたのだ。
いつからか父のその熱い想いは消え失せ、日に日に家に帰ってくる時間が早くなっても、彼にとっての父親は、ずっと正義の味方であった。
反音は、幼い頃から洞察力の鋭い子であった。
だからこそ反音は気付いていた。
父が、正義の味方であった父が、悪事に手を染めていたことに。
気付いていながら、彼はそれを咎めることは出来なかった。
いや、信じることが出来なかった。
『パパは警察官なんだ。だから、悪い人みんな捕まえて、反音が楽しく暮らせる世界にしてみせるよ』
幼い頃父が言った言葉が、反音の全てであった。
そんな父が、悪事に手を染める訳がない。
反音は、常に自分にそう言い聞かせることで、父の悪行から目を逸らしていた。
しかし、そんな父は自殺した。
自殺した、ということになっている。
しかし反音には分かっていた。
これは、父が悪事に手を染めた報いなのだと。
それと同時に、反音は思った。
自身が父を止めていれば、父を失うことはなかったのではないか、と。
父の死後、反音はそう考え続けていた。
しかし彼はある日、気が付いた。
悪いのは、父を殺した相手である、と。
いくら悪事に手を染めていたとはいえ、父は本当に殺されなければならなかったのか。
父は、法のもとで裁かれるべきではなかったのか、と。
その時から彼の中では、警察官になるという漠然としていた夢が、ハッキリとしたものに変わっていた。
俺が、悪者をみんな捕まえる。
人はみんな、法のもとで裁かれるべきなんだ、と。
「早く、警察官にならなくちゃ。警察官になって、悪者みんな、捕まえなくちゃ。
まずは、父さんを殺した相手を・・・」
反音がそう呟きながら歩いていると、前の方から1人男が歩いて来ていることに、彼は気が付いた。
全身を黒い服で包み、ニコニコとした顔で歩くその男に警戒しながらも、反音は黙ってその男とすれ違った。
何事もなく男とすれ違った事にホッと安堵する反音に、
「こんにちは」
目の前の電柱からそう、声をかけられた。
正確には、電柱の影にいた男から。
「えっ?」
その男の姿を見た反音は、声を漏らした。
なぜならば電柱の影から出てきたのは、先程すれ違ったばかりの男だったからであった。
反音がすぐに背後を振り返るも、先程すれ違った男の姿は、そこにはなかった。
「安心してください。双子、なんてオチじゃありませんから」
再び向き直った反音に、男はニコニコと笑いながらそう言っていた。
「あの。何か用ですか?」
反音は警戒心を強めながら、男へと問いかけた。
「まぁ、警戒しますよね。ちょっとあなたにお話ししたいことがありましてね。
あなた最近、ごく短時間の記憶をなくしたことがありませんでしたか?」
男が返してきた言葉に、反男は体を硬直させた。
確かに、入学式のあの日、父の言いつけに従って社会科研究部に向かってからのわずかな時間、記憶がないことを反男は自覚していた。
ボーっとしていたのだろうと自分に言い聞かせることで納得していた反男であったが、男の言葉でそれもやはり思い込みであったと、確信させられたのだ。
「その様子では、思い当たる節があるようですね」
男はそう言って、反男に微笑みかけた。
「だったら、なんなんですか?」
反男は警戒を解くことなく、男を睨みつけた。
「そう警戒しないで欲しいんですけどね」
そう言って笑った男の姿がスッと消え、
「我々ならば、あなたの記憶を戻して差し上げることができます」
反男の背後から男の声が聞こえてきた。
「っ!?」
反音が振り返ると、先程まで目の前にいた男が、にこやかに反音の背後へと立っていた。
動揺する反音を気にも止めず、男は続けた。
「それに我々は、あなたの父親の死についても知っていますよ?」
「まさか、あなたが犯人ってオチじゃないですよね?」
「さて、それはどうでしょう?」
にこやかに笑う男に反音は、
「分かりました。ひとまず付いていきます」
そう、男にうなずき返すのであった。
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