上 下
49 / 55

49.それは警戒しているんです

しおりを挟む

 キディアスの一族の砦に向かう僕たちは、しばらく森の中を歩いた。
 ここまで来ると、魔物との戦闘のあとなのか、木々も少ない。もともとここに砦を立てたのは、この辺りが特に魔物が多かったからだ。砦の周辺は魔物が退治されているらしく、この辺りまで来ると、魔物の気配もない。しんと静まり返っていて、枯れた木々が連なっている。魔法の影響なのか、焼けた岩や崩れた石が広がる川辺の向こうに、砦が見えてきた。強固な結界で覆われているらしく、かすかに、それを覆う幕のようなものが見えた。

 あれが……キディアスの一族の砦か……

 砦のさらに向こう、強い結界の間に、巨大な門が見える。あれが竜族の国へ入るための門だろう。竜も通れるほど大きくて、その扉は固く閉じられていた。

 砦の中に入ると、すぐにキディアスの方に数人が駆け寄ってきた。みんな、ここで戦っている魔法使いたちだろう。

「おかえりなさいませ! キディアス様!! ランギルヌス殿下!!」

 みんな、その場に並んで道を作り、キディアスに頭を下げる。一緒にこの国の王子で隊長になったばかりのランギルヌス殿下がいるのに……

 そんな状況は、ランギルヌス殿下にとっても面白くないのか、キディアスの後ろで顔を歪めていた。
 不機嫌そうな殿下とは対照的に、キディアスは、迎えた彼らに向かって柔和な笑みを浮かべる。

「……魔物は、退治しておきました。あの宿にも協力を要請したのですが……彼らは協力を拒みました」
「そんな……」

 魔法使いたちの間に落胆が広がる。きっと、援軍を待っていたんだろう。それがなくなって、ずいぶんがっかりした様子だった。

 落ち込む彼らに、キディアスが言う。

「大丈夫ですよ。ここは、私たちが守ります……」
「あの……デルフィルスさんたちは…………」
「彼らには、私が交渉を続けます」
「………………無事なのですか?」
「はい。もちろん」
「……そうですか……」
「あなた方はここにとどまり、魔物を倒してください」

 優しい口調でそう言うキディアスに、彼らのうちの一人が、僕らに気づいてたずねた。

「あの……そちらの方々は……援軍の方でしょうか……?」
「いいえ。リールヴェリルス伯爵と、その婚約者です」
「はっ……!? 伯爵!!??」
「はい。竜族の国に向かう途中ですから、あなた方は無駄口を叩かず、魔物退治を続けてください」

 言われて、彼は、さらに肩を落とした様子だった。
 けれど、そんな彼に、キディアスは優しそうに微笑む。

「あなた方のおかげで、ここはうまくいっています。もう少ししたら、魔物も少なくなります。もうしばらく、耐えてください」
「は、はい!!」

 声を上げてお礼を言う男。

 けれどキディアスは、そんな彼の横をすり抜け、並んだ魔法使いたちのうちの一人を指差した。

「ところで、あなた……どうしました?」
「え……?」
「先ほどの魔物退治の時には、いなかったはずです」
「…………申し訳ございません……砦の裏に魔物が出たらしいので、そちらの退治に向かっていました」
「そのような話、私は聞いておりませんが?」
「……テインヴァッド様にご報告しています」
「私は聞いていません」
「……申し訳ございません…………」
「しばらく謹慎です」

 一方的な一言に、その男の人は、反論もせずにひどく従順な様子で「はい」と答える。

 その返事に満足しのか、キディアスは、その人に背を向けて砦の奥に入って行く。キディアスの後ろについて行く魔法使いたちはずっと無言で、謹慎を言い渡された男とは目すら合わせようとしなかった。







 砦の一番奥の部屋に僕らを通したキディアスは、すぐに門を開きますとだけ言って、この辺りの地図と、魔物が出る辺りの地図を渡して部屋を出て行った。よほど僕らを早く追い出したいらしい。

 静かになった部屋で、リールヴェリルス様は腕を組んで言う。

「ずいぶん腹を立ててるみたいだねー。どうしたのかな?」
「…………」

 ……それは絶対に、リールヴェリルス様に腹を立ててるんです……

 だってリールヴェリルス様、挑発するようなことばかり言う。ここの魔物は全く減っていないな、とか、宿の方には何をしにきたんだ? 魔物は倒し終わっていたのに、とか。

 それでもキディアスは、討伐中です、とか、行くのが遅れました、とか、のらりくらりと当たり障りのない返事を少しするだけ。その後ろにいるランギルヌス殿下は何も話さない。二人とも、僕らを警戒しているんだろう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

弟が生まれて両親に売られたけど、売られた先で溺愛されました

にがり
BL
貴族の家に生まれたが、弟が生まれたことによって両親に売られた少年が、自分を溺愛している人と出会う話です

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

ヤンデレ化していた幼稚園ぶりの友人に食べられました

ミルク珈琲
BL
幼稚園の頃ずっと後ろを着いてきて、泣き虫だった男の子がいた。 「優ちゃんは絶対に僕のものにする♡」 ストーリーを分かりやすくするために少しだけ変更させて頂きましたm(_ _)m ・洸sideも投稿させて頂く予定です

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

クラスのボッチくんな僕が風邪をひいたら急激なモテ期が到来した件について。

とうふ
BL
題名そのままです。 クラスでボッチ陰キャな僕が風邪をひいた。友達もいないから、誰も心配してくれない。静かな部屋で落ち込んでいたが...モテ期の到来!?いつも無視してたクラスの人が、先生が、先輩が、部屋に押しかけてきた!あの、僕風邪なんですけど。

いじめっこ令息に転生したけど、いじめなかったのに義弟が酷い。

えっしゃー(エミリオ猫)
BL
オレはデニス=アッカー伯爵令息(18才)。成績が悪くて跡継ぎから外された一人息子だ。跡継ぎに養子に来た義弟アルフ(15才)を、グレていじめる令息…の予定だったが、ここが物語の中で、義弟いじめの途中に事故で亡くなる事を思いだした。死にたくないので、優しい兄を目指してるのに、義弟はなかなか義兄上大好き!と言ってくれません。反抗期?思春期かな? そして今日も何故かオレの服が脱げそうです? そんなある日、義弟の親友と出会って…。

俺の義兄弟が凄いんだが

kogyoku
BL
母親の再婚で俺に兄弟ができたんだがそれがどいつもこいつもハイスペックで、その上転校することになって俺の平凡な日常はいったいどこへ・・・ 初投稿です。感想などお待ちしています。

処理中です...