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後日談
3.懐かしい
しおりを挟む考え事をしていたら、先輩の話を聞き逃してしまったらしい。先輩が、俺に振り向いて首を傾げた。
「デトズナー?」
「あ、はい……」
「聞いてましたか?」
「す、すみません……なんでしたっけ?」
「……今日の依頼の話です。郊外の屋敷の庭に、魔物が現れたようです。退治してほしいと依頼が来ているので、これから向かいます」
「郊外? またかよ……あ、いや、またですか……」
「最近、魔物が増えているようです……砂の街での一件で、あの街とその周辺の警備が強化されたことで、あの街を取引の場にしていた連中がこちらに流れてきているようです……管理されていないものが持ち込まれ、そこから逃げ出しているんです」
「……わざわざ首都にかよ……めんどくせえ」
「…………首都での取引が増していることを、竜の国も警戒しています。私たちが街の魔物を抑えなくては、討伐機関も取引の取り締まりに集中できません。行きますよ……」
「はーい」
答えながら、俺は先輩について歩いた。
砂の街の話なんか聞いたら、ますます懐かしい。
あの砂漠に囲まれた街で、砂の力を体に取り込んでしまった俺は、魔物を処分するための組織、対策所の奴らに匿われた。最初は、砂の力を取り込んで魔物を盗もうとしてるなんて疑われて、すっげー仲悪くて喧嘩ばっかりだったけど、あいつらといるうちに、俺は対策所の仕事を本気でしたくなって、今、ここにいるんだ。
あいつらのことを思い出しながら歩いていると、すぐに駐車場についた。いつも通り、運転席に先輩、助手席に俺。すぐに車は走り出して、何となく外を眺めていたら、大通り沿いのビルに挟まれた路地を、大きな狼が歩いているのを見つけた。
こんなところに狼? いや、犬か?
この辺りは、度々小さな魔物が出るところだ。もしかして、魔物か? いや、違う。やっぱり狼だ。あいつ……見覚えがある!
「す、すみません!! 先輩!! 止めてください!」
「は!?」
先輩はびっくりしながらも、車を路肩に止めてくれた。
「で、デトズナー? どうしたんですか?」
「あ、あのっ……俺……えっと……昼飯買ってきます!」
「はあ? 今ですか!?」
驚く先輩を置いて、俺は車の外に飛び出した。急に歩道に飛び出したものだから、そこを歩いている歩行者を驚かせてしまったくらいだ。
だけど、確かに見つけたんだ。車道を挟んで向こう側の路地に入っていったのは、俺の知り合いにそっくりだった。
すぐに向こう側へ渡りたかったが、ちょうど歩行者用の信号が赤になり、車が走り出してしまう。
こんなの待ってたら、あいつが俺に気づかずに行ってしまう。そう思った俺は、自らに魔法をかけた。頭に狼の耳、お尻に狼の尻尾が現れる。知り合いに教えてもらった、体を強化する魔法だ。
それを使って、俺は、そばにあった信号機の上まで飛び上がった。途端に周りを歩いていた人たちが声を上げて俺を指差す。
しまった……これ、魔物退治以外の時にやっちゃいけないって、先輩に言われてたんだ。
恐る恐る、チラッと車の方に振り向けば、先輩がすごい目で俺を睨んで車を移動させていく。
あれ、駐車場に車停めたら説教します、の目だ。またやってしまった。だけどやったものは仕方ない。とにかく、さっきの狼を探そう。
そう思って、俺は街灯に飛び移り、街路樹を足場に、向こう側の歩道にまで飛び移った。
「ティーイラット! おいっ……! ティーイラット!!」
キョロキョロしながら探すけど、あいつはいない。
俺……まさか、あいつが恋しすぎて幻でも見た!? あいつとは、俺らが告白しあってからすぐに俺がこっちにきちゃったから、ずっと会っていない。
いや、だからって俺があいつを見間違えるはずない!! 確かにあいつはいたんだ!
「ティーイラット! おいっ……いないのか!?」
声を上げてあいつを探す。あいつが入っていった路地に走ると、そこに、蠢く小さなボールのような形をした魔物を見つけた。
こんなところにもいるのか。
俺は爪を武器に、そいつに飛びかかった。魔物は、あっさり砂になって消える。
あ……魔物が出たってことは、魔物退治のために体の強化しましたって言い訳できるんじゃないか!?
「始末書……書かなくていいんだーー!」
つい、感動で大声が出た。すると頭上から声がする。
「まだ始末書を書いているのか……」
呆れたような声だ。だけど、懐かしい声だ。
見上げたら、近くの三階建てのビルの屋上から俺を見下ろしている真っ黒い毛の狼みたいな奴がいた。耳の先と尻尾の先から、かすかに砂がこぼれている。狼みたいな姿をしているが、本当は力を吸い続け意志を持った魔物で、今は対策所の一員だ。世話焼きで過保護で、たまに狼の姿で俺にじゃれついてくる。そして、俺が好きなやつでもある。
「ティーイラット!!」
叫ぶと、そいつは、壁を伝って降りてくる。嘘だろ……本当に、あいつだ!! 会えたんだ!!
嬉しくて駆け寄る俺だけど、そいつに飛びつく前に、俺の顔面に何か飛びかかってきた。
「ぶっ……なんだこいつ!」
すぐに自分の顔から引き離す。俺に飛びついてきたのは、小さな可愛い茶色の毛のチワワに姿を変えた凶悪な竜、ウィルット。
「久しぶりー!! 柴犬君!!」
「誰が柴犬だ! 離れろよ!! なんでてめえまでいるんだ!!」
「だって僕、ここで魔物を売る奴がいるって聞いた竜の国から派遣されてきたんだもん。わんわん」
「犬のフリやめろ!」
俺がそう言っても、チワワの姿のウィルットは、わんわん言って可愛く尻尾を振るばかり。可愛いチワワのふりをしているが、正体は魔物の群れを一瞬で焼き尽くす竜。そして、俺を柴犬呼ばわりしてからかう、ムカつくチビでもある。少し前まで、魔物を売り払った容疑で指名手配されていたが、魔物の密猟者たちを拘束することに力を貸したおかげで、無罪放免ということになった。ウィルットは「僕に恐れをなしたー」なんて言ってたけど、実際は、副所長が政府に赴いて、半ば脅しじみた交渉をしたかららしい。
竜の国から、魔物が兵器にされるのを防ぐために来たらしいが、だったら俺に飛びつく必要もないだろ!!
それなのに、ウィルットは俺の体に飛び乗って顔を舐めてくる。やめろって怒鳴っていたら、ティーイラットがウィルットの首根っこを咥えて、引き離してくれた。
咥えられて道路に下ろされたウィルットは、咥えるなって言ってるだろ! って言い出して、ティーイラットと吠え合いになる。なんだかそんな光景すら懐かしかった。
「ティーイラット……」
「ウィルットが行くと言うので俺も来た。こいつだけで行かせたら、お前に何をされるか分からない」
「……バーカ……相変わらず、過保護なんだよ……」
そんなことを言いながらも、もう我慢できなくて、俺はそいつの体を抱きしめた。
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