277 / 519
雑賀家お家騒動
第243話:お年寄りたちの登場
しおりを挟む「怒りますよ?」
「怒ってる! もう怒ってますって! これ以上つねると、私の頬がもっちもちみたいにびろんびろ~んと伸びちゃいますよ、綾乃さん!」
今度こそ懲りたようで、木村さんは重い息と共に手を離した。
立場上、病人に対してはこういうことをしてはいけないとなっているが、何故か彼と話をすると調子が狂ってしまう。
――ダメダメ、これでも一応担当なんだからしっかりしないと。
頭の中で自分に言い聞かせたが、納得がいかず、代わりに小さく息を吐き出す。
「まあ、でも」
思わず顔を向けたその瞬間、すぐに後悔した。
亮が頬を紅潮させ、もじもじし始めたのだ。人差し指をちょんちょんしたり、時にくるくる回したり。
恥じらう乙女の姿を体現している彼を目の当たりにされると、木村さんが生理的嫌悪感を露わにしたのは仕方のないこと。
「そこまで嫌というか、やぶさかではないというか……。だから……もっとしてくると、私は魂のシャウトを放ち、歓喜のあまりに感涙するヨ! 鶴喜だけに!」
一女性にドン引きされているにも関わらず、彼は眩しいくらいに爽やかな笑顔を浮かべた。まるでそう反応されるのが満更でもなかったかのように、彼は更に両手を広げる。
「さあ、どこからでもかかって――。はいたたた、はいたたたたっ」
――本当、病人ガチャ外れたな……アタシ。
そう思っていても決して本人の前で言うはずもなく。かと言って、『新人』という烙印を押された以上、変えるように部長と掛け合うのは論外。だから、彼が退院するまで我慢するしかない。
どれだけ自問自答をしても結局その結論に辿り着いてしまうことにため息一つ。手を離してあげると、彼は「ご褒美、ありがとうございますブヒ!」と調子を乗るから困ったものだ。
「全くもう……」
こめかみを押さえて頭を振って、またため息をつく。
彼と知り合ってまだ二ヶ月も経っていないが、二人の会話はいつもこの調子だ。むしろ、会話が成立している今の方がよっぽど不思議なくらいだ。
「それじゃあ、部屋に戻りますよー」
気持ちを切り替えて、車椅子のハンドルを握って押し始める。
初日がこれでは、これからも大変になるだろう。そうなる自分の姿を想像できるのが簡単な分、げんなりして重い息を落とす。
ため息一つで何を思ったのか、亮は突然ハッとなった。
「もしや、これは今流行りの拉致監禁プレイなのカ!」
「ええー、まだ続くの……」
「フフフ、ハァーハハハ! 上等! 相手が白衣の天使なら、むしろ本望!」
彼女が「うわー」と流しても亮の勢いを止めることはできなかった。むしろ、それは彼を刺激するためのスパイスであることを、彼女は自覚していない。
「さあ、何でも受け入れる準備ができてるからネ! いつでもどこからでもウェルカムヨ!」
「はあ……。もう、ツッコむのも面倒くさ……」
「そんなぁ! ツッコミがなくなったら、私たちのコンビはどうなっちゃうノ!?」
「勝手に入れないでください」
「木村さーん、ちょっといいですかー」
車椅子を押している最中に背後から声をかけられて、木村さんが「は、はい!」と慌てて手を離して身体ごと振り向いた。ピンと背筋を伸ばす彼女を見て、先輩看護師はふふっと小さく笑う。
「部長がお探しですよ」
簡潔な伝言を残して、そのまま二人の横を通り過ぎる。
相手が廊下を曲がってから、木村さんは一気に緊張の糸が切れたように長い息を吐き出した。
彼女がこの仕事に就いてからまだ半年すら経っていない。
おまけに、院内で一番頭おかしな病人の担当になったのだ。他の同僚の前で未だに緊張が解けていないのは、無理もないだろう。
せっかく彼を見つけたというのに、なんという間の悪いタイミングで呼び出されたのか。いや、逆に看護師部長の呼び出しを喰らう節なんて、幾らでも思い付いてしまうから、困ったものだ。
1時間前に亮を探すために病院中を駆け回ったことや、30分前に亮が勝手に他人の病室に入ったことだって、もしかして20分前に亮が子供の患者の前を通りかかっただけで泣かされたこととか。
分単位で必ず何かをやらかすのが亮だから、本当に洒落にならない。
その都度、木村さんが彼を発見したが、隙とあらば行方をくらますから、毎回毎回彼を探す羽目になる。それだけならまだしも、彼がすぐに居なくなるから後始末をさせられるの、いつも彼女の方だ。
思い出すだけで頭が痛くなる話ばかりだが、今はそれどころではない。
――仕方ない。一旦鶴喜クンを部屋に……。
彼女がそう判断するも、振り返ったら彼が既に居なくなったようでは、今まで長い時間を掛けて懊悩したのがバカバカしくなる。
「って、もういないし! ああもう!」
ヤケクソ気味に叫び、怒った顔で走り出す木村さん。そんな彼女が去り、辺りが静まり返ってから数分後。
物陰からひょっこりと顔を出すのは、亮の勝ち誇った表情だった。
「へへ、何やらそう言われた気がしたから、先に逃げただとサ! 危険の前に察知するとは。さすが私! イェイ☆」
誰もいない空間に向かってキメ顔で言った直後、表情が沈んだ。
「せっかく都会に来たんだ。アレを実行するか」
一度深呼吸して、瞼を閉じる。まるで一世一代の大勝負に挑む前の選手かのような、シリアスな空気を纏って。
ついに決意を固めたかのように、目をカッと見開いた――!
「んもおぉう我慢できんぅ! ここまで散々待たせているのだ。今こそ、ナンパをする時が来たァ!
待っていてくれ、まだ見ぬ乙女たち! 貴女たちだけのエンターテイナー、鶴喜亮が今行きまぁーす!」
「怒ってる! もう怒ってますって! これ以上つねると、私の頬がもっちもちみたいにびろんびろ~んと伸びちゃいますよ、綾乃さん!」
今度こそ懲りたようで、木村さんは重い息と共に手を離した。
立場上、病人に対してはこういうことをしてはいけないとなっているが、何故か彼と話をすると調子が狂ってしまう。
――ダメダメ、これでも一応担当なんだからしっかりしないと。
頭の中で自分に言い聞かせたが、納得がいかず、代わりに小さく息を吐き出す。
「まあ、でも」
思わず顔を向けたその瞬間、すぐに後悔した。
亮が頬を紅潮させ、もじもじし始めたのだ。人差し指をちょんちょんしたり、時にくるくる回したり。
恥じらう乙女の姿を体現している彼を目の当たりにされると、木村さんが生理的嫌悪感を露わにしたのは仕方のないこと。
「そこまで嫌というか、やぶさかではないというか……。だから……もっとしてくると、私は魂のシャウトを放ち、歓喜のあまりに感涙するヨ! 鶴喜だけに!」
一女性にドン引きされているにも関わらず、彼は眩しいくらいに爽やかな笑顔を浮かべた。まるでそう反応されるのが満更でもなかったかのように、彼は更に両手を広げる。
「さあ、どこからでもかかって――。はいたたた、はいたたたたっ」
――本当、病人ガチャ外れたな……アタシ。
そう思っていても決して本人の前で言うはずもなく。かと言って、『新人』という烙印を押された以上、変えるように部長と掛け合うのは論外。だから、彼が退院するまで我慢するしかない。
どれだけ自問自答をしても結局その結論に辿り着いてしまうことにため息一つ。手を離してあげると、彼は「ご褒美、ありがとうございますブヒ!」と調子を乗るから困ったものだ。
「全くもう……」
こめかみを押さえて頭を振って、またため息をつく。
彼と知り合ってまだ二ヶ月も経っていないが、二人の会話はいつもこの調子だ。むしろ、会話が成立している今の方がよっぽど不思議なくらいだ。
「それじゃあ、部屋に戻りますよー」
気持ちを切り替えて、車椅子のハンドルを握って押し始める。
初日がこれでは、これからも大変になるだろう。そうなる自分の姿を想像できるのが簡単な分、げんなりして重い息を落とす。
ため息一つで何を思ったのか、亮は突然ハッとなった。
「もしや、これは今流行りの拉致監禁プレイなのカ!」
「ええー、まだ続くの……」
「フフフ、ハァーハハハ! 上等! 相手が白衣の天使なら、むしろ本望!」
彼女が「うわー」と流しても亮の勢いを止めることはできなかった。むしろ、それは彼を刺激するためのスパイスであることを、彼女は自覚していない。
「さあ、何でも受け入れる準備ができてるからネ! いつでもどこからでもウェルカムヨ!」
「はあ……。もう、ツッコむのも面倒くさ……」
「そんなぁ! ツッコミがなくなったら、私たちのコンビはどうなっちゃうノ!?」
「勝手に入れないでください」
「木村さーん、ちょっといいですかー」
車椅子を押している最中に背後から声をかけられて、木村さんが「は、はい!」と慌てて手を離して身体ごと振り向いた。ピンと背筋を伸ばす彼女を見て、先輩看護師はふふっと小さく笑う。
「部長がお探しですよ」
簡潔な伝言を残して、そのまま二人の横を通り過ぎる。
相手が廊下を曲がってから、木村さんは一気に緊張の糸が切れたように長い息を吐き出した。
彼女がこの仕事に就いてからまだ半年すら経っていない。
おまけに、院内で一番頭おかしな病人の担当になったのだ。他の同僚の前で未だに緊張が解けていないのは、無理もないだろう。
せっかく彼を見つけたというのに、なんという間の悪いタイミングで呼び出されたのか。いや、逆に看護師部長の呼び出しを喰らう節なんて、幾らでも思い付いてしまうから、困ったものだ。
1時間前に亮を探すために病院中を駆け回ったことや、30分前に亮が勝手に他人の病室に入ったことだって、もしかして20分前に亮が子供の患者の前を通りかかっただけで泣かされたこととか。
分単位で必ず何かをやらかすのが亮だから、本当に洒落にならない。
その都度、木村さんが彼を発見したが、隙とあらば行方をくらますから、毎回毎回彼を探す羽目になる。それだけならまだしも、彼がすぐに居なくなるから後始末をさせられるの、いつも彼女の方だ。
思い出すだけで頭が痛くなる話ばかりだが、今はそれどころではない。
――仕方ない。一旦鶴喜クンを部屋に……。
彼女がそう判断するも、振り返ったら彼が既に居なくなったようでは、今まで長い時間を掛けて懊悩したのがバカバカしくなる。
「って、もういないし! ああもう!」
ヤケクソ気味に叫び、怒った顔で走り出す木村さん。そんな彼女が去り、辺りが静まり返ってから数分後。
物陰からひょっこりと顔を出すのは、亮の勝ち誇った表情だった。
「へへ、何やらそう言われた気がしたから、先に逃げただとサ! 危険の前に察知するとは。さすが私! イェイ☆」
誰もいない空間に向かってキメ顔で言った直後、表情が沈んだ。
「せっかく都会に来たんだ。アレを実行するか」
一度深呼吸して、瞼を閉じる。まるで一世一代の大勝負に挑む前の選手かのような、シリアスな空気を纏って。
ついに決意を固めたかのように、目をカッと見開いた――!
「んもおぉう我慢できんぅ! ここまで散々待たせているのだ。今こそ、ナンパをする時が来たァ!
待っていてくれ、まだ見ぬ乙女たち! 貴女たちだけのエンターテイナー、鶴喜亮が今行きまぁーす!」
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。
【完結】勇者学園の異端児は強者ムーブをかましたい
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】
ゼルトル勇者学園に通う少年、西園寺オスカーはかなり変わっている。
学園で、教師をも上回るほどの実力を持っておきながらも、その実力を隠し、他の生徒と同様の、平均的な目立たない存在として振る舞うのだ。
何か実力を隠す特別な理由があるのか。
いや、彼はただ、「かっこよさそう」だから実力を隠す。
そんな中、隣の席の美少女セレナや、生徒会長のアリア、剣術教師であるレイヴンなどは、「西園寺オスカーは何かを隠している」というような疑念を抱き始めるのだった。
貴族出身の傲慢なクラスメイトに、彼と対峙することを選ぶ生徒会〈ガーディアンズ・オブ・ゼルトル〉、さらには魔王まで、西園寺オスカーの前に立ちはだかる。
オスカーはどうやって最強の力を手にしたのか。授業や試験ではどんなムーブをかますのか。彼の実力を知る者は現れるのか。
世界を揺るがす、最強中二病主人公の爆誕を見逃すな!
※小説家になろう、pixivにも投稿中。
※小説家になろうでは最新『勇者祭編』の中盤まで連載中。
※アルファポリスでは『オスカーの帰郷編』まで公開し、完結表記にしています。

出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む
家具屋ふふみに
ファンタジー
この世界には魔法が存在する。
そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。
その属性は主に6つ。
火・水・風・土・雷・そして……無。
クーリアは伯爵令嬢として生まれた。
貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。
そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。
無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。
その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。
だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。
そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。
これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。
そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。
設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m
※←このマークがある話は大体一人称。
婚約破棄されましたが、帝国皇女なので元婚約者は投獄します
けんゆう
ファンタジー
「お前のような下級貴族の養女など、もう不要だ!」
五年間、婚約者として尽くしてきたフィリップに、冷たく告げられたソフィア。
他の貴族たちからも嘲笑と罵倒を浴び、社交界から追放されかける。
だが、彼らは知らなかった――。
ソフィアは、ただの下級貴族の養女ではない。
そんな彼女の元に届いたのは、隣国からお兄様が、貿易利権を手土産にやってくる知らせ。
「フィリップ様、あなたが何を捨てたのかーー思い知らせて差し上げますわ!」
逆襲を決意し、華麗に着飾ってパーティーに乗り込んだソフィア。
「妹を侮辱しただと? 極刑にすべきはお前たちだ!」
ブチギレるお兄様。
貴族たちは青ざめ、王国は崩壊寸前!?
「ざまぁ」どころか 国家存亡の危機 に!?
果たしてソフィアはお兄様の暴走を止め、自由な未来を手に入れられるか?
「私の未来は、私が決めます!」
皇女の誇りをかけた逆転劇、ここに開幕!

少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

異世界英雄の学園生活~英雄に休息なんてありません~
パチ朗斗
ファンタジー
魔法が存在する世界リレイリア。その世界には人類の敵である魔王という者が存在した。その魔王はとてつもなく強く、人類は滅亡すると思われた。だが、たった一人の男がいとも容易く魔王を討伐する。その男の名はキョーガ。
魔王討伐という任務を終えたキョーガは自分の元住んでいた世界……"日本"に帰還する。

異世界でタロと一緒に冒険者生活を始めました
ももがぶ
ファンタジー
俺「佐々木光太」二十六歳はある日気付けばタロに導かれ異世界へ来てしまった。
会社から帰宅してタロと一緒に散歩していたハズが気が付けば異世界で魔法をぶっ放していた。
タロは喋るし、俺は十二歳になりましたと言われるし、これからどうなるんだろう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる