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51.警備隊の事情

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 さて、公爵の護衛に気付かれて、面倒なことになる前に退散するか。

 俺は、気づかれないようにこっそり寮に戻ろうとしたが、突然背後から襲い掛かられ、屋根に押さえつけられた。

「ここで何をしている? ヴァデス」
「いっ……た……離せ!」

 暴れようとすると、ますます強い力で屋根に押さえつけられる。背後にいたのは、警備隊の制服を着た、屈強な男だ。

 こいつ……学内警備隊か!!

 赤い血のような色の髪と目、痩身に見えるのに、学園の紋章が描かれた黒い制服からのぞくのは、鍛え上げられた体躯。押さえつけられると、息ができなくなりそうだ。

 それでも、俺が苦しいと漏らすと、力を緩めてくれた。しかし、解放する気はないようで、俺は屋根に押さえつけられたまま。

「……お前は謹慎を言い渡されているはずだ。なぜ、部屋を出た?」
「学園長に呼ばれたんだっ……! 俺は使い魔の事故の件について話を聞かれていただけだ!」
「では、ここで何をしている? 公爵を遠くから盗み見て、何か企んでいるのか?」
「ただの見物だっ……! 俺が魔法を使おうとしたか!? 何もしていないだろう!!」
「……」

 そいつは、無言で手を離す。

 すぐにそいつから飛び退いて、何度も咳き込んだ。

「殺す気か!! 俺が何をしたと言うんだ!!」
「……部屋に戻れ。謹慎だろう」
「…………ふん。愛想のない奴らだ。今戻ろうとしていたところだ!」

 立ち上がる俺に、そいつは部屋まで送ると言い出した。何が送るだ。監視じゃないか。

 渋々屋根から降りる。寮に向かう俺に、警備隊の男もついてくる。まるで連行だ。俺は今日は何もしていないぞ!!

 腹立たしいが、ここで暴れて公爵の首を狙ったなんて言われたら、今度こそ本気で消される。

「警備隊というのも暇だな。こんなところで生徒をいじめるしかやることはないのか?」
「……秩序を守るのが我々の役目だ。あんなところで公爵を盗み見て、処罰がないだけありがたく思え」
「…………ふん。おい……」
「なんだ?」
「……ゲキファとコレリールはどうしている? あの事故で、あいつらにまで処分が下ったりしていないだろうな?」
「……お二人は、お前に利用されただけだ」
「そうか……」

 それなら、あの二人が処分されることはないだろう。よかった……

 しかし、今日二人に会いに行くのはやめたほうがよさそうだ。公爵がいる間、俺が謹慎の処分を無視して二人に会いに行けば、二人にまで、余計な疑いの目が向けられることになる。

 明日になって、謹慎が解けるまで、大人しくしているか……

 しばらく無言で歩いていると、後ろを歩く警備隊の男が、唐突に小さな声で言った。

「……今から言うことは、すぐに忘れて聞かなかったことにしてほしい……」
「は? なんだそれは。面倒くさい。聞かれたくないなら言うな。馬鹿なのか?」
「……生徒たちを助けてくれて、ありがとう」
「……なに?」

 振り向くと、そいつは苦しそうな目をしていた。

「俺たちは、事情があって動けなかった。お前が生徒を助けてくれなければ、もしかしたら死者が出ていたかもしれない。ありがとう……」
「……やめろ。気色悪い。あの事故では、使い魔を狙う勢力が動いていた。いや、破壊の魔法……岩の庭園の魔力か。学園が、それにどう関わっているかは知らないが、貴様らはどうせ、学園の犬だ。行くなと言われれば動けないのだろう」
「……その通りだ……」
「あ?」
「本来なら、俺たちは生徒を守るために動くべきだ。それなのに、肝心な時に、俺たちは生徒のためではなく、学園のために動いた。挙句の果てに、生徒の命を救うために動いたお前だけを悪者にして、すべてをなすりつけたんだ」

 そんなことは、俺にも分かっている。学園としては、危険な使い魔が逃げ出し、生徒が危ない目に遭っているのに、岩の庭園の魔力の奪い合いで対応が遅れたどころか、事故ではなく故意だったかもしれないなんて、外に漏らすわけにはいかないんだろう。そんな現場にいた俺は、さぞかしちょうどいいものだったはずだ。

「学園側としては、対応が遅れた原因を俺一人の仕業にしたいんだ。そうすれば、裏であったことは隠せる。俺なら、いざとなれば、また切り捨てて退学にしてしまえばいい。学園の中で好きに暴れ回る大悪党か……いいじゃないか!!」
「……は?」

 警備隊の男は目を丸くするが、俺は気分がいい!!

 そもそも俺は、生徒を助けたつもりはない。魔力が欲しかっただけだ。こいつは何やら綺麗に変換しているが、俺はそんな奴じゃない。

「学園を蹂躙する大悪党……なかなか格好いいだろう!! せいぜい恐れろ!! 恐れ慄いたのなら、ここで跪いてもいいぞ!!」
「……遠慮しておく」
「いらん遠慮だ。俺が部屋に戻ったら、ツナ缶を供えろ!! いいことを教えてくれた礼に、貴様のことは部下にしてやってもいいぞ!」
「……ならない。だが、ツナ缶くらいは差し入れられるように、学園長に掛け合う。そうだ。ここから少し行ったところに、早朝からやっているカフェがある。そこでツナサンドを奢ろう」
「本当か!??」
「ああ。朝食を買うことくらいは構わないはずだ……そんなに嬉しいのか?」
「う、嬉しいわけじゃない!! 腹が減ったから行ってやるだけだ!! は、早く行くぞ!! ツナ缶の警備隊!」
「……ガウィルディだ。ツナ缶の警備隊はやめてくれ」
「名などどうでもいい! 急げ!」

 俺は、はやる気持ちに連れられるまま、そいつを引きずってカフェまで急いだ。
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