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23.俺は寂しい……
しおりを挟むまさか、本気で気付いてないのか? こいつ……散々人を罵っておきながら!!
「……友達じゃねえよ……勝手に入ってきたんだ! ほら! 寄越せよ! 外に出してくるから!!」
ファンデッルから犬を受け取ろうと手を伸ばしたのに、そいつは犬を抱っこしたまま、俺から庇うように遠ざける。
「なにを言っているんだ。今日はもうすぐ、砂嵐が起こる予報が出ている。お前は砂嵐の中に、こんな小さな子を放り出す気か?」
「何言ってんだてめえ!! その犬はっ……!」
言いかけた俺に、犬は振り向いて嫌な笑顔を浮かべる。話したら俺の頭を吹っ飛ばす、そう言っている顔だ。
怖……
俺の恐怖をよそに、ファンデッルはずっと、犬の体を撫でていた。
「なんて綺麗な毛並み……小さくて、愛らしい子だ。今日から君はウィステリアだよ」
「なに勝手に名前つけてんだよ……」
「今日からウィステリアもうちの子だ。さあ、ご飯にしよう」
ふざけたことを言いながら、ファンデッルは、犬をキッチンのほうに連れて行こうとする。けれど犬は、そいつの腕をするりと抜けて、あろうことか俺の方に走ってきた。
案の定、すっかりウィステリアとやらを自分の犬にしてしまっている犬バカの目が冷たくなる。
「ウィステリアは、クリスティーナの方が好きなのか?」
「し、知らねえよ! 俺にキレんな!!」
「……まあ、いい。砂嵐に怯える子を拾ってきて、悟られまいと隠すなんて、少しは見直した」
「いや……俺が拾ってきたんじゃ……」
「クリスティーナ、ウィステリアと一緒に、ティーイラットを起こしてこい。あいつは朝が弱いんだ」
「……」
反論しても、こいつにはまるで無駄だ……しかも、犬バカ過ぎて、全く気がつかないどころか、指名手配犯を愛犬にするつもりでいやがる。
仕方ない……ティーイラットに頼むか。あいつは唯一、俺の話を聞いてくれる奴だからな。
あいつの前に、こんなふざけた犬を連れていくのは嫌だが、この犬がずっとここにいるよりはいいだろう。
しぶしぶ、ウィステリアとやらを受け取り、部屋を出る。
すると早速、ウィルットは本性を表して、俺を見上げた。
「残念だったね。気付いてもらえなくて」
「うるせえよ!! てめえ……覚えてろよ!!」
こんな野郎の好きにさせてたまるか!! 摘み出して踏んづけてやるから待ってろよ! クソ犬!!
嫌々犬を抱っこして、ティーイラットの部屋を探す。
だけど、この寮、やけに広くてなかなか部屋が見つからない。するとウィルットの犬が俺の腕から飛び降りて、廊下の一番奥のドアの前で鳴いた。
「ここみたいだよ?」
「……なんでわかるんだよ……」
「あれの力を感じる。早く開けて。わんわん」
「……犬の真似やめろ。つーか、なんでそんな楽しそうなんだよ……てめえ、ティーイラットになんかする気じゃないだろうな!!」
「そんなに怖い声を出さなくても、しない。今騒ぎを起こせば、お前のそばにいられなくなる。早く開けろ。わんわん」
「犬の真似やめろ。来いよ」
腕を広げて言うと、犬は一瞬キョトンとして、俺の顔を見上げる。
「そんなに僕のことが気に入ったの? 抱っこしたいの?」
「バッカ! 死ねよっ!! 誰が殺しにくる奴気にいるか!! てめえがティーイラットに余計なことしないようにだよ!!! 部屋の外に置いておきたいが、後ろから狙われたら堪んねえ! 来いよ! 嫌々抱っこしてやる。クソ犬!!!」
苛立ちながら、ウィルットの犬を抱っこして、部屋のドアを叩く。
「ティーイラットー、ティーイラットーー。起きろーー」
何度か呼ぶが、そいつはまだ寝ているのか、声は聞こえない。
「ちっ……入るぞ!!」
扉を開ける。
部屋の中には、一人の男が立っていた。
すぐには、それがティーイラットだとは分からなかった。たしかにティーイラットなんだが、上半身が、真っ黒な霧みたいなものに包まれている。
「ティーイラット!! お、おいっ!! どうしたんだ!!」
叫んで駆け寄ると、そいつは俺の手を取る。
その目は金色で血走っていて、まるで獲物を見る野獣だ。とてもあのティーイラットとは思えない。
「て、ティーイラット?? ど、どうしたんだよ……」
「砂の力……」
「は?」
「……っ!!!」
何か叫んだかと思えば、そいつは吠えて、俺に飛びかかってくる。
頭には、俺のと似ている獣の耳が生えていて、尻には尻尾がある。体から、キラキラ光る砂のようなものが溢れていて、右腕は、金の毛を持つ野獣の腕に変わっていた。長い爪が俺の体に食い込みそうだ。
「ティーイラットっ!? ど、どうしたんだよっ……ぐっ!!!」
そいつの獣の腕が、俺を床に押さえつける。そのまま、もぎ取られてしまいそうだった。
横から、ウィルットの犬が飛んできて、ティーイラットの腕に爪を立てると、一瞬、そいつの力が緩んだ。
その隙に、俺は自分の腕を引き抜いて、拘束から逃れる。
けれど、その間にも、ティーイラットは大きな狼のようなものに姿を変えて、俺に襲いかかってきた。
「う、うわあああ!!」
慌てて逃げ出す俺。
なんだあれ!!!! な、なんで襲ってくるんだ!??
後ろから迫ってくる獣は、頭の耳と尻尾の先が砂でできている。砂の力を持っているのか、恐ろしいほど素早い。封印を解いてなかったら、即座に捕まっていただろう。
廊下を走って、リビングに逃げ込む。だけど、後ろから飛び掛かられて、床に倒されてしまう。
「や、やめろ!!」
リビングに倒れ込むと、そこにいたファンデッルが、平然と言った。
「クリスティーナ、あまり大きな声を出すな。マーガレットがびっくりしてる」
「うるせえっ!! クリスティーナじゃねえしそれどころじゃねえ!! ティーイラットがっ……!」
「知っている」
「は!???」
「そいつは少し寝ぼけているだけだ。いちいち騒ぐな」
「す、少しって……俺襲われてるんだぞ!!」
「ティーイラットも、いくつか体に力を取り込んでいる。たまに疲れると、姿が変わるだけだ。今は多分、寝ぼけてクリスティーナの中の砂の力に反応しているんだろう」
「はあーー!? また砂かよ!! どんだけ砂好きなんだよ!! 俺が何をしたーーーー!! 起きろーー!! ティーイラット!!!」
食いついてくるそいつの牙を必死に両手で抑えていたら、呑気な顔したファンデッルが、小さな犬用の骨の形のお菓子を投げた。
「ティーイラット!!」
投げられた菓子を、ティーイラットが飛び上がってくわえる。
するとそいつを包んでいた光が弱くなって、やっと大人しくなった。
「う…………なんだ……俺は……なにをしていたんだ?」
「そいつの砂の力に惹かれていたようだ」
ファンデッルに言われて、ティーイラットが俺に振り返る。
「……すごいな…………この姿になってみると、まるで力の塊だ」
「そんな目で見るなよ!! 怖えよ!! ほ、本当に、ティーイラットか??」
「ああ、俺だ。すまん……つい、じゃれつきたくなる力だ……」
「じ、じゃれつきでぶっ殺されてたまるかよ……俺とお前の力の差、考えろ」
「悪い……」
そ、そんなふうに素直に落ち込まれると……怒り辛くなる。くそ……俺は襲われたのに……
「と、とにかく、もう襲うなよ! なんで飛び掛かってきたんだよ!」
「この姿だと、本能の方が強くなるんだ。だが、寝起きか酒でも飲んでない限り、襲わない。安心しろ」
「……目覚ましかけて、酒は飲まないでくれ……つーか、いつまでそんな格好なんだよ? もとに戻れないのか?」
「昨日、いろいろあって力を使いすぎたらしい。力が戻れば、姿も戻る」
「……早く戻ってくれ。俺は寂しい……」
「デトズナー? どうした??」
「……」
こいつだけは俺の最後の砦でいてくれるはずだったのに。なんでこんなことになってるんだ。
くそ……
床を見下ろすと、ウィルットの野郎が、俺の足に顔を擦り付けている。
馬鹿にされている……俺が結局告げ口できなかったから。
「クリスティーナ、マーガレット、サファイア、ウィステリア、ごはんだよ。おいで」
ファンデッルだけが、やけに楽しそうに俺を呼ぶ。こいつは犬ならなんでもいいのか。
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