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2.僕は敵ではありませんよ!?

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 僕は、訓練場の端をコソコソ走って、王子殿下に近づこうとした。

 だけど、そんな風に走っていたから賊と間違えられたのか、魔法の弾が飛んでくる。

 嘘だろっ……僕は敵じゃないぞ!!

 持っていた剣を抜いて、その弾を弾き飛ばす。

 危ないな……あんなの当たったら僕の腹に穴が空いていたかもしれない。

 だけど、これで剣の威力を確かめることはできた。これなら、魔物討伐の役に立てるだろう。

 僕は、王子の方に振り向いた。

 すると、さっきまで賑やかだった訓練場はしんと静まり返り、そこにいた全員が僕に振り向いている。

 …………嘘だろ…………注目を集めてしまった……こんなつもりじゃなかったのに……こっそり渡してさっさと帰る予定だったのに!

 全員の視線を浴びて、嫌な汗が流れてくる。動悸まで早くなるのが分かった。

 ……早く剣を渡して、武器庫に戻ろう……!

 僕は、苦手な笑顔を死ぬ気で作って、顔を上げた。

「あ、あのっ……ら、ランギルヌス第二王子殿下!! ぶ、武器っ……魔物討伐に行くための武器をっ…………武器をお持ちしましたっ!」

 必要以上に張り上げた声が、訓練場に響いた。自分の声なのに、ますます気分が悪くなりそうだ。殿下も、部隊の魔法使いたちも、みんなこっちを見ている。

 ……来るんじゃなかった…………誰も僕なんか歓迎してない。

 周囲の視線を浴びながら、王子に駆け寄り、殿下の前に跪いて剣を差し出す。

 けれど、王子殿下は受け取ってくれない。代わりに、ひどく敵意を含んだ声で言われた。

「……フォルイト……なぜ武器庫から出てきた……」
「……剣を……お届けに来ただけでございます……すぐに武器庫に戻ります」

 けれど、跪く僕の顔を王子は蹴り飛ばす。

 衝撃に耐えきれず、僕は地面に倒れた。

 いった…………

 見上げたランギルヌス殿下は、僕を恐ろしい目で睨んでいた。

「フォルイト……貴様は武器の整備もせず、こんなところで何をしている?」
「…………ですから、武器を届けに来ただけでございます……すぐに戻ります」
「今日は討伐には行かない!! そう話しただろう!」
「え!? きっ……聞いて……おりません…………」
「それは貴様が聞いてなかったと言うことだな?」
「…………」

 違う。僕は、そんなこと本当に聞いていなかった。

 だけど、そう言おうとすると、ひどく気分が悪くなった。いつもそんなことを言うたびに、口答えをするなと言われて罰を受けてきた。もう、反論することが苦しい。

 黙りたくもないのに黙る僕に、殿下は怒りに満ちた顔で言った。

「やはり貴様……討伐隊への嫌がらせのために、武器の手入れを怠っただろう!」
「……ぼ、僕はっ…………!」

 言いかけて顔を上げて、そこで口をつぐんだ。

 そこにいる全員が僕に振り向いている。取り囲まれた気分だった。

「…………あ、あの…………ぼくは、その……怠ったり……してません…………」

 言いながらも、僕の声は震えていた。こうして怒鳴られるのはいつものことで、僕がどれだけ言い訳をしても、誰も聞いてくれない。

 それは今回もそうだったようで、王子殿下は、部隊で回復を担っている魔法使いのキディアスを抱き寄せて言う。

「お前がそんな風にサボっていたせいで、今日は討伐隊に負傷者が出たんだ! 見てみろ!! キディアスのこの傷を!!」

 殿下が言うと、キディアスは、いいのですと言って、ランギルヌスを止める。

「……ランギルヌス殿下……私のことは……いいのです。私も、悪かったのです。不注意でしたから……」

 そう言って、キディアスは目を伏せる。彼は、回復の魔法が得意な魔法使いで、攻撃の魔法が得意なランギルヌス殿下をいつも支えている。その腕に、服に隠れて包帯が巻かれているのが見えた。

 僕のせいで……キディアスが怪我をした? そんなはずないっ……! 朝、ちゃんと全部確認したのに……っ!

「あっ……あのっ…………! ほ、本当に申し訳ございませんっ……今、回復の薬をっ……!」
「結構です!!」

 そう言って僕を制止したキディアスは、俯いて言う。

「…………私のことは、いいのです……ですからどうか、ランギルヌス殿下。彼を叱らないであげてください。彼だって、悪気はなかったのです」

 そう言って彼は泣き出してしまう。その顔を見ると、とんでもないことをしでかしてしまったのだと思った。

 謝ろうと思った僕がキディアスに振り向くと、彼は真っ青な顔をして、ランギルヌス様の背後に隠れてしまう。

 代わりに、殿下が言った。

「お前の道具がちゃんと動かなかったから、俺はキディアスを守る結界を張れなかったんだ。キディアスはパーティを癒す、いわば討伐隊の要だというのに……それはお前も知っているだろう!」
「はい……でっ……でも、僕はちゃんと準備をしました!! な、なんでそうなったのか……僕にも分からなくて……」

 言い訳を続けていると、さらにランギルヌス殿下は僕の前で拳を振り上げる。それを、キディアスが止めていた。

「ランギルヌス様……! どうか、やめてください。私はいいのです。私の不注意でもあったのですし……でも、もう少しだけ気を付けていただければ、私も避けることができたのですが……」
「キディアス……お前は、優しすぎる。こんな男には、罰を与えなければならない!」

 ランギルヌスは睨みつけて言った。

「フォルイト……討伐隊に所属しながら、魔物退治にも行けない役立たずめ…………お前のような役立たずがいるから、討伐隊の全員が迷惑しているのだ」
「…………」
「何をしている?」
「……え?」
「早く出て行け。目障りだ」
「…………はい」

 僕は、剣を置いて、その場を去ろうとしたが、背後から、それを鞘ごと投げつけられてしまう。

 振り向くと、王子殿下は冷たく言った。

「魔物退治には行かないと言っただろう。そんなもの、もう必要ない! ついでに貴様にも、ここを出て行ってもらう」
「え…………?」
「貴様と同様、役立たずなその剣を持って、とっとと失せろ。貴様はクビだ」

 冷たく言う殿下に同調するように、部隊の人たちまで笑い出す。

 僕が出ていくことが嬉しいのか……?

 いつのまにか、僕は下唇を噛んでいて、それが切れている。けれど、痛みは感じない。

 僕は、投げつけられて地面で泥だらけになった剣を抱き上げて、その場を逃げ出した。
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