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30.このままでは
しおりを挟む僕に「床のことはいい」と言ってくれたのは、宿の主で、デルフィルスさんという名前らしい。
トリステリクさんが、森の中で僕らに出会ったこと、僕らがここまで来た経緯、それに、レグッラたちに追われていることを、全部みんなに説明してくれた。
すると、デルフィルスさんは、僕に頭を下げて言った。
「……そうだったんですね……すみません……討伐隊と勘違いしちゃって…………」
「そ、そんなっ…………そんなこと……い、いいんです……」
ここがこんな状態なんだ。彼らが討伐隊を心待ちにする気持ちは、よく分かる。
むしろここに来たのが僕で、ひどく落胆したんじゃないのかな……それどころか、王家の討伐隊であるレグッラたちと衝突しちゃったし……
落ち込む僕を慰めるように、デルフィルスさんは、僕の手をぎゅっと握った。
「そんな顔しないでください!」
「えっ…………!?」
「僕、あなた方が来てくれて……本当に嬉しいんです!! 本当に……助かりましたっ……!!」
「……い、いえ…………」
まさか、そんなに感謝されるなんて、思わなかった…………
戸惑っていると、リールヴェリルス様が、僕を背後から強く引き寄せた。
「わっ…………!」
肩を引かれて、彼を見上げると、その目が一瞬、いつもより怖いような気がして、腰がひけてしまいそうだった。
けれど、彼はすぐにいつも僕を見下ろす時みたいに微笑んで、僕を強く抱きしめる。
……し、初対面の人の前…………なのに……
「り、リールヴェリルス様…………?」
「……フォルイトは、俺の婚約者だよね?」
「……え…………? えっと…………はい……」
た、確かにそうなんだけど……だからって、こんなにみんなの前でぎゅって抱きしめる必要、なくない!??
真っ赤になって俯く僕の頬にリールヴェリルス様は軽くキスをして、デルフィルスさんに向き直る。
「フォルイトは、俺の婚約者なんだ」
「こっ……婚約されていたんですか!? し、失礼しました……馴れ馴れしくしちゃって……」
「構わないよ……フォルイトは、俺の……だから」
なんで二回も同じことを……??
しかも、どんどん僕を抱きしめる腕の力が強くなって行く。
周りに集まった人たちの中には、目のやり場に困るのか、赤い顔をして顔を背ける人までいて、僕はますます恥ずかしい。
デルフィルスさんは、もう一度僕らに頭を下げた。
「すみません……婚約者様と旅の途中だったんですね…………てっきり、討伐に来てくれた人かと……」
「気にしなくていい。ここがこんな状態なんだ。討伐隊が来たのかもと期待するのは当たり前だ」
リールヴェリルス様がそう答えるのを聞いて、デルフィルスさんは、少し安心した様子だった。
「……リールヴェリルス様……あ、ありがとうございます……」
「ここと周辺の魔物は俺が退治しておく。世話になったね」
そう言って彼は、僕とクイヴィーアさんを連れて、宿を出て行こうとする。
それを見て、デルフィルスさんが慌てて止めていた。
「ま、待ってください! 泊まっていかれるんじゃなかったんですか!? トリステリクのお礼だって、させていただいていないのに……」
「……俺たちは、ここの状況を聞き出したかっただけだ。それに、王家の討伐隊に目の敵にされている俺たちがいては、迷惑だろう?」
「……」
デルフィルスさんは黙って俯いてしまう。
リールヴェリルス様のいうとおりだ。
ここで用意を整えて行くつもりだったけど、こうなったら仕方ない。王家の討伐隊や、砦の魔法使いたちと敵対する立場になってしまった僕らがここにいては、ここにいるみんなに迷惑がかかるかもしれないんだ。
だけど、出ていこうとしたリールヴェリルス様を、後ろからデルフィルスさんが止めた。
「お待ちください! リールヴェリルス様!」
呼ばれて、リールヴェリルス様は、彼に振り向いた。
「ここを去ってからも、ここを守る結界は必ず張っておく。安心していい」
「い、いえ!! そうではなく!! あっ……あの!! ど、どうか、ここにいてくださいませんか?? 僕らと一緒に、魔物を倒して欲しいんですっ……!!」
デルフィルスさんは、リールヴェリルス様に向かって、深く頭を下げた。切羽詰まった様子だった。
「…………討伐隊はここを守る気なんてありません……ここの状況を見てください。このままじゃ僕らは全滅です…………」
そう言ってデルフィルスさんが俯くと、その場にいた他の面々も肩を落としてしまう。
僕らがここにいると、迷惑かと思ったけど……そんなこと、言ってられないくらい、みんな困っているみたいだ。
リールヴェリルス様も、彼らに振り向いた。
「……じゃあ、宿の中を案内してくれる?」
「え…………?」
「ここがこのままでは、俺も困る。万が一、竜族の側にまで被害が出れば、もう魔法の剣を取りに行くどころではなくなるからな」
「リールヴェリルス様……あ、ありがとうございます!」
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