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92.これから
しおりを挟む集まった奴らは、普段行けない辺りまで回って砂をかき集めてくれた。何しろ、今回は魔物は対策所の奴らに任せて砂取り放題だ。チャンスとばかりに集まった奴らは、副所長も驚くほどの人数で、廃墟街に溜まっていた砂は、すっかり姿を消した。
見上げれば、魔物もいなくなった空に、太陽が出ている。一晩中砂を集めて、さすがに疲れた。
フィッイたちは朝食を買いに行き、俺は車の外で、ホットコーヒー飲みながら、ボーッと空を見上げていた。
すると、上機嫌の男が、パンパンに詰まった袋を担いで、俺に話しかけてくる。
「よう、デトズナー。珍しく集まってんじゃねえか」
俺の会社の奴ではないが、砂集めしているとたまに見かける奴だ。多分、ウオリヴが声をかけて集まったんだろう。
「珍しいな。ここが晴れるなんて」
言いながら、そいつは砂が詰まった袋を、仲間のトラックに積み込んでいる。荷台はすでに砂の袋でいっぱいだ。かなりの収穫だったらしい。
「じゃあな。またこんなことあれば、俺を呼べ」
「…………こんなこと、そう何回もあってたまるか……」
「何言ってんだ。砂が集まるんだぞ! 絶対呼べよ!!」
「わかったわかった」
「それと、空で魔物狩ってた奴ら。お前の知り合いなんだろ? 会ったら、礼言っといてくれ。あいつらのおかげで、砂が集まった!」
「砂かよ! 街を助けたことじゃねえのか!?」
「砂だ! これで今日は豪華に飲める! じゃあなー!!」
そいつは手を振りながら車に乗り込んで、大通りを去っていく。
対策所の奴らがこうして感謝されると、俺まで嬉しい。
手を振って、俺も自分が集めたものに振り向いた。
大きな袋が五つ。他に、すでに会社の方に運んだぶんも合わせれば、俺が集めた砂は、これまでで一番多い。その上、かなり力も持っている。こんな時じゃないと、こんなもん、絶対に集まらなかっただろう。これだけあれば、かなりの金になる。目標額、達成だ。
「これだけあれば……首都へいけそうだな」
空を見上げて呟いていたら、サンドイッチを買ったフィッイが戻ってくる。混乱の中にあった町も、夜が明ける頃には、いつもの街に戻り始めていた。とりあえず、この街はもうしばらく、この街のままでいられるようだ。
寮に帰ると、俺たちを出迎えた副所長はよくやってくれたって言って、それだけで、作戦は成功したって分かった。
リビングに通された俺とフィッイに、副所長はコーヒーを入れてくれる。
「よくやってくれたよ……君たちのおかげで、砂は回収された。魔物も、全部砂に帰ったよ」
「……力を吸う奴はいなかったのか?」
俺が、ずっと心配していたことを聞くと、副所長はうなずいた。
「うん。全部、砂が暴走しただけだ。それでも、永遠に砂で力を補給されたら、抑え切れなかったかもしれない。デトズナー君の案を聞いた時は、うまく行くとは思えなかったけど……感謝してるよ」
「……存分に感謝しとけ」
なんだか照れ臭い。そんな風に、手放しで褒めるとは思わなかったから。
だいたい、俺たちより、空を飛び交う数多の魔物を破壊していたここの奴らの方が、よほど魔力を使ったはずだ。
ソファの上では、ファンデッルが寝込んでぐったりしている。
「副所長。あまりそいつを褒めないでください。図に乗ります」
「てめえ! 誰が図に乗るだって!?」
言い返すけど、そいつはよほど辛いのか、ソファから起き上がらずに、俺から顔をそらす。
そんなに弱ってる姿を見ると、心配になる。こいつだって、テュオトのビルの地下では、俺らをずっと守ってくれたんだ。その後で町中に散った魔物狩りしてるんだから、動けなくもなるだろう。
俺はそいつに、コーヒーを持って行った。普段喧嘩しかしないこいつが相手だと、照れ臭さも一入だ。
「……ほら。コーヒー」
「耳と尻尾は?」
「……ほらよ」
こいつ、相変わらず俺が耳と尻尾つけてねえと態度が最悪だ。だがまあ、今日くらいはサービスしてやろう。犬扱いは気に食わないが。
渋々魔法をかけると、そいつは早速笑顔になる。
「ありがとう。クリスティーナ」
「だから、クリスティーナじゃねえって」
こうやって答えんのも、いつものことだ。こいつにも、絡まれたり絡んだりしたが、それにも慣れてしまった。
するとそいつは、ソファでコーヒーを飲みながら、こっちに全く振り向かずに、ボソッと、聞こえるか聞こえないかくらいの声で言った。
「お前が下で、俺たちが逃した魔物を破壊するのを見ていた……」
「……あ? なんだよ。文句あんのか?」
「……少しは使えるようになったじゃないか……砂の力も…………」
「え……」
どうしたんだ。こいつがこんなこと言うなんて。
しかも今、ほんの少しだけそれを素直に喜んでしまった。
俺の勘も、鈍ったのかもしれない。何が来たって、いつだってすぐに応戦できるように構えていたはずなのに。
「……あれなら、試験も受かるかもな」
「か、かもってなんだ!! 受かるに決まってるだろ!! 俺が落ちるわけねえんだ!!」
「……随分な自信で言っているが、お前、一番先に、この町で筆記試験があるんだぞ。お前は砂の力は多少使えるようになったとは言え、そんなものは前例がない。魔力がほとんどないと言うだけで、かなり減点される。分かっているのか?」
「…………当然だ。バーカ……そのための対策だって、考えたんだよ。俺だって、今度は……マジだからな……」
「…………デトズナー?」
珍しく名前を呼んで、俺を見上げるファンデッル。俺にだって、わかってる。このままじゃ、俺が試験に受かることって、ないんだろう。
俺にはほとんど魔力がない。それでも、この砂の力で、対策所の一員としてやっていけることを示すには、試験の前に、実績を作るしかないんだ。
大事なことを考えていたのに、ソファで寝ていたウィルットが、あくびをして目を覚ましてしまう。
「デトズナー。おやつー」
「あ? うるせーな……」
ウィルットの横に、サファイアとフレイムまで飛び乗って来て、俺に向かってきゃんきゃん吠え始める。加勢でもしてるみたいだ。すっかりウィルットに懐いてる。真ん中にいるウィルットは、まるでボスだ。
「わかったよ……」
渋々、俺がダイニングテーブルに置きっぱなしだったお菓子を差し出すと、みんな嬉しそうに食べ始める。だけど、ウィルットだけは食べずに、俺を見上げて言った。
「……砂、いっぱい集めてたね」
「あ? だからなんだよ……」
「お金、稼げたんじゃない? どうするの? あれ」
「……首都に行く」
答えたら、ソファにいたファンデッルも、俺に振り向いた。
なぜかサファイアたちまで静かになって、俺を見上げている。
金を貯めて、その金で首都へ行く。そこで実績を積んで試験に挑む。砂を集めている間、俺が考えていた計画だ。俺みたいに力のないやつが、本気で対策所を目指すなら、それしかないんだろう。
「このままだと落ちること、俺だってわかってる。俺みたいに力の使えない人族だと、魔物とも戦えない。このままだと、筆記試験どころか、書類の時点で落ちる。だが、俺は本気だ。向こうへ行って、先に向こうで手柄をあげる。それしかないんだろ?」
振り向いたら、キッチンでずっと、書類を書いてくれていた副所長が、顔を上げた。
「わかって来たね……ちょっと前までただの無鉄砲だったのに」
「俺は今も昔もちゃんと考えてるよ!」
「……そんな計画立ててたんだ……上から見てたら、死ぬ気で集めてるなーって思ってたけど……」
「お前ら、上から俺のこと、そんなに見てたのか!?」
聞くと副所長は、相変わらずの笑顔で「え? そうだけど、何が問題なの?」って言うし、ファンデッルの方は、開き直って「監視してやっただけだ」って言い出した。
「やっぱ見てたんだな! どうりで上からしょっちゅうなんか降ってくると思った!」
怒鳴る俺に、ウィルットがやけに恩着せがましく言う。
「デトズナーくん、危なっかしいんだもん。後ろに気をつけたほうがいいよ。突っ込んでいくのは得意だけど、不意打ちに弱いみたいだから」
「うるせーよ!! 余計なことすんな!! バーカ!!」
くっそ! 結構やれたと思ってたのに、こいつらの過保護付きかよ!! 首都に行ってもやれそうだって思ってたのに!
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