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1.今日も失敗

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 あと少しで手が届く。

 思いっきり手を伸ばす。

 だけど、目的のものまであと少しというところで、届かない。

 俺は今、ビルの屋上から命綱一つで吊るされた状態。腰に巻かれた命綱を握り、空いている手を、ビルの最上階の窓に張り付いているものに向かって伸ばす。

 するとそれは、面倒臭そうにこちらに振り向いた。砂でできたカエルだ。この砂漠の街には、こういうものがあちこちにいる。こういう砂が高く売れるんだ。

 俺は一週間前に、砂漠の真ん中のこの街に引っ越してきた、しがない人族のデトズナー。
 砂漠から飛んでくる砂を集める仕事を始めたけど、成功した経験はいまだにゼロ。
 普段は箒で集めているが、砂はただの砂ではなく、特別な力を持っている。その力のおかげで、姿を変えて逃げたりする。今、俺の目の前にいる砂のカエルのように。

 だんだんカエルが金に見えてきた。あと少しでうまくいきそうなのに、屋上から俺の様子を見守る上司が、フェンスから身を乗り出し「とっとと捕まえろ」と俺を怒鳴りつける。叱咤激励のつもりで言ってるんだろうけど、おかげで集中できねえ!!

 あいつ、少し短気なんだ。頭に真っ黒いフードをかぶった狼男で、面倒見の良い人なんだが、太陽が出ているうちはイライラしている時が多い。もう少し、見守るとかできねぇのか。

「ちょっ……黙っててくださーいっっ!! 俺に任せとけば、すぐ終わるんでーーっ!!!!」
「よく言うわっ!! 成功してから言え!! 一回でもっ! 成功してからっっ!!」

 うわ、ひっでぇ……確かに失敗ばかりだが、それはないだろ。

 ぐっと手を伸ばすと、俺の指は、窓に張り付いた砂のカエルに届いた。

 そこで、油断が生まれた。

 大金の幻が俺の目の前をチラついた隙に、カエルはぴょんと飛んで、淡い水色に光る砂の粒になって空に飛んでいく。

「えっ……ち、ちょっと……ま、待ってっ!! 俺の金!!」

 叫んでも、感情のない砂が待ってくれるはずもなく。
 成功したらもらえるはずだった札束の幻と一緒に、空に散っていく。

 執念で手を伸ばすが、光る砂には全く届かない。
 それどころか、体を動かしたのが悪かったらしく、俺の体を支える命綱が、ゆるんだ。

「は!? え!? え!? う、うわっ!!」

 なんで命綱が緩むんだ!

 それはあっさり解けて、俺の体は数十メートル離れた地面まで真っ逆さまに落ちていく。

「うっ……わーーーっ!! わ?」

 急に体が止まったと思ったら、上司が、俺を空中で捕まえてくれていた。
 上司の背中からは、光る羽が生えている。羽から溢れ出ている光は、そいつ自身の魔力を示す。そんなものを作るなんて永久に無理といった程度の魔力しかない俺から見たら、眩しいくらいだ。

 上司は俺を、ビルの下の大通りに下ろしてくれた。

 夕暮れも近くなり、通りは帰路につく人で賑やかだ。車道は車で、街灯の並ぶ歩道は、家路につく人でいっぱい。そんな中、いきなり空から降りてきた俺たちを、みんなが迷惑そうに、避けていった。

 そんな視線をもろともせず、上司は俺に、心配そうに言う。

「大丈夫か?」
「あ、ありがとーございます……死ぬかと思った……」
「俺が死ぬかと思った。お前が死んだら、俺はどうしたらいいんだ」
「えー……俺のこと、そんなに大事に思ってくれてたんすか?」
「違う違う。全く違う。人族の役立たずが一人いなくなったところで、俺は微塵も困らない。ただ、仕事中に人が死ぬと、俺が上に文句言われんだ」
「……なんでそんな寂しいこと言うんすか……」
「もう今日はいい。あとは俺一人でやる。これ、やるから帰れ」

 渡された袋には、硬貨が数枚。成功した時にもらえるはずの金からしたら、悲しくなるくらい少ない。

 朝からずっと街の砂を掃除して、もらえたのはこれだけじゃ、割りに合わない。今財布に入っている分と合わせても、今日の弁当代くらいにしかならないじゃないか。

 あんまりだ。あのカエル、売れば俺の一ヶ月の飯代くらいにはなったはずなのに。

 もう少し色つけてもらいたいところだが、仁王立ちになる上司の顔は、そんなこと言わせてくれるような優しいもんじゃない。

「なんだ? 文句でもあるのか?」
「……ないでーす……お疲れっしたーー……」

 気圧された俺は、大人しく金を受け取り、とぼとぼと帰路についた。

 情けない……





 くっそっ!! なんでこうなるんだっ!!

 苛立ち紛れに蹴り上げた砂は、空宙で猫に姿を変え、俺の頭を踏みつけ大通りを走り去っていく。

 砂まで俺を馬鹿にしてやがる……

 こんなことなら、こんな街、くるんじゃなかった。

 海の向こうの国にいた頃、割りのいい仕事があると聞いて、先にここに移り住んだという知り合いを頼りに引っ越して来たが、割りよくねえ!!

 ほうき持って一日中、街を歩いて砂を集めて、やっとその日のメシ代程度の金額にしかならない。
 出来高制で、稼げるやつは一日で車が買えるほど稼ぐらしいが、大した魔法も使えない俺の腕では、食っていくのがやっと。

 見かねた上司が「今日は俺がやり方を教えてやる」と言ってついてきてくれ、最後にはその人にまで頭を抱えられるという、情けない始末だ。

 今日も朝から夕方まで必死に砂を集めて、もらえた報酬は期待した金額の十分の一にもならなかった。
 これなら、港町で掃除のバイトでもしていた方が、安定して稼げたかもしれない。

 情けなさと怒りを噛み潰しながら、手をポケットに突っ込んで、会社の寮にまでの道を歩く。

 ぼんやり歩いていたら、大きな川が見えてきた。沈む夕日で、腹が立つくらいに川面が輝いている。
 それにかかる大きな橋は、この街ができたばかりの頃に作られたもので、街を取り仕切る町長が、気合を入れて観光名所にしようとしているらしい。

 けれど、砂漠から魔物がやってくることがあるせいで、この街に来るのは、高く売れる砂目当ての商人か、ほかの街では生きていけないような乱暴者ばかり。街自体は砂を売って儲けているので、住民も観光名所なんかに興味ない。

 だからこの橋は観光どころか、魔物から身を守るための武器を売り歩く行商が行き交う、物騒な橋になっている。

 ぼーっと橋を歩いていると、橋の先で、カエルが一匹座ってこっちを見ていた。

 あのカエル、さっき逃したやつじゃないか? あれ捕まえれば、追加で報酬もらえる!

 砂のカエルは、すぐに俺に背を向け、細い路地の方へ逃げていく。

 魔力はなくても足なら負けねえ!!

 すぐに追う俺。
 ゴミ箱だの植木鉢だの段ボールだので散らかる細い路地を、逃げるカエル目掛けて走る。

 カエルが逃げていく先は、高い塀がそびえる行き止まりだ!

 今度こそ勝った。

 確信して飛びかかるが、カエルは高い塀をぴょんと飛び越えて逃げていく。追おうとしたが、突然上から大量の砂が降ってきた。

「はっ!? はあ!? うわあああ!!!!」

 頭から砂が滝のように降ってきて、俺は埋められてしまう。

 砂山から頭だけ出すと、カエルは砂になって空に飛んで行き、俺を埋めていた砂の山は、端から鳥の姿になって、次々空に逃げていった。

 せめてこの砂だけでも捕まえる!!

 慌てて手を伸ばす。けれど、周りの砂はすでに一粒残らず鳥になっていて、群れをなすように夕暮れの空に飛び去っていった。

「あっ! くそ、待てっ!! 待てーーっっ!! 一匹くらい降りてきやがれっっ!! 俺の金ーーっ!!」

 いくら叫んでも、砂が帰ってくるはずもない。
 パタパタムカつく羽音を立てて、遠ざかっていく。

 ガックリと肩を落とす。

 すると、左手にあるビルからバタンと扉を開く音がした。

 振り向けば、エプロンをつけた男が、すぐそばのビルの裏口らしきドアを開けて立っている。どうやら、ビルにある酒場で働いている男らしい。

 男は、すげえ迷惑そうな顔をして、俺と目を合わせないように、持っていたゴミ袋をそばのゴミ箱の中に入れて、ビルの中へ戻っていく。

「すいませーん。なんかキモいやつが出たんすけどー、消毒するもんとかありますー!!?!」

 はあーーー!!?!

 俺は叫んでただけだろ! キモいとか言ってんじゃねえ!! 俺何にもしてねえだろ!!

 怒鳴りつけてやりたかったが、裏口はすでにバタンとしめられ、がちゃんと鍵まで閉められた後。

 そして二階の窓から、正体不明の液体が俺目掛けて落ちてきた。

「うわっ……!!」

 なんだこれ!?? 水!?

 何しやがるって怒鳴りつけてやりたくて振り向くが、窓からそれを振りまいたやつは、俺が見上げる前に、バタンと窓を閉めてしまう。

「おいっ! 待てよ!! なにしやがる!!」

 叫んでも、窓はすでに閉まっている。残ったのは頭からびしょ濡れになった俺だけ。

 くっそ!! 今日はろくなことないっ!!
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