上 下
73 / 113

73.面倒なやつが帰ってきたー

しおりを挟む

 ビルの中に入ると、多分昔はこの町に暮らす奴らが魔物の相談をするスペースだったんだろう、長い受付カウンターがあって、簡素なソファがいくつも並んでいる。

 役所の待合室みてえだな……

 だけど、今は使われていないらしく、受付には、入ってきた俺たちに気づかず、カウンターで何やら書類を書いている男が一人だけ。

 俺たちが話しかけると、そいつは顔を上げた。

「うわっ……なんだお前らっ……!!」

 驚くのも無理はない。狼の耳と尻尾をつけた俺、大きな狼の姿になったティーイラット、その背中で寝そべりながらあくびしてる犬の姿のウィルット、ファンデッルだけはいつもと同じ姿だが、こんな連中がいきなり現れたら、俺が受付でも驚く。

 さっきの喧嘩で、ウィルットがティーイラットに噛みついて、怒ったティーイラットが狼の姿になって応戦し、踏まれて怒ったウィルットが火を吹いて、それを打ち消したティーイラットは、かなり力を使ってしまって、しばらく戻れないらしい。
 一時的なもので、すぐに力は回復するようだが、結局狼の姿のまま、ビルに入らざるを得なくなった。
 俺が戦闘態勢のままなのは、二人の喧嘩に割って入って、そのまま元に戻るのを忘れてたからで、戻ろうと思えば戻れるが、よく考えたら、中に入ったらいきなり襲われるかもしれないんだ。このままの方がいいだろう。

 早速怪しまれることになってしまい、ファンデッルが苦い顔でティーイラットに振り返る。

「何をしているんだ……お前は…………」
「すまん……」

 すると、ティーイラットの背中に陣取ったウィルットが、わざわざそいつの首まで歩いて行って囁く。

「子犬の僕が、デトズナーに可愛がられてるのが気に入らないんだよねー」
「うるさい! 降りろ!!」
「やだよーー」

 ティーイラットが体を震わせて、ウィルットがその背中に張り付いて、また険悪な空気。ウィルットが相手の時だけ、ムキになりすぎだ。

 受付の男は、内線電話で「変な連中が来ました! 警備の者を寄越してください」って言ってる。入っていきなり警備員なんか呼ばれてたまるか!!

 俺は、そいつが言い終わる前にフックを押して電話を切った。

「やめろ! 俺たちは客だ! 怪しくねえよ!!」
「……客?? 狼と犬と……お前なんだよ!?」
「うるっせえ!! テュオトに会わせろ!」
「はあ!? テュオト様になんの用だ! アポあんのか!? 魔物退治なら、向こうの対策所に行けよ!!」

 ついに怒鳴り出した男に、ティーイラットが言った。

「テュオトに会わせて欲しい。約束も取り付けてある」
「テュオト様に……? なんで狼が…………お前、なんの種族だよ…………ちょっと待ってください……」

 受付の男は、書類を確認すると、ご案内いたしますと言って、別の人間を呼んだ。すぐに、別の人が降りてきて、俺たちを上の階に連れて行く。

 案内された場所は、応接室らしい。革張りのソファに座って待つように言われたが、俺たちは、あいつと話をしに来たんじゃない。

 全員で顔を見合わせる。同時に頷いて、ティーイラットが魔法を使うと、彼の目の高さあたりに砂が浮いて、白いもやが現れた。副所長を呼んでいるんだ。しばらくすると、その中に鮮明に、副所長の顔が映し出される。

「潜り込めました」

 ティーイラットが現状を報告すると、砂の向こうの副所長は深く頷く。

『よし……次にやることは分かってるね? どうせ向こうも、こっちと話す気なんかないだろうから、十分気をつけて。仲間が証拠となるものを探すまで、テュオトの方は頼むよ』
「はい。できるだけ、話を引き伸ばします」
『で、なんで君、そっちの姿になってるの?』
「それは……その……すみません…………」
『……全く……君の正体は向こうには割れてるんだ。軽はずみな真似しないように』
「すみません……」
『……ちゃんと君も帰ってくるんだよ…………無事に帰ってこなかったら、鎖に繋いでお仕置きだから』
「はい……」
『みんなも一緒だよ? ファンデッルもデトズナー君、あと、ウィルット。君もね』

 最後に呼ばれたウィルットが、首を傾げる。

「僕はお前の部下でもなんでもないんだけど?」
『それでも。うちの所員が懐いちゃってるみたいだから。ちゃんと帰ってきて』
「…………うざー…………お前の言うことなんか、聞かないよー…………」

 そんなこと言っているくせに、ソファの上の子犬には、いつもの勢いがない。気づいてるのか気づいてないのか、尻尾振ってるし。

「そっちだって、テュオトを逃さないでよ……」
『わかってる。それと、君の執事が来ているよ』
「……グラーイが? もう?」
『うん。君が帰ってくるの、ここで一緒に待ってるから』

 副所長が言い終わると、横から一人の男が顔を出した。

『ウィルット様……ただいま戻りました』
「早すぎ。もう少し、ゆっくりして来ればいいのに」
『……なんですか……その格好は……犬?』
「うるさいな……こっちの方が都合がよかったの!」
『……そんな調子では困ります。あなたは』
「帰ったら聞く!!」

 相手の言葉も終わらないうちにそう言って、ウィルットは俺に飛びついてくる。グラーイは、諦めたようにため息をついて、ちゃんと帰ってきてくださいねって言ってた。

 次に、副所長が顔を出す。

『そう言うわけだから。デトズナー君、みんなも、ちゃんと帰って来てね。フィッイも連れて。潜り込ませた所員から連絡があれば、そっちに伝えるから』

 俺たちが「分かりました」って答えて、砂は消え、副所長の声も聞こえなくなる。

「よかったな。仲間、帰ってきて」

 抱っこしたウィルットに言うと、そいつはプイッと顔をそむけた。

「仲間じゃない。あいつはただの下僕……面倒なやつが帰ってきたー……」

 めちゃくちゃ尻尾振りながら言っても、説得力ないぞ……
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?

寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。 ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。 ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。 その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。 そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。 それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。 女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。 BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。 このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう! 男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!? 溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 独自設定、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

フェンリルさんちの末っ子は人間でした ~神獣に転生した少年の雪原を駆ける狼スローライフ~

空色蜻蛉
ファンタジー
真白山脈に棲むフェンリル三兄弟、末っ子ゼフィリアは元人間である。 どうでもいいことで山が消し飛ぶ大喧嘩を始める兄二匹を「兄たん大好き!」幼児メロメロ作戦で仲裁したり、たまに襲撃してくる神獣ハンターは、人間時代につちかった得意の剣舞で撃退したり。 そう、最強は末っ子ゼフィなのであった。知らないのは本狼ばかりなり。 ブラコンの兄に溺愛され、自由気ままに雪原を駆ける日々を過ごす中、ゼフィは人間時代に負った心の傷を少しずつ癒していく。 スノードームを覗きこむような輝く氷雪の物語をお届けします。 ※今回はバトル成分やシリアスは少なめ。ほのぼの明るい話で、主人公がひたすら可愛いです!

某国の皇子、冒険者となる

くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。 転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。 俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために…… 異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。 主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。 ※ BL要素は控えめです。 2020年1月30日(木)完結しました。

旦那様と僕

三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。 縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。 本編完結済。 『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。

処理中です...