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52.照れなくていいのにー
しおりを挟む俺は地図を握りしめて、副所長に振り向いた。
「任せろ!! 光の魔物くらい、俺がすぐに捕まえてやるよ!!」
「頑張ってねー。だけど、地図は握り締めちゃダメだよー」
「あっ……わ、分かってるよ……」
と言いつつ、そいつに背を向けて、ぐちゃぐちゃになった地図を広げる。何してるんだ、俺。
副所長は、微笑んで言った。
「だけど、魔物よりもっと面倒なのは、魔物を売り買いする奴ら。もしも見つけたら無茶をせず、俺に連絡して。君を連れて行った奴らのことは、ティーイラットが無茶したおかげでほとんど拘束してるけど、一部は命からがら逃げてるから」
副所長に冷たい視線を向けられて、ティーイラットはふいっと顔をそむける。まるで反省してないそいつに、もうしないようにと念を押して、副所長は俺に向き直った。
「君も、気をつけてね」
「はーい……」
どうせなら、以前されたことの仕返しをしてやりたい。特に、俺をボコボコにして連れて行った二人には。
だが、俺も学んだ。あの時は俺だけ突っ込んで行って失敗したんだ。今度はうまくやる!!
「じゃあ、そろそろ解散に……」
そう言って振り向いた副所長の顔がこわばる。何かと思って俺たちも振り向いたら、大通りを挟んで反対側に、車が停まっていた。乗っているのは四人。運転席の男と一瞬目があって、そいつはすぐに目をそらす。助手席の男もこちらに振り向いた。少し青みがかった黒髪を、後ろで一つに括り、真っ黒なマントを羽織った男で、じっと俺の方を睨んでいた。
なんなんだあいつ……
目があうと、そいつはニヤリと笑う。
そして、後部座席に座った二人が、車から降りてこちらに向かって歩いてきた。副所長やティーイラット、ファンデッルは彼らを知っているらしく、そいつらを睨みつけている。ウィルットまでもが、犬の姿のまま、うーうー唸っていた。
向こうもこちらを知っているのか、俺たちを指差して、こそこそ何か話してる。嫌な感じだな……
副所長が、あからさまに嫌な顔をして呟いた。
「でたよ……今更……」
「知ってる奴らか?」
俺が聞いても、副所長はそいつらをじーっと睨んでいて、答えてくれない。な、なんだかすげえ怖い……
少し距離をとっていたら、ティーイラットが、俺を隠すように、俺の前に立った。
「大人しくしていろ……委託元だ」
「い、委託元? って……政府の奴ら!?」
フィッイに、ティーイラットたちの対策所は、政府が魔物の対策をするために置いた機関から委託を受けてるところって聞いた。
ってことは、あっちが政府が置いた機関ってことか。
近づいてきた二人の男のうち、一人が前に出て、馬鹿にしているとしか思えない様子で言った。
「何かと思えば、今更、何をしに来た? 三流」
「……当然、魔物探しですよ。委託を受けてますから」
副所長が言うけど、その男は、まるで動じない。
「それにしては、魔物の出現回数が増えているじゃないか。いや……寄せ集めの連中にしては、よくやっているのか……」
「……何分、人手不足ですから。ここ最近、砂漠から降ってくる砂が増えていますし。そもそも、最近の魔物が出るのは主に地下ですから。見つけるのも大変なんです」
「早速言い訳か? 無能な貴様ららしいわ!」
……そろそろやめた方が良くないか? 副所長、今にも飛びかかりそうだぞ。
けれど、さっきから胸を張って話している男には、そんなことは伝わらないらしい。
「その程度の魔物に手こずっているようでは、この街は任せられないぞ」
「じゃあ最初から自分でやればいいだろ」
つい、言い返してしまった。とはいえ、我慢する気なんて、最初からまるでなかったんだけど。
副所長たちが、みんな俺に振り向く。だって、こんなの黙っていられない。
今更出てきて何を偉そうに言っているんだ。俺もこいつらも、病み上がりで出てきてるのに。
それでも目の前の男は、なぜか胸を張る。
「ふん!! 貴様らに仕事を与えてやっているんだ!! 感謝……」
そいつは、俺の顔をじーっと見てくる。
な、なんなんだ。一体……
「貴様……砂の力を持っているな?」
「だったらなんだ? てめえにんなこと、かんけーねえだろ!」
カッとなって振り上げようとした右手を、背後から握られた。
振り向けば、ティーイラットが人の姿に戻り、俺の腕を掴んでいる。
「ティーイラット……」
「……」
無言で俺を背後に下がらせるそいつを見て、委託元とやらは馬鹿にしたように言った。
「汚らわしいっ……魔物がっ!! 飼い犬の躾もできないのか!!」
「んだとっ……てめえ!!」
我慢できずに拳を振り上げるが、やっぱりティーイラットに止められてしまう。だけどこんな奴ら、許せるはずないだろ!!
「離せっ…………」
振り払おうとしたのに、彼に振り向いたら、戦意が消えてしまう。ともすれば無表情のように見えるかもしれないけど、俺はこいつのこんな顔、初めて見た。ティーイラットにそんな顔をされたら、これ以上はできない。
「例の光の魔物はこっちで処理する。お前たちは帰って報告書でも書いていろ!」
一方的に言って、そいつらは車の方に去っていく。なんなんだ。あいつら……
副所長は、ため息をついて言った。
「まったく……面倒。ティーイラット、君はデトズナーと一緒に行って」
「……いいんですか? 帰れ、みたいに言ってましたが?」
「無視していい。あんなこと言ってるけど、どうせあいつらに退治なんてできないんだから。上からなんか言われて、思い出したように出てきただけだろ。行こう、ファンデッル。ティーイラットはデトズナーと一緒にこの辺りを探して。何かあったら報告するように。それと、もしかして任務の途中であいつらに会ったとしても、暴れないように。特に、デトズナー」
「なんで俺なんだよ!!」
怒鳴りつけてやるが、副所長はまるで聞いてない。俺たちに手を振って去っていく。
ティーイラットは、俺に振り向いた。
「行くか」
「あ、うん……」
「……どうした?」
そいつが首を傾げる様は、いつもと変わらない。だけど俺には、それが無理をしているように見えた。魔物め、なんて言われて、傷ついてるはずだろ……
俺は、ティーイラットの手を取って歩き始めた。
「デトズナー?」
「俺はっ……」
「……どうした?」
「……俺は…………その……お前のこと頼りにしてるし……お前には……感謝してるから……」
「……………………どうした? 急に……」
「き、急じゃねえよ!! 普段からそう思ってた! もう行くぞ!!」
なんだか、すごく恥ずかしい。こいつ、キョトンとしてるみたいだし、大して気にしてないのか?? なんだよ! 気にしたの俺だけか!
そいつの手を取って、どんどん先に進む。
こいつが気にしてるって言うより、俺が悔しかっただけか。こいつのこと、あんな風に言われて。
何をしてるんだ、俺。こんな風に他人のこと気にするなんて、俺じゃない!!
もう振り向くことすらできなくて、俺はそいつの手を握って歩いた。足元でウィルットの犬がにやにや笑って「照れなくていいのにー」って小声で言ってる。なんなんだよ!! 大人しく犬のフリしてろ!
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