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86.こいつは俺の特等席なんだ!
しおりを挟むリビングに入ると、すぐに、ウィルットの執事のグラーイが迎えてくれた。
「おはようございます」
丁寧に頭を下げられて、そんなことされたことない俺は、ぎこちなく頭を下げた。
「お、おはよう……ございます???」
慣れない事をしていたら、そいつの後ろから、やっぱりチワワのままのウィルットが出てくる。
「そんなに緊張しなくてもいいのにー」
「るせえよ……」
ぼそっと言うけど、すぐに緊張なんか打ち消すくらい、いい匂いがした。
「これ…………ホットドッグか!?」
「はい。こちらへどうぞ」
グラーイがそう言い終わるのも待たずに、俺はテーブルまで走った。
そこに並んでいたのは、大皿に山盛りになったハンバーガーと、ホットドッグ。大量のスクランブルエッグに、ボウルに溢れんばかりに盛られたサラダ。二つの大皿に山のように積まれたフライドポテトに、ビールジョッキに入ったコーラ。焼きたてのアップルパイと、ミートパイ。大きな寸胴鍋になみなみと盛られたコーンスープ。
すっげえうまそうだが、量がおかしい。俺たちが二倍の人数になっても食い切れないような量なのに、まだキッチンの方では寸胴鍋二つが湯気を上げて、オーブンからはローストチキンの匂いがする。
「パーティーでもやんのか!? これ!!」
驚く俺に、エプロンをつけたままのグラーイは涼しい顔で答えた。
「これくらいないと、ウィルット様にはご満足していただけないので」
あいつ、どんだけ食うんだよ……普段はこれだけ食ってたのか? 今までどれだけ我慢してたんだ。
ダイニングテーブルでは、皿に積まれたフライドチキンに、すでに犬のウィルットが食いついている。
「おいしー! おかわりー!! あと、ジュースも!!」
「ウィルット様、食事の時くらい、その姿はやめてください」
「嫌。ジュース!!」
あっさり断りテーブルで寝転びながらチキン食ってるウィルット。どれだけ羨ましいんだ。
俺もテーブルに駆け寄った。
「お前だけずるいぞ!! 俺も食う!!」
食いすぎた……朝から。ハンバーガー十個食って腹が割れそう。
ウィルットは、すでにグラーイが持ってきたクッションの上でぐっすり眠っているし、そんな顔を見たら俺まで眠くなる。
ティーイラットも似たような様子で、大きな狼の姿のまま床に寝そべっている。俺はその体に寄りかかって、うとうとしていた。このまま寝てしまいそうだ。
フィッイも、俺の隣でティーイラットの体に寄りかかっている。
「ねむ…………気持ち良すぎだろ……このもふもふ……」
それは俺にもわかる……大きな狼になった時のティーイラットに寄りかかると、恐ろしいほど気持ちいい。それは俺にも分かるんだが……
「てめえ……何くっついてるんだよ……これは俺のもんなんだよ…………」
俺以外の奴が、ティーイラットの体にもたれて寝てるとムカつく……縄張り意識か?
だけど、こんな感情うまく説明できなくて、夢現のまま喧嘩腰の俺に、当然フィッイも同じように返してくる。
「あ? ざけんな……なんでこれがてめえのもんなんだよ……」
「だって、俺が先にこうしてたんだ。だから俺のなの」
「寝言言ってんじゃねぇよ……寝てろてめえは…………」
「これは俺のなの……」
「何でてめえのなんだ……」
「それは……」
言いかけて、考える。
何でって言われてもな……なんとなく、嫌なだけだ。ここはずっと、俺の特等席だった。俺じゃない奴がここにいるのが……なんとなく、嫌だ。
だけど、上手く説明できない。それが嫌で、俺は顔をそむけた。
「なんとなくだよ……なんとなく」
「だからその、なんとなくってなんだよ…………ねむ……」
「うるせーよ……なんとなくこいつは俺のなのっ!!」
つい、声を荒らげてしまう。だけど、俺の怒鳴り声にはすっかり慣れてしまっているフィッイは、やっぱり寝てる。しかも、俺じゃないくせに、ティーイラットの体に顔を埋めて。
こいつ……
「起きろっ!! こいつは俺のなのっ!!」
ついに、そいつに掴みかかる俺。だけど、フィッイは起きない。こいつ、地下で魔力使い果たしたな……こうなると、フィッイは起きないんだ。ぐっすり眠ってるそいつから、俺は手を離した。
そもそも俺、なんで殴りかかってたんだ……
しかも悪いことに、ティーイラットが目を覚ましてしまう。彼は頭を上げて、俺に振り向いた。
「デトズナー……? どうした?? また喧嘩か?」
「はっ……!? ち、ちげーよ……」
言いながら、なんとなくティーイラットから顔をそむける。
そしたら代わりに、そばのクッションで寝ていたウィルットが起き上がって言った。
「喧嘩だよー。特等席の奪い合い」
「特等席?」
首を傾げるティーイラットの前から、ウィルットを掴んで自分の体で隠す。喧嘩の原因、ティーイラットにだけは知られたくない!!
そんな俺の気持ちを悟っているらしく、ウィルットはにやにやしてる。
「何で怒るのー? こわーい」
「てめえ……ティーイラットにさっきのこと話したらぶっ殺す……」
「えー。さっきのことって何ー? こいつのこと、特等席扱いしてたこと?」
「言うなって!!」
小さな声で話していたつもりだったけど、そばにいるティーイラットの耳がピンと動いて、全部聞かれてしまったらしい。そいつは首を傾げて言った。
「特等席?」
「な、なんでもねえよ……お、お前の体で……寝んの気持ちよかったから…………」
「…………」
すると、ティーイラットは、またその場に寝そべって、俺に振り向く。
「……もう少し寝ていていいぞ……」
「へっ……!?」
そ、そんなに改まって言われると……恥ずかしいぞ……
答えられないでいると、リビングのドアが開いて、ファンデッルと副所長が入ってきた。
「クリスティーナ。また喧嘩か?」
「みんなー。呑気なことしてる場合じゃないよー。席についてー。作戦会議の時間だよー」
ぱんぱん手を叩きながら副所長に言われて、俺たちは渋々起き上がった。
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