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陽仁の独白ー陽仁sideー
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それまでの陽仁は好きなものも興味のあるものもなく、ましてや自ら渇望してまで手に入れたいと思うものなどないに等しかった。恵まれた実家のおかげで昔からほとんどのものは手に入ったし、αの血統のおかげかやろうと思えば大抵のことは何でもできた。ほしいものは何でもすぐに手に入り、勉強でもスポーツでも、できないことなどない。人も、陽仁が望んだわけではないが勝手についてくるようになった。それらにいい顔をするのは若干面倒ではあったが、それも陽仁にとっては特に難しいことでもなかったので問題ではなかった。
そうなってからはさらに多くのものが手に入るようになった。友達も、女も、それこそ本当に望めば望むだけ、全て。望めばすべてが手に入り、何の問題もない、満たされた生活。…それは、ひどく味気なく、つまらないものだった。ただ、惰性で生きている。ずっとそんな感覚があった。
そんなある日、色のない世界に突如飛び込んでいたのは、優月だった。始まりはただなんてことないいじめの光景を見つけただけ。忘れ物を取りに戻った教室で、偶然その光景を見た。裏でいじめをしている生徒がいるという情報は耳には入っていたが、特段気にもしていなかった。しかしあの日、偶然その場面に鉢合わせた。
始めは面倒だし見なかったことにしようかとも思ったのだが、いじめをしていた生徒のうちの一人が青い顔で陽仁の名前を呟いた。陽仁に咎められると思ったのだろう。いじめとは、何もいじめている側全員がその相手に本当に害意を持っているということではない。さらにいじめられる側が本当にその人物である必要も。ただ捌け口が欲しいだけなのだ。目の前の相手は偶然その相手に選ばれていた、ただそれだけなのだろうということはすぐに察しがついた。それに陽仁を見て顔色を悪くした生徒の心情も、陽仁にはすぐに分かった。罪悪感だ。彼はきっと、はけ口を求めていじめに加担してはいたものの、きっとどこかで罪悪感を感じていた。それが、善人の陽仁を見て表に出たのだろう。
面倒なことになった、そう思った。例の男子生徒は意識してか無意識でか、陽仁に止められることを期待している。こう言うと少し変かもしれないが、少なくとも彼は、陽仁なら止めるだろうと思っているのだ。そんな期待応える必要もないし無視してもよかった。普段の陽仁なら声をかけるかどうかは五分といった所だが、この時の陽仁は彼がそのことを疑問に思い後々誰かに話してしまったりすると、陽仁の評価が下がる可能性がある。それは面白くない。そう考え、何の気もなしに声をかけた。
『何してるの?』
たった一言、笑顔でそう言っただけで、例の男子生徒が青い顔のままペタンと床に座り込んだ。
その時、向こう側にいたいじめられている人物が陽仁の目に入った。偶然鉢合わせをしたいじめの現場で、偶然いじめに罪悪感を抱いていた生徒が陽仁の名を呼び、陽仁が偶然止めてやろうと判断した。ただ、それだけだったはずなのに。
目に飛び込んできたのは、所々汚れた制服にボサボサの髪、制服を着ていなければ性別すらわからないほどやせ細って、お世辞にも健康的とは言えない肌の色と体格。それから一番目についたのは、目の前にいる陽仁さえも映さない、濁り切った瞳。なぜだかわからないけれど、”見つけた”と思った。鼓動がうるさいほど響き、全身の血が沸き立つのを感じた。直感的に、目の前の少年は自分のものだと分かったのだ。とたん、少年に陽仁の許可なく触れている奴らに腹が立ち、すぐに生徒たちを適当に言いくるめて追い払った。そして少年に手を差し出す。少年は、何も映さぬ虚ろな目のまま顔を上げる。ゆっくり顔が上がり、その瞳がじわじわと焦点を合わせ始め、やっと、陽仁を映した。その瞳に自身が映し出されたのを見た。その時、陽仁は。陽仁の、世界は――――――――
そうなってからはさらに多くのものが手に入るようになった。友達も、女も、それこそ本当に望めば望むだけ、全て。望めばすべてが手に入り、何の問題もない、満たされた生活。…それは、ひどく味気なく、つまらないものだった。ただ、惰性で生きている。ずっとそんな感覚があった。
そんなある日、色のない世界に突如飛び込んでいたのは、優月だった。始まりはただなんてことないいじめの光景を見つけただけ。忘れ物を取りに戻った教室で、偶然その光景を見た。裏でいじめをしている生徒がいるという情報は耳には入っていたが、特段気にもしていなかった。しかしあの日、偶然その場面に鉢合わせた。
始めは面倒だし見なかったことにしようかとも思ったのだが、いじめをしていた生徒のうちの一人が青い顔で陽仁の名前を呟いた。陽仁に咎められると思ったのだろう。いじめとは、何もいじめている側全員がその相手に本当に害意を持っているということではない。さらにいじめられる側が本当にその人物である必要も。ただ捌け口が欲しいだけなのだ。目の前の相手は偶然その相手に選ばれていた、ただそれだけなのだろうということはすぐに察しがついた。それに陽仁を見て顔色を悪くした生徒の心情も、陽仁にはすぐに分かった。罪悪感だ。彼はきっと、はけ口を求めていじめに加担してはいたものの、きっとどこかで罪悪感を感じていた。それが、善人の陽仁を見て表に出たのだろう。
面倒なことになった、そう思った。例の男子生徒は意識してか無意識でか、陽仁に止められることを期待している。こう言うと少し変かもしれないが、少なくとも彼は、陽仁なら止めるだろうと思っているのだ。そんな期待応える必要もないし無視してもよかった。普段の陽仁なら声をかけるかどうかは五分といった所だが、この時の陽仁は彼がそのことを疑問に思い後々誰かに話してしまったりすると、陽仁の評価が下がる可能性がある。それは面白くない。そう考え、何の気もなしに声をかけた。
『何してるの?』
たった一言、笑顔でそう言っただけで、例の男子生徒が青い顔のままペタンと床に座り込んだ。
その時、向こう側にいたいじめられている人物が陽仁の目に入った。偶然鉢合わせをしたいじめの現場で、偶然いじめに罪悪感を抱いていた生徒が陽仁の名を呼び、陽仁が偶然止めてやろうと判断した。ただ、それだけだったはずなのに。
目に飛び込んできたのは、所々汚れた制服にボサボサの髪、制服を着ていなければ性別すらわからないほどやせ細って、お世辞にも健康的とは言えない肌の色と体格。それから一番目についたのは、目の前にいる陽仁さえも映さない、濁り切った瞳。なぜだかわからないけれど、”見つけた”と思った。鼓動がうるさいほど響き、全身の血が沸き立つのを感じた。直感的に、目の前の少年は自分のものだと分かったのだ。とたん、少年に陽仁の許可なく触れている奴らに腹が立ち、すぐに生徒たちを適当に言いくるめて追い払った。そして少年に手を差し出す。少年は、何も映さぬ虚ろな目のまま顔を上げる。ゆっくり顔が上がり、その瞳がじわじわと焦点を合わせ始め、やっと、陽仁を映した。その瞳に自身が映し出されたのを見た。その時、陽仁は。陽仁の、世界は――――――――
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