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11.思慮深い紳士
しおりを挟む店員の男は階段を上がり、VIPルームと書かれたプレートの下の扉の鍵を開けて、その奥の廊下を歩いて行く。扉の向こうは、絨毯の質も、壁紙や窓の細工に至るまで、扉の外とはまるで違う。豪奢なものが並んでいるのを見ると、爪を研ぎたくなる。この爪は、俺の武器。魔法だって使えるが、それを使うにしても、この爪を使った方がうまくいく。
何しろ相手は、俺の正体に気づいているんだ。何をしてくるかわからない。気を引き締めて行かなくては。
店員は、一番奥にあった、金の装飾で彩られた扉を開いた。その向こうは、床は大理石、壁が全面ガラス張りになった、庭園を望む個室だった。間接照明に照らされ、夜空に噴水が噴き上がる庭に向いたソファと、その前に置かれた広いテーブル。その上には、燭台が置かれ火が灯っていた。
俺たちを席に案内した店員は、頭を下げて部屋を出て行く。
ソファに俺と並んで座ったコレリールは、俺に振り向き微笑んだ。
「ヴァデスは、どんなものが好きですか? 好物があれば、おっしゃってください」
「肉だ。腹が減った。山盛りの肉を持ってこい」
「肉食なんですね。分かりました」
そう言って王子が、テーブルの上のベルを鳴らすと、すぐにウエイターが入ってくる。その男に「極上の肉料理」と注文して、店員が出て行くのを待って、コレリールは俺に振り向き話し始めた。
「ここは気に入ってもらえましたか?」
「酒はまだか?」
「すぐに来ます」
「……」
ソファに深く腰掛けて、酒と料理を待ちながら、部屋の様子を伺う。
別段仕掛けなどはないようだ。さっきから部屋の外の様子は魔法でうかがっているが、ウエイターが一人いるだけ。何かを仕掛けてくる様子もない。
だったら俺から仕掛けてみるか。
「それで……貴様は、何をしにこの学園へ来たんだ?」
「もちろん、魔法の研究のためです。僕は昔から、魔法が苦手だったので、強力な魔法を操れるようになるため、ここへ来ました」
「……だろうな。この程度の魔法しか使えないようでは」
俺は、ソファを蛇のように這って、俺に向かってきていた鎖を引きちぎった。魔法の鎖だ。こんなもので、俺を捕まえられると思ったのか。
何か仕掛けてくるだろうと警戒していれば、まさか、こんなにお粗末なものだったとは。
目の前で鎖を握りつぶしてやる。コレリールには、特に動揺した様子も見えない。最初から、俺をこれで捕える気はなかったのか。
「どういうつもりだ?」
「バレましたか…………さすがは破壊の魔法を極めたというヴァデス。感服しました」
「……極めたとは言っていないぞ」
「しかし、僕はそう聞きました。万物を破壊する、究極の魔法を手に入れたと」
「なんだそれは……」
インチキの吹聴もいいところだ。俺が欲しかったのは缶詰の缶であって、決して破壊などという泥臭いものではないんだ。
「それで、俺の正体に気づいて、近づいてきたのか?」
「はい。あなたが来ていると知って、僕は心が躍るようでした。どうか僕に、破壊の魔法を教えていただきたい」
「……そんなものを学んでどうする? 人でも殺すのか?」
「はい」
「……なに?」
「父上を殺したいのです」
「な、なんだと?」
あっさりと何を言っているんだ? こいつは。父上を殺す? それは王を殺したいということか??
あまりに突然で、ポカンとする俺の隣で、コレリール王子は平然と続ける。
「父上と、兄上を殺したいのです。そうして、僕が王になる。そのために、あなたの力をお借りしたい」
「待て。待て待て!! おい待て!! 王を殺す!? それは困る!」
「なぜです? あなたは父上を恨んでいるはずだ」
「た、確かに恨んでいる。あの王は俺たちを罪人扱いして切り捨てた。復讐するつもりだった。しかし、死なれては困る!! 魔法学の研究を続けるには、魔法使いの国と太いパイプのある男が王でなくては困るのだ!! あの王には、存分に絶望し、俺に跪き謝罪して靴を舐めた上で、言いなりになってもらう!! そうならなくては困るのだ!」
「か、勝手なことを!! 王になるのは僕です!! そして僕は誰の靴も舐めません!!」
「誰が勝手だ!! なんだ貴様は!! 民衆思いの思慮深い紳士じゃなかったのか!?」
「それは……父上が死ぬ気で情報操作しただけです。僕は父を憎んでいますから」
「……」
あの王……割とバカ?
そんなもん操作するな!! 引っ掛かっちゃったじゃないか!
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