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7.また仕返しかよ!
しおりを挟む仕事が終わり日が暮れてから、俺は一人で対策所へ向かった。
あの小さい方、もう怒ってないといいなあ……
小さい方用の作戦は立てた。帽子とサングラスかけてマスクすれば、まさか俺とは分かるまい。休憩室に都合よく、余興用の変装グッズとして置いてあったものを借りてきた。これがあればなんとかなる。フィッイには馬鹿だと大笑いされたが、俺は真面目だ。いくら強がっても、怖いもんは怖い。
変装用のものは、対策所についてからつけることにして、それを全部入れた袋を持った俺は、暗い道を目的地まで急いだ。
この街は、夜になると魔物がうろつくことがあるから、夜は極端に人通りが少なくなる。今も、四車線ある通りに、車がたまに一台通っていく程度。
それでも、魔物がうろついていた時に少しでも早く見つけられるようにするため、街灯は煌々とした光を放っている。この通りを進んでも、教えられた対策所まで行けるが、路地裏に入ったほうが早い。
横道に入り、しばらく行くと、人通りは全くなくて、静かだ。
狭い道を進んで行くと、路地のゴミ箱の陰で、何かがモゾモゾ動いていた。
なんだ? 猫か?
俺に気づいたらしいそいつは、街灯に照らされながら振り返る。
それは、犬に似ていた。ボロボロの布をつなぎ合わせたような体をして、前足で、本物の猫を地面に押さえつけている。
昨日見た魔物じゃないか! まだこの街をうろついていたのか!!
「おいこら!! 何やってんだ!!」
怒鳴ると、魔物は俺に背を向け逃げ出す。昨日は向かってきたくせに、いきなり逃げるか!?
小さな猫をいじめて逃げるとは屑な魔物め。今日こそは逃すか!!
俺は、魔物を追いかけて走った。そいつは思いの外すばやくて、入り組んだ路地を右へ左へ曲がりながら逃げていく。
あんなものにまかれてたまるか!
追いかけていくと、魔物の逃げる先が突き当たりになっていた。そいつは、高い塀の前で、先へ進めず右往左往してる。
追い詰めた!! 勝った! 今度こそ勝った!!
胸に手を当て集中する。魔力のない俺に、たいした魔法は使えない。けれど、簡単な魔法で体を戦闘用に変化させることができる。以前、狼男の街に住んでいた時に教えてもらった魔法だ。
頭から狼の耳、お尻から狼の尻尾が生えて毛が逆立ち、体が戦闘態勢を整える。爪が伸び、それを武器に、俺は魔物に飛びかかった。
けれど、爪の先がそいつに突き刺さる直前、気づいた。
あ、あれ? 壁の前にいるの、魔物じゃねえ!! さっきの小さな猫だ!
慌てて爪を引く。体を捻って猫を庇うと、なんとか猫を刺さずに済んだ。
かわりに、爪の先で自らの腕を傷つけてしまう。肘のあたりがざっくり切れて、そこから血が飛んだ。
「いってえええっっ!!」
嘘だろ……自分で自分の腕を刺すなんて……なんでこうなるんだ!!
猫は、ずっと壁の前で立ち尽くしている。こんなところにいたら、さっきの魔物が戻ってきたときに殺されちまう。
「馬鹿! さっさと逃げろ!」
俺が叫んでも、猫は体がすくんでいるのか、その場を動かない。
背後から、獣が走る音が近づいてきた。
今度こそ、あの魔物か?
けれど、振り向いた先にいたのは、あの小さな魔物じゃない。そばの民家の二階くらいまでありそうなでかいやつだ。さっきの魔物に似ているが、体はそれの何倍もでかい。
やべ……逃げないとっ……!!
俺は変装グッズの袋を持ったまま、猫を抱えて暗い路地の方に逃げ出した。
後ろから、魔物も追ってくる。
奥に進めば進むほど、道は狭くなり、雑草が増えてきた。
俺はこの街に来たばかりで、この辺りの道には詳しくない。街灯もなくなり、暗いトンネルのような道はまだ続いていた。
この道、どこへ出るんだ?
狭い道を塞ぐようにして置いてあったゴミ箱を飛び越え走ると、路地の先を光が横切るのが見えた。車のヘッドライトだ。この先が、広い通りに合流しているんだ!
その通りを目指して走るけど、そこへ出る前に、俺が抱っこしていた猫は、変装グッズの袋をくわえ、俺の腕から逃げ出し走っていく。
「え? ま、待てよ!!」
戸惑う俺に、猫は振り向き、まるで馬鹿にするように笑う。
……よく見たらあれ、ただの猫じゃない。そういえば、この辺りには手癖の悪い化け猫が出るって聞いたことがある。
あーーー!! くっそ! 騙された!! あの袋は取り返さないと、対策所に行けねえじゃねえか!!
「待てこら!! クソ猫!! それだけ返せっっ!!」
叫んで飛びかかると、猫は驚いたのか、袋を置いて逃げていく。
袋の中身は無事だ。
化け猫はすでに影も形も無い。追いかけて行ってぶん殴りたいところだが、俺も学んだ。深追いしない方が利口だ。
ここは我慢だ。俺は利口になったんだ。
ぐっと拳を握り我慢する。すげえな俺。きっとフィッイが見たら驚くだろう。
腹は立つけど、相手は猫。食べ物か何かだと思ったんだろう。追うのは諦めるべきだ。もう魔物も追いかけてこないし、対策所へ向かおう。
だが、ここは街のどのあたりだ?
地図を見返そうとしたら、後ろから冷たい気配。
振り向くと、そこには口だけの顔を歪めて笑うあの小さな魔物の姿があった。しかも、さっきまで一匹だったのに、五匹に増えている。マジかよ……
五匹の体が、一斉に激しい光に包まれ、魔物たちは光の中で姿を変えていく。不気味に動く虫のような胴体に、穴だらけの布のような手足が数十本生えて、光の中で蠢いていた。もうただの化け物にしか見えない。
その姿を見ると、気持ち悪すぎてすぐに逃げ出したくなるが、それもできそうにない。
そいつは、俺に向かって目にも留まらぬ速さで布の手足を伸ばしてきた。あっさり弾き飛ばされた俺は、近くの壁に激突する。
「いった……」
すぐに逃げなきゃならないのに、立ち上がろうとしても、肩がへし折られたように痛む。背中から血が出ているのか、服が赤く濡れてきた。息をするだけで、体が痛い。
くっそ……やべえな。これ。
立ち上がれない俺に、魔物が近づいてくる。
このまま飛びかかられたら殺される。
俺は体を引きずりながら、近くの細い路地に逃げ込んだ。
砂嵐が起こり始めたのか、だんだん夜風に砂が混じってきて、それが俺の姿を隠してくれる。魔物はキョロキョロしながら、俺を探していた。
勝ち目なんて、微塵もない。なんとか逃げなきゃ。
けれど今度は、背後からいきなり突風が吹いてきて、俺は近くの街灯に叩きつけられた。
打ち付けた体が焼けつくように痛む。意識まで焼かれていくみたいだ。もう動けない。目の前が霞んでいく。長い布の足を動かして、魔物が近づいてくるのがぼんやり見えた。
あんなのに食われて死ぬのか……? 俺、そんな最後かよ! いくらなんでも嫌だ!! まだ何とか逃げられるはずだ!
逃げ道を探すため、目に流れてくる血を拭うと、大通りの向こうに、一際でかいビルが見えた。
あ、あれ……俺が目指していたビルだ!! あそこまで行って助けを求めれば、なんとかなるかもしれない。
血を流しながら必死に立ち上がり、走り出した。
けれど、後ろから魔物が放った風の一撃が飛んでくる。それに吹き飛ばされた俺の体は、目指していたビルのガラスのドアを突き破り、奥にあったエレベーターに叩きつけられた。
いた……もう、本当に殺される。
ガラスで切れたのか、体のあちこちから血が流れていた。
俺がビルの中まで吹き飛んだことで、魔物は俺を見失ったようだ。
今のうちに逃げねえと……
這い上がるようにして、そばにあったエレベーターのボタンを押す。すぐにドアは開いた。這って行ってなんとかそれに乗る。するとドアは勝手にしまって、上の階へ急上昇。
どこへ連れて行かれるんだ……
気を失わないように傷口をおさえていたら、チンと音がなり、扉が開く。
扉の向こうは、デスクがずらっと並んだオフィスだった。天井の照明は煌々としているのに、誰もいない。
留守かと思った。さすがに絶望しかけた時、俺の方に誰かが駆け寄ってきた。そいつは、エレベーターから這いずり出てきた血まみれの俺を見て、驚いて言った。
「しっかりしろ!! 生きてるか!!?」
助けるように手を差し出してくれたのは、昨日会ったでかい方の男じゃないか。向こうもすぐに、俺に気づいたようだ。
「お前……昨日の……」
「んなことより……魔物がっ……」
「魔物?」
「し、下の階にっ……魔物がっ……」
「……下だな……少し、静かにしていろ」
「は?」
そいつは黙って目を瞑る。すると、その髪がフワッと浮いて、下から風のようなものが吹く。天井の照明が一つずつ消えていき、ついには全部消えて、あたりは真っ暗だ。マッチをするような音がして、青白い炎の球が、男の隣に現れた。
そいつは、俺に手を差し出す。
「来い。怪我を治してやる」
「な、何言ってんだ!? 下に魔物がいるんだ! そっちが先だろ!!」
「魔物のことは、もう気にしなくていい。手当てが先だ。放っておくと死ぬぞ」
そいつが俺の手をぎゅっと握ると、すうっと体から痛みが消えていく。
「ん? あ、あれ? なんで……」
あれだけひどい怪我だったのに、それが全部塞がっていた。
魔法か? 手、握られただけなのに? すげえ。もう全然痛くない……
「あ!! どこいくんだよ!!」
そいつはいきなり俺に背を向け、エレベーターの方へ歩いていく。
「下の魔物の様子を見に行く」
「じゃあ、俺も行く! お前一人じゃ危ねえだろ!」
「……もう死んでいる。心配するな」
「え……し、死んでるって……なんでだ?」
「……」
何も答えずに、そいつはエレベーターに乗ってしまう。
俺も慌ててそいつを追った。一階に降りると、エレベーターの扉が開く。そこに広がっていた光景を見て、俺は息を飲んだ。
ビルの一階は破壊され、そこに巨大な魔物の破片が散らばっている。魔物は、破裂したように粉々になっていて、床は血塗れだった。
魔物が退治されたのは良かったけど……これ、こいつがやったのか?
隣に立っている男を見上げると、金色の髪の間から見えた目が酷く冷たい気がして、ゾッとした。
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