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14.すっごく優しいのに……っ!

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 僕は、少し震えながらリールヴェリルス様に言った。

「り、リールヴェリルス様!? こ、これは一体……」
「今回の婚約が、王家と貴族たちの策略で用意されたものだってこと、フォルイトも分かっているだろ?」
「は、はい……それはもちろんです…………」
「敵対勢力の言っていることを鵜呑みにはできない。だから婚約前に本人や相手の一族、王家や貴族たちとの関係を確かめることは、必要なことだったんだ」
「は、はい……そう……です、よね……」

 そう言われても、どうも納得できない……

 すると、リールヴェリルス様は一から説明を始めた。

「魔法の剣を手に入れるため、俺が竜族の国に出向くことが決まったときに、王家から条件が提示されたんだ。竜族の国との争いを防ぐために、王家から送る使者を一人連れて行けって。使者なんて言いながら、本当は見張りなんだろうけど」
「はあ……」
「それから、王家側の貴族たちから候補が何人もあげられた。誰も連れて行く気はなかったし、断って別の提案をすることを考えていたんだけど……その時、フォルイトの話が来たんだ」
「僕の……?」
「うん。ランギルヌスからの提案だったし、最初は相手にする気もなかった。聞けば、クイリルン家の一族だって言うし…………フォルイトの一族は、俺たちとは対立関係にある勢力だ。そんな一族から婚約者としてフォルイトを提案されて……どんな奴が気になった」
「……」

 確かに、リールヴェリルス様の言うことはもっともな気がするけど……

 なんだか不安は増すばかり。

 確かに僕は敵対勢力からの回し者として送られている。足を引っ張れとまで言われているんだ。
 そもそもこの婚約は、リールヴェリルス様の一族が力をつけることを阻止したい勢力が妨害のために仕組んだこと。それは分かってるけど…………僕が武器庫で一人で寝ているところって、やっぱり婚約と関係ないと思う。

 そんなことを考えていると、リールヴェリルス様は、急に悲しそうな顔をして言った。

「…………ごめんね……」
「な、何が…………ですか?」
「迎えに行くのが遅れて。俺が君を選んだ時、すぐに承諾したって連絡があった……」
「え……?」
「それを聞いたら、柄にもなく舞い上がっちゃって……少し目を離した隙に…………」

 リールヴェリルス様は、僕から目をそむけて、俯いてしまう。

 すぐに承諾があったって……どういうことだ? 僕、拷問の時も、承諾なんてしてない。

 すると、セルレヴィリレオ様が、腕を組んで言った。

「こちらからクイリルン家に連絡した時、クイリルン家からはすぐに返事があった。フォルイトはすべて承諾したと」
「へ!!??」
「それからクイリルン家には、竜族の国に入る手段としてフォルイトを使うなら、相応の対価を寄越せと言われて、金の用意をしていたんだ」
「た、対価??」
「ああ。君を危険な目に遭わせることになるのだからな……」
「……」

 普段、僕が危険な目に遭うことなんて、まるで気にしないのに……僕、無能だからといって、食事も取らせてもらえずに危険な素材を使う武器の整備をさせられて死にかけたことだってあるのに。さては金だけ受け取ってから僕に話したな…………

 僕って……本当に利用するためだけの存在だったんだなーー…………高く売れて、さぞかし喜んだんだろう……

 リールヴェリルス様は、俯いて言う。

「…………すぐに迎えに行けばよかったんだ……それなのに、俺はそのころ精霊族の国にいたんだ」
「精霊…………精霊族の国!!??」

 それって、ここからどれだけ離れてるんだよ! 何より、あの辺りは精霊族と妖精族の魔力が満ちていて、魔法の使用も制限される。通行にもいちいち精霊族の許可が必要になるはずだ。あそこからここまで帰ってこようと思ったら、十数日は少なくともかかる……え…………な、なんでこの人、ここにいるの!??

 驚く僕に、リールヴェリルス様は苦しそうに言う。

「……俺が少し目を離した隙に、酷い目にあったんだろ?」
「へ!? そ、そんな…………」
「隠さなくていい」

 間髪を入れず、目を離さずに言われて、僕は少し気圧されてしまう。リールヴェリルス様の中に、それまで僕と話している時にはなかった、ゾッとするようなものが膨らんでいくようで…………

 僕があの時拷問されたのなんて、リールヴェリルス様のせいじゃない。
 リールヴェリルス様には嘘をついて、僕が全て承諾したなんて言って、金だけ受け取って僕を痛めつけた方が悪いに決まっている。

 それなのに、そんな顔をしないでほしい。僕は、こうして優しくしてもらえて、すごく嬉しいのに。

「……り、リールヴェリルス様のせいではありません…………ですから……」
「俺のせいだろ」
「ほ、本当に違いますっ……!」
「地下に連れて行かれて、鞭で打たれたんだろ?」
「な、なんで知って…………」
「君の一族から聞いている」
「…………」

 よくそんなこと話したな…………どれだけベラベラ話してるんだよ。僕の一族。

 だけど、だからといって、リールヴェリルス様のせいで拷問されたわけじゃないのに……
 リールヴェリルス様は辛そうに言う。

「君の一族からは、許可をもらってきた。だけどもっと早く……迎えに行けばよかった…………」
「り、リールヴェリルス様…………?」
「もっと早く、会いに行けばよかったんだ……そうしたら、フォルイトが苦しむことはなかったのに……」

 俯いているリールヴェリルス様に、セルレヴィリレオが言った。

「だからと言って、精霊族の国での会議を放り出される方が困る。腹を立てた精霊たちが魔力の素材をこちらに送ることを止めたら、魔法使いは大騒ぎになるぞ」
「そんなことより、俺にはフォルイトが大切です」

 リールヴェリルス様がきっぱりと答えて、セルレヴィリレオ様は頭を抱えている。

 僕もゾッとした。

 リールヴェリルス様が来なくてよかった。
 僕も普段、魔法の道具を扱っているから、精霊族からの魔力の素材の供給が止まることの大変さはよく分かる。そんなことになったら、この国の魔法使いたちが一斉に魔法の道具の確保に困ることになるんだ。僕一人のためにそんな犠牲を払われたら僕も困る。

 リールヴェリルス様だって、本気じゃないよね!!?? そんなことになったら、僕死ぬよ!? それくらい大事って言う例えだよね!?? 僕はそれだけで十分だよ!??

「せ、精霊族の国から……飛んできてくれたんですよね? 僕は……それだけで…………ひゃっ!!」

 リールヴェリルス様は、僕の背中に、そっと手を回す。

 その仕草は、僕がこれまでされたことがないくらいに優しいのに、なんだか緊張してきた。

「……やっと、フォルイトを手に入れることができた…………」
「……リールヴェリルスさま…………あ、あの……」
「あの会場で君が喚いた時…………もっと早く君を迎えに来ればよかったと思った。そしたら君にあんな涙を流させなくてすんだのに……」
「で、ですから……それは決してリールヴェリルス様のせいではありません……あの……僕を拷問したのも、そうすることを決めたのも、リールヴェリルス様ではないのですし、あの……ど、どうかそんなに思い詰めないでください……」
「もう大丈夫だよ……」
「……え……?」

 僕の首元で、じゃらっと鎖がなった。リールヴェリルス様は、ずっと鎖を握ったままだ。そのままそっと、また僕を少し引き寄せる。

「フォルイトのことを傷つけるやつは、俺がその首を引き千切ってあげる」
「は!??」
「だって、フォルイトは俺の婚約者だろ? 傷つけるなんて許せない……フォルイトを殴った奴の腕は、俺がもいであげる。そんな奴ら、フォルイトの目にも止まらせたくないから……俺が砕いて木っ端微塵に破壊してあげるね」
「…………あ、あ、あ、の…………ぼ、僕、そ、そういうのは…………してもらわなくて……いいかなって……」
「フォルイトを傷つけるやつは、俺が肉片も残さず切り刻んであげるから、安心して俺と婚約しようね」
「………………」

 安心って…………何をですか!!??

 そんなの僕望んでない!!

 怖い怖い怖い!!

 なんかの冗談!? あ、あれか! ちょっと大袈裟に言ってるだけだ!! きっと許さないって言いたいのをちょっと強めに言っているだけだ!!

 なーんだそうかー……って、安心したいのに! そんな真剣な顔で言ったら、本気みたいな気がしてくるじゃないか!!

 さっき城で吹き飛んだランギルヌス殿下の姿が頭に浮かぶ。
 輝く骸骨の使い魔に襲われた参加者たちの悲鳴が、耳をつんざいては消えていく。

 それでも僕の首輪の鎖を握る男は、そんなこと、もうすっかりなかったことのように優しげに笑う。

 怖い……リールヴェリルス様って、すっごく優しいのに………………すごく怖いっ……!!

 冗談だよね!?? 冗談に決まってる! だったらそんな優しそうな顔で言わないで! もっとわざとらしく脅して安心させて!!

「あ、あ、あの………………ひっ!」

 怯える僕の首輪の鎖を、リールヴェリルス様が引く。

 もうとっくに目的地に着いているはず……く、首輪と鎖のことは忘れているのかなー?? そうだよね!? 外す気なんて、最初からまっったくないってわけじゃないよね!??

「……あ、あの……」
「……敵対勢力からの回し者……そんなの引き受けるなんて、どんな奴かと思っていたけど…………暗殺は頼まれていないみたいだし、君にはそんなつもりもない。何より、実際に会ったら…………」
「……っ……!」

 頬にそっと触れられて、その手に誘われるように、僕の体が震えた。

「……り、リールヴェリルスさま……」
「…………本気で溺れちゃった……」
「へっ……!??」
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