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8.大人しくしてて
しおりを挟むなんだか大変な演習だったけど、合格もらえたし、結果的には良かったのかもしれない。
演習が終わってから、僕に絡んでくる奴はいなかった。
それからも授業を受けて、やっとランチの時間になって、僕は教室から飛び出した。
会長を誘ってランチに行こう。せっかくだからお弁当でも作ってくればよかった。僕が作ったものを会長が食べてくれるなんて……考えただけで嬉しすぎて死にそう。
早く会長に会いたい。この時間は、生徒会室かな??
使い魔飛ばすのが禁止って、辛い。もしもそれができたら、僕の意識を半分使い魔に乗せて、会長のそばに飛んでいくのに。禁止されてる魔法だけど、会長に会えるなら……
会長に会いたい一心で、死ぬほど魔法の勉強したから、そんな魔法も結構上手く使えるようになったけど、会長に迷惑はかけたくない。
会長……好き。早く会いたい。
そんなふうに思いながら、はやる気持ちを抑えて廊下を急ぐ。さっきみたいに高速で飛んでいきたいけど、それをやったことが風紀委員にバレて、授業が始まる前に念を押された。今度やったら処分だって。
この学園の風紀委員は、生徒ではなく、精霊の王が指名した側近たちで構成された組織。生徒間や、彼らの家同士の争いを防いだり、学園内の不正を取り締まるための精鋭部隊だ。
対して、会長の所属する生徒会は、生徒同士で揉め事が起こったときや、生徒が問題を起こすとき、一番に対応するために設けられた組織。
生徒会として、生徒間の争いがないか見回りながら学園生活を過ごす会長を、陛下のための見張り役なんて揶揄する奴もいるけれど、風紀委員の介入がある前に、生徒間の争いを収めて処分を免れるようにしているのも会長。
だから、僕が問題を起こしたら、会長の仕事が増えてしまう。ただでさえ、会長は忙しいのに。
気をつけなきゃ……さっきだって、フォーラウセたち相手に、むきになってしまった。つい腹が立って、人前であんなことしちゃったけど、他にやり方があったはずだ。
気をつけよう、そんなふうに決意した矢先に、困ったことが起こる。
会長のもとへと急いでいたら、背後から呼び止められてしまったんだ。
「おいっ……! ディトルスティ! 待て!」
うるさいなぁ……この声は、さっき一番最初に僕に絡んできたヴィユザだ。
無視しようとしたけど、さっさと先に進む僕に、そいつはずーーーーっと話しかけてくる。待て、だの、止まれ、だの。
付き纏ってるのはそっちじゃないか。どういうつもりだよ。こいつじゃなくて、僕は会長に追いかけてきて欲しいのに。
「……なに?」
遂に根負けして振り向くと、ヴィユザは、流れる汗を拭いて、上がった息を整えながら言った。
「聞こえてんなら止まれよ!!! 何回呼んだと思ってんだ!!」
「……そんなの数えてない。ていうか、興味ない。それに、なんで止まらなきゃならいの? 僕に言いがかりつけてくるお前たちに呼ばれたくらいで」
「盗み聞きはやったんだろーが!! つ、付き纏ってるって、勝手に決めつけた件は……謝る」
「は?」
「ごめん……」
ヴィユザは、いきなり素直に頭を下げた。
え? え? どうしたんだ? 一体。
そんなことされるなんて思ってなかったし、どうせまた喧嘩売りに来たんだって思ってたのに、なんでそんなに素直に頭下げるんだ?
しかも、こんな公衆の面前で。
通りかかった学生たちが、みんな振り向いているからやめてほしい。僕が悪いみたいじゃないか。
「あ、あの……分かったから、やめてよ……僕は気にしてないから……」
「……気にしてないってことはないだろ。演習の時だって、あんなふうに馬鹿にされたのに」
「本当に、もう気にしてない」
っていうか、どうでもいい。会長以外のことは。
僕と会長の仲を邪魔しないなら、本当にどうだっていいんだ。
すると、ヴィユザは少し笑って言った。
「そうか……お前、聞いてた話と違って、いい奴だな……」
……一体どういうふうに聞いてたんだ。多分あの、フォーラウセあたりに何か吹き込まれたんだろうけど。
だけど……
なんで、わざわざ杖が折れたなんて言い出したんだろう。盗み聞きに腹を立てたなら、普通に風紀委員に相談すればいいだけ。なんでわざわざ、僕が付き纏ってる、なんてことにしたがるんだ?
そんなことを考えていたら、また目の前の男のことを忘れてしまっていた。
「おい! 聞いてんのか!?」
「え!? ああ、ごめん……全然聞いてなかった……で、なんの話してたんだっけ?」
一応愛想笑いでたずねたら、ヴィユザは顔を真っ赤にして怒鳴り出す。
「ちゃんと聞いてろよ!! 勝手に決めつけたことは悪かったが、俺のダチにしたことは許せねえって言ってるんだ!!」
「だち? なんのこと?? また誤解??」
「とぼけんな!! フォーラウセたちのことだよ!! さっき、演習の時、あいつらに妙な魔法かけただろ!!」
「ああ。うん。え? それで仕返しに来たの? やっぱり誤解じゃん」
「何がだよ?」
「だって君、騙されてるよね? 僕がつきまとってるって、フォーラウセたちに吹き込まれたんだろ?」
「な、なんでそんなこと知ってるんだよ!」
「なんでって……そいつらしかいないだろ……君、大丈夫? ダチって言ってるけど、うまいこと騙されて、利用されてるだけなんじゃない?」
「るせえっっ!! それ以上言うな!!!」
もしかして、気づき始めていたのかな??
だったらやめておけばいいのに、ヴィユザは、僕を睨みつけてくる。
「構えろよ」
「は??」
「あいつらにしたことは許さない!! 魔法で片をつけるぞ!」
「…………は? 何言ってるの??」
この人、大丈夫か?? こんな公衆の面前で生徒同士が魔法でやりあうなんて、許されるはずない。すぐに生徒会か風紀委員が飛んでくる。
あ、会長が来てくれるなら、それでもいいかも……って、よくない。何を言っているんだ。僕は。会長に迷惑はかけられないんだ。
「や、やめようよ……僕は、そんなつもり、ないんだ……ね? 頼むよ……風紀委員のお世話になりたいわけじゃないんだろ?」
「黙れっ……!」
ヴィユザが、拳を構えて殴りかかってくる。その拳には、魔力の光が灯っていた。魔法で体を強化してるんだ。
魔法で勝負って言ってたのに、殴り合いの勝負になってないか?
相手をしないと終わらなさそう。だけど、あんまり派手にやるわけにはいかない。
相手が強化の魔法でくるなら、僕も同じもので返すまで。
僕は、自分の体を強化してそいつの背後に回り込むと、そいつの腕を掴んだ。そして、力を奪う魔法をかける。
すると、ヴィユザは驚いて僕から離れた。
「な、なんだ……? 今の……」
「力を奪う魔法だよ。頼むから、やめてほしい。さっき僕がやったことなら、謝るから。騒ぎを起こしたら、他の生徒に迷惑だろ?」
「……」
言い返してくるかと思ったけど、ヴィユザは無言。逆上したらどうしようって思ってたのに……ちょっと意外だ。
けれどそこで、僕の腕は後ろから取られた。
「いたっ……」
振り向いたら、そこにいたのは、風紀委員と生徒会の面々。もちろん、会長もいる。会長が僕の手を握ってくれている。
会長……僕に会いに来てくれたんだ!!
…………って、違う。そうじゃない。そうじゃなくて、これって、また会長に迷惑かけちゃったんだ!!
絶対に騒ぎを起こさないように、相手のことも傷つけないように、力だけが抜けるような魔法をかけたのに……もう気づかれるなんて。さ、さすがです……会長。ほんの小さな争いも見逃さない……会長の鑑です! 今は困るけど!!
慌てる僕に、会長は鋭い目をして言った。
「だめだよ。こんなことをしたら……こんな真似をすると、君の方が罪人になる」
「会長……」
「さっきの演習のときのことも、報告は受けている。君たちは、しばらく謹慎だ。しばらくは、大人しくしてて」
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