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9.僕を処分して!
しおりを挟む僕とヴィユザは、しばらく謹慎になった。
とはいえ、謹慎なんて名ばかりで、実際はほとんど投獄と変わらない。だって、学園の端にある塔の暗い部屋で、じっとしてなきゃならないんだから。
部屋は狭くて、簡素な机以外、何もない。
だいぶ重い罪になっちゃったなー……朝からいっぱい問題起こしたし、仕方ないのかもしれないけど。
こんなところに入れられていたんじゃ、会長に会えない。
早く会長に会いたいのに。会長のそばに行きたいのに……それなのに、僕はこんなに狭い部屋で、一体何をしているんだ。
することもなくぼーっとしていたら、唐突に隣の部屋から、ヴィユザの声がした。
「おい、聞こえるか?」
「……また君……? しつこいよ……」
わざわざ魔法使って声をこっちに届けたりして。
なんで僕、この人に付き纏われてるんだ? 今朝から、会長といる時間よりヴィユザといる時間の方が多い。なんでこんなことに……
誰より会長といたい。会長以外、いらない。そう思っているのに……実際に僕のそばにいるのはこの人。
むしろもう、すごいと思えてきた。どうやったらそんな風に、誰かのそばにいられるんだ。
感心する僕のそばで、ヴィユザの声がした。
「お、おい……お前、泣いているのか?」
「え?」
ああ、本当だ。涙が流れて頬が濡れている。
「泣いているみたい……」
「……どうしたんだよ? な、なんかされたのか!?」
「されてない……君には負けたよ……君は、すごいね……」
「は!? な、なんだよ急に……俺はお前に敵わなかっただろ?」
「そうじゃない……君の心には、感服したよ……」
「心??」
「君には敵わない……う、羨ましいよ……」
「……ディトルスティ……」
だって、多分今日、会長といる時間より、この人といる時間の方が多い。多分ヴィユザって騙されてるんだろうだけど、僕に掴みかかるっていう目的は達成してる。
それなのに、僕は一体何をしているんだ……
「な、泣くなよ……俺だって、わ、悪かったよ……」
「……」
悪かったって、なんのことだろう。何を言われてるのか分からないけど、もう敵意はないみたい。
それだけで、少しホッとした。僕だって、対立したいわけじゃない。
「ねえ……セルラテオとはどういう関係?」
「……セルラテオ様だ。公爵様の御令息だぞ」
「……そんな人がなんで、あんなことしてるの??」
「あんなこと?」
「会長に嫉妬してるみたいだった。会長に何かする気なんだよ」
「ああ……この学園の会長は、選挙で選ばれるわけじゃなくて、精霊の王の側近の御令弟がずっと勤めていただろ? だけど、そいつは精霊族ばかり贔屓するっていって問題になって、新しい会長として候補に上がったのが、セルラテオ様と今の会長だったんだ」
「うそっ……! なにそれ……そんな話、初めて聞いた……」
「だろうな。そして、最終的には、今の会長が選ばれた。そう決まった時は、みんな驚いたんだ。会長になるのは、公爵令息だって思われていたからな……だけど陛下は、自分が最も信頼する相手を選んだんだよ。賄賂でも送ったんだろうなんて言う奴もいるけど、それは違う。陛下は、信頼できない人をそばには置きたくなかっただけだ。欲しいのは、自分にとって有益な人。そんな基準で選んだらしい……だからセルラテオ様は、今の会長のことは、心底嫌いなはずだ。相当問題になったみたいだからな……」
「……僕、そんなの知らなかった……」
「当然だろ。会長の座を争ったなんて醜聞、外部に漏らしたくないからな……学園側が隠したんだよ」
「……そう…………」
「……? おい……どうした?」
会長の周辺は全部調べ上げたつもりだったのに……こんな大事なことを調べられていなかったなんて……一体、何をしていたんだ。僕はいつも肝心なところで抜けてるんだ。
もう落ち込んで声も出ない。
「お、おい……なあ? どうした?」
「……放っておいて……僕は……馬鹿だ…………」
「そうか……お前も、憤っているんだな……俺だってそうだ。だけど、俺は偉そうなこと言えないか……セルラテオ様が、卑怯なやり方で会長の座を奪われたなんて話を本気にしてたんだから……」
「会長がそんなことするはずないだろ!!!」
会長は、僕の会長なんだ。卑怯な真似なんか、するはずない。
「お前、今の会長、尊敬してるんだな……」
「うん……」
もちろん、そうだ。会長は、僕の一番大切な人。それなのに……学園が隠したくらいで、会長にとっての大きな問題を調べ損ねてしまうなんて!! 僕は今ほど、自分を情けないと思ったことはない。
「僕の馬鹿……」
「お、おい……どうしたんだ? なんで急にそんな落ち込んでんだよ? 謹慎だからか? これは半分は俺のせいなんだから……」
「君はまるで悪くないよ……僕が馬鹿なだけだ……」
だって、セルラテオの方は、多分、僕と会長のことも全て調べ上げている。初めて授業がある日から僕が絡まれた理由がわかった。僕を使って、会長に嫌がらせがしたいんだ。わざわざ、僕が付き纏ってる、なんてことにしたのも、そんな理由からだろう。
最初から、ちゃんとあいつのことを知っていれば、会長に迷惑かけなくて済んだのに……
「僕の馬鹿……」
ひたすら落ち込んでいたら、誰かが歩いてくる足音がした。だんだん近づいてくる。まさか、会長!??
会長……会いに来てくれたんですか!?
びっくりして、僕は部屋のドアに魔法をかけた。そしたら、外の声が、まるで耳元で話されているみたいに聞こえる。
会長の足音が聞ける。声が聞ける。
だけど、うっとりした気分で聞いていた僕の耳にぶち込まれたのは、どんどんという、無遠慮に激しくドアを叩く音。
み、耳が痛くなった……
両耳を抑えてうずくまる僕。そもそも、盗み聞きダメって決意したばっかりなのに、何してんだ僕。
そして、ドアの外から怒鳴り声。これは盗み聞きじゃなくて、声が大きすぎて聞こえた。
「おいっっ!! ここから出せっっ!! こっちの話も聞けよ!!」
どうやら、ヴィユザが騒いでいるみたい。処分に納得がいかないんだろう。演習のときは、あいつは何もしてなかったし、ちょっと処分が重すぎるかもしれない。多分、身分が理由なんだろう。身分が高いと、処分も軽いことが多い。何しろ、城の人間関係と密接に関係してる学園だ。下手に学生を処分すると、城の中での争いに発展しかねない。
だからこうして重い処罰が下るのは、後ろ盾がない人。ヴィユザはそういうの、上手く立ち回るタイプじゃなさそうだしな……
けれど、そのヴィユザの怒鳴り声に負けない声で、相手も怒鳴り返す。
「うるさいぞ!! 黙れ!」
「なんだよ!! うるせえのはお前だろ!」
隣の部屋、騒がしいなあ。どっちもうるさい……ヴィユザも、あんまり楯突くと、ますます処分が重くなるのに。
「我々に逆らうと、罰が重くなるぞ!」
「るせえっっ!!! 公爵だの伯爵だのばっか贔屓しやがって!! ゲスの集まりが!」
「なんだとっ……!!」
怒鳴り声に続いて、ドアが開く音がした。ヴィユザの部屋のドアが開かれたらしい。
「……貴様……こい!! 会長に会わせてやるっ……もう、謹慎程度では済まないぞ!」
「離せよっ……!! 離せっ!!」
それを聞いて、僕は扉にかかっていた鍵を魔法で開けて、外に飛び出した。
「待ってっ……!」
すると、廊下で揉み合っていた二人が振り向いた。一人は、もちろんヴィユザ。もう一人は、僕の知らない人。多分、風紀委員の一人だ。
「会長に会いに行くなら、僕を連れていってください!」
「お前を?」
風紀委員の人が首を傾げている。
「元々悪いのは僕なんです! だから、ヴィユザばっかり処分が重いのはおかしいです!! だからお願いですっ!! 弁解なら僕もしたいんです! お願いです! ヴィユザの代わりに僕を連れていってください!! それでどんな処罰が下っても構いません!」
必死に叫ぶと、その風紀委員の男は頷いた。
「分かった……来い! 貴様から処分してやる!!」
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