悪の策士のうまくいかなかった計画

迷路を跳ぶ狐

文字の大きさ
上 下
77 / 85

77.あんなものない方が

しおりを挟む

 もう我慢できなくなって、俺はゲキファを後ろから蹴った。

「いっ……ヴァデス?」
「ちょっと来い。バカ犬」

 ゲキファを、部屋の端まで連れていく。そして、コキーラには聞こえないように、そいつを睨みつけて言った。

「おい、バカ犬……貴様、自分の役割を忘れたのか?」
「ヴァデス……俺は……」
「貴様には、俺を告発してもらわなければ困る。貴様は、俺があの使い魔を取り戻す邪魔をしたいのか? それとも岩の庭園の魔力が、いまさら惜しくなったか?」
「違うっ……! 俺は魔力なんか、どうでもいい!! ヴァデスを傷つけたくないだけだ!」
「だったら、今のお前のその態度が、俺を一番傷つけている。俺は使い魔が欲しい。協力しろ」
「ヴァデスは……それでいいの? 俺は嫌だ。たとえ短い間でも、ヴァデスが傷つけられるなんて」
「俺は気にしない。使い魔が手に入らない方が嫌だ。あの庭園の魔力も、あのままでいいとは思わない。あんなものがあるせいで、俺はあれを狙う連中から、ずっと警戒されている。セアガレンを見ただろう。あの魔力に振り回されるのは、もううんざりだ」
「ヴァデス……」
「分かったら協力しろ。こんなチャンス、二度とない。あの魔力を消滅させ、俺は使い魔を取り戻して、あの海辺の研究所でのんびり暮らすんだ」
「…………」

 ゲキファは、しばらく辛そうにしていたが、頷いた。

「ごめん……俺、ヴァデスがあの魔力のせいで、ずっと人生をかき乱されていたこと、知っていたのに……俺も……あの魔力のために、ヴァデスが傷つけられるのは嫌だ…………」

 そいつは顔を上げ、俺と目を合わせる。

「協力する。ヴァデスを傷つけることはできないけど……ヴァデスの計画がうまくいくように」
「…………ああ」

 なぜだろう。ダメな犬が協力すると言っただけなのに、頼もしく感じる。俺もどうかしている……

 俺たちは二人で、コキーラに振り向いた。

 コキーラが、俺の容疑を信じないと言ったことは、正直に言えば、全く嬉しくないわけではない……だが、それでは困るんだ。

 ゲキファは、俺に一度振り向いて頷き、コキーラに向き直った。

「コキーラ……俺は……俺も、信じられない……だけど……………………」

 やっぱりまだ、俺を陥れるようなことは言えないらしい。ゲキファは言い淀んでいる。

 困ったやつ……なにがそんなに言いにくいんだ。そして、喜ぶな俺。

 なかなか言い出せないそいつより、コキーラの方が先に口を開いた。

「……ゲキファも……辛いんだな…………」
「……」
「俺は信じない」
「え!?」

 ゲキファが、驚いて顔を上げる。俺も驚いた。

 なんだって? 信じない? 何を言っているんだこいつ!! 信じてくれなきゃ困るんだよ!!

 それなのに、コキーラはゲキファを見上げて言う。

「……ゲキファだって、本当は信じたくないんだろ?」
「……」
「その猫は、偉そうでマイペースで図々しいクソ猫だが、岩の庭園の魔力なんてもんに目が眩むような奴じゃない。だけど、伯爵家の立場から、ヴァデスを庇えないんだろ?」
「……家は関係ない」
「そうか……だけど、ゲキファがそいつを庇えない理由があるのは、なんとなくわかる……俺が探してくる。そいつが無実な証拠を!」
「え!!?? い、いや……気持ちは嬉しいけど……」

 なんだか、雲行きがあやしくなってきた。

 たまらず俺は口を挟んだ。

「おい。コキーラ。貴様、俺にバカにされて足蹴にされたんだぞ。それでなぜそんなことが言える?」
「バカにしやがったことの仕返しはいつかする。だが、借りも返す。お前が退学になんかなったら、俺は仕返しすらできなくなるだろう」
「……借りなら別の時に返せ」
「今じゃなくていつ返すんだよ! 待ってろよ!! クソ猫!!」

 そう言って、コキーラは俺に手を振り、部屋を出ていった。

 二人だけになってから、俺はゲキファと顔を見合わせた。

「……あいつ、俺たちの話をまったく信じてないな……」

 怒りまじりに言う俺に、ゲキファは微かな笑顔を見せた。

「……信じられなくて当然だよ。ヴァデスは悪いことなんか、しないから」
「…………それだと、計画がうまく進まないだろう。いいか、ゲキファ、次は上手くやれよ」
「…………ヴァデスじゃなくて、俺が岩の庭園の魔力を狙ったことにするのはどうかな?」
「馬鹿を言え。いきなり貴様がそんなものを狙ったことにしても、ますます信じてもらえない。だいたい、貴様にそんな容疑がかけられれば、伯爵家も黙っていない。港町の交易相手にはどう説明する?」
「……」
「俺なら、どうにでもなる。もともと俺は疑われている。今回もまた同じことを言われるだけだ。それであの目障りなものが消え、目的が達成できるなら、俺はそれでいい」
「ヴァデス……」
「しっかりしろ! 俺の犬なんだろ!?」

 言うと、ゲキファは俺の手を握る。

 ぎゅっと握られて、驚きはしたが、以前のように恐ろしいとは感じない。

 ゲキファが、優しい顔のまま言った。

「俺はヴァデスの犬だよ……命懸けで主人を守るから……」
「ば、馬鹿! やめろっ……!」

 こいつ、よく恥ずかしげもなくそんなこと言えるな!!

 あっさり白旗を振った俺は、そいつの手を振り払い、もう一度打ち合わせだと、ヘタクソな理由をつけてそいつから離れた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

代わりでいいから

氷魚彰人
BL
親に裏切られ、一人で生きていこうと決めた青年『護』の隣に引っ越してきたのは強面のおっさん『岩間』だった。 不定期に岩間に晩御飯を誘われるようになり、何時からかそれが護の楽しみとなっていくが……。 ハピエンですがちょっと暗い内容ですので、苦手な方、コメディ系の明るいお話しをお求めの方はお気を付け下さいませ。 他サイトに投稿した「隣のお節介」をタイトルを変え、手直ししたものになります。

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

そんなの真実じゃない

イヌノカニ
BL
引きこもって四年、生きていてもしょうがないと感じた主人公は身の周りの整理し始める。自分の部屋に溢れる幼馴染との思い出を見て、どんなパソコンやスマホよりも自分の事を知っているのは幼馴染だと気付く。どうにかして彼から自分に関する記憶を消したいと思った主人公は偶然見た広告の人を意のままに操れるというお香を手に幼馴染に会いに行くが———? 彼は本当に俺の知っている彼なのだろうか。 ============== 人の証言と記憶の曖昧さをテーマに書いたので、ハッキリとせずに終わります。

あと一度だけでもいいから君に会いたい

藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。 いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。 もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。 ※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります

僕のために、忘れていて

ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────

君と秘密の部屋

325号室の住人
BL
☆全3話 完結致しました。 「いつから知っていたの?」 今、廊下の突き当りにある第3書庫準備室で僕を壁ドンしてる1歳年上の先輩は、乙女ゲームの攻略対象者の1人だ。 対して僕はただのモブ。 この世界があのゲームの舞台であると知ってしまった僕は、この第3書庫準備室の片隅でこっそりと2次創作のBLを書いていた。 それが、この目の前の人に、主人公のモデルが彼であるとバレてしまったのだ。 筆頭攻略対象者第2王子✕モブヲタ腐男子

だから振り向いて

黒猫鈴
BL
生徒会長×生徒会副会長 王道学園の王道転校生に惚れる生徒会長にもやもやしながら怪我の手当をする副会長主人公の話 これも移動してきた作品です。 さくっと読める話です。

処理中です...