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73.面倒なやつが帰ってきたー
しおりを挟むビルの中に入ると、多分昔はこの町に暮らす奴らが魔物の相談をするスペースだったんだろう、長い受付カウンターがあって、簡素なソファがいくつも並んでいる。
役所の待合室みてえだな……
だけど、今は使われていないらしく、受付には、入ってきた俺たちに気づかず、カウンターで何やら書類を書いている男が一人だけ。
俺たちが話しかけると、そいつは顔を上げた。
「うわっ……なんだお前らっ……!!」
驚くのも無理はない。狼の耳と尻尾をつけた俺、大きな狼の姿になったティーイラット、その背中で寝そべりながらあくびしてる犬の姿のウィルット、ファンデッルだけはいつもと同じ姿だが、こんな連中がいきなり現れたら、俺が受付でも驚く。
さっきの喧嘩で、ウィルットがティーイラットに噛みついて、怒ったティーイラットが狼の姿になって応戦し、踏まれて怒ったウィルットが火を吹いて、それを打ち消したティーイラットは、かなり力を使ってしまって、しばらく戻れないらしい。
一時的なもので、すぐに力は回復するようだが、結局狼の姿のまま、ビルに入らざるを得なくなった。
俺が戦闘態勢のままなのは、二人の喧嘩に割って入って、そのまま元に戻るのを忘れてたからで、戻ろうと思えば戻れるが、よく考えたら、中に入ったらいきなり襲われるかもしれないんだ。このままの方がいいだろう。
早速怪しまれることになってしまい、ファンデッルが苦い顔でティーイラットに振り返る。
「何をしているんだ……お前は…………」
「すまん……」
すると、ティーイラットの背中に陣取ったウィルットが、わざわざそいつの首まで歩いて行って囁く。
「子犬の僕が、デトズナーに可愛がられてるのが気に入らないんだよねー」
「うるさい! 降りろ!!」
「やだよーー」
ティーイラットが体を震わせて、ウィルットがその背中に張り付いて、また険悪な空気。ウィルットが相手の時だけ、ムキになりすぎだ。
受付の男は、内線電話で「変な連中が来ました! 警備の者を寄越してください」って言ってる。入っていきなり警備員なんか呼ばれてたまるか!!
俺は、そいつが言い終わる前にフックを押して電話を切った。
「やめろ! 俺たちは客だ! 怪しくねえよ!!」
「……客?? 狼と犬と……お前なんだよ!?」
「うるっせえ!! テュオトに会わせろ!」
「はあ!? テュオト様になんの用だ! アポあんのか!? 魔物退治なら、向こうの対策所に行けよ!!」
ついに怒鳴り出した男に、ティーイラットが言った。
「テュオトに会わせて欲しい。約束も取り付けてある」
「テュオト様に……? なんで狼が…………お前、なんの種族だよ…………ちょっと待ってください……」
受付の男は、書類を確認すると、ご案内いたしますと言って、別の人間を呼んだ。すぐに、別の人が降りてきて、俺たちを上の階に連れて行く。
案内された場所は、応接室らしい。革張りのソファに座って待つように言われたが、俺たちは、あいつと話をしに来たんじゃない。
全員で顔を見合わせる。同時に頷いて、ティーイラットが魔法を使うと、彼の目の高さあたりに砂が浮いて、白いもやが現れた。副所長を呼んでいるんだ。しばらくすると、その中に鮮明に、副所長の顔が映し出される。
「潜り込めました」
ティーイラットが現状を報告すると、砂の向こうの副所長は深く頷く。
『よし……次にやることは分かってるね? どうせ向こうも、こっちと話す気なんかないだろうから、十分気をつけて。仲間が証拠となるものを探すまで、テュオトの方は頼むよ』
「はい。できるだけ、話を引き伸ばします」
『で、なんで君、そっちの姿になってるの?』
「それは……その……すみません…………」
『……全く……君の正体は向こうには割れてるんだ。軽はずみな真似しないように』
「すみません……」
『……ちゃんと君も帰ってくるんだよ…………無事に帰ってこなかったら、鎖に繋いでお仕置きだから』
「はい……」
『みんなも一緒だよ? ファンデッルもデトズナー君、あと、ウィルット。君もね』
最後に呼ばれたウィルットが、首を傾げる。
「僕はお前の部下でもなんでもないんだけど?」
『それでも。うちの所員が懐いちゃってるみたいだから。ちゃんと帰ってきて』
「…………うざー…………お前の言うことなんか、聞かないよー…………」
そんなこと言っているくせに、ソファの上の子犬には、いつもの勢いがない。気づいてるのか気づいてないのか、尻尾振ってるし。
「そっちだって、テュオトを逃さないでよ……」
『わかってる。それと、君の執事が来ているよ』
「……グラーイが? もう?」
『うん。君が帰ってくるの、ここで一緒に待ってるから』
副所長が言い終わると、横から一人の男が顔を出した。
『ウィルット様……ただいま戻りました』
「早すぎ。もう少し、ゆっくりして来ればいいのに」
『……なんですか……その格好は……犬?』
「うるさいな……こっちの方が都合がよかったの!」
『……そんな調子では困ります。あなたは』
「帰ったら聞く!!」
相手の言葉も終わらないうちにそう言って、ウィルットは俺に飛びついてくる。グラーイは、諦めたようにため息をついて、ちゃんと帰ってきてくださいねって言ってた。
次に、副所長が顔を出す。
『そう言うわけだから。デトズナー君、みんなも、ちゃんと帰って来てね。フィッイも連れて。潜り込ませた所員から連絡があれば、そっちに伝えるから』
俺たちが「分かりました」って答えて、砂は消え、副所長の声も聞こえなくなる。
「よかったな。仲間、帰ってきて」
抱っこしたウィルットに言うと、そいつはプイッと顔をそむけた。
「仲間じゃない。あいつはただの下僕……面倒なやつが帰ってきたー……」
めちゃくちゃ尻尾振りながら言っても、説得力ないぞ……
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