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10.言わねーよ

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 もう日が暮れている。夜になれば、人が寝静まる隙をついて、暗殺者が動き出す。急いだ方が良さそうだ。

 俺は、ガレイウディスの剣を包んでいた結界を消して、剣をガレイウディスに返した。

「返す」
「……いいのか?」
「俺を殺す気はなくて、これは、ベルブラテス様を守るためのものなんだろ?」
「……そうだな」

 そう言ってそいつは、剣を担いで歩き出した。

「……あの方は、ああ見えて優しい方なんだ」
「…………そーかよ……俺、殺されそうになったけど……」
「あれはお前の結界だけを狙っていた」
「……どーだか………………」
「……」
「……まあ……酷いだけの奴じゃないってことは……分かる……」
「分かるのか?」
「俺のこと殺さなかったからな……普通、処刑するだろ。貴族なら。後継者争いやってんなら、尚更」
「……あの方は、そんなことはなさらない。昔はよく、俺とも遊んでくれたんだ。あの方は昔は泣き虫でな。庭で追いかけっこをしていて、転んで花を引き抜いてしまった時なんて、父上に怒られるーと言って泣いて花を隠そうとしたところを、ブローデスに見つかって……俺がよく庇ってやったものだ」
「…………へえ……」

 あのベルブラテスが泣いて花を隠そうとしようとしているところ……想像できないな……つーか、そんな話を俺にしていいのか? 後でベルブラテスにぶん殴られても知らねーぞ。

 だけど、こいつにとって、ベルブラテスは、自慢の幼馴染らしい。ベルブラテスとピクニックに行った話だの、ベルブラテスが誕生日に贈り物をくれた話だのを、延々語っている。

 なんだかすげー楽しそう……

 どんだけ自慢の幼馴染なんだよ……

 書庫に案内されている間、俺はずっとこれを聞かなきゃならないのか……? ベルブラテスとブローデスとキユルトの四人で夜中に肝試しをして、お化けの格好をした領主に泣かされた話を、俺が聞いていいのか……? 後で真っ赤な顔したベルブラテスにすっげー怒られそう。

 そんなことを考えながらも、話を聞いていると、そいつの話にたまに出てくるのが、キユルトとブローデス。四人で仲が良かったみたいだ。キユルトは領主の息子だけど……ブローデスって、誰だ? どっかで聞いたことがあるような気がするけど……

 そうだ。あの地下牢でベルブラテスに、思いつきでアホなことするのはやめろといって忠告していたのがブローデスだった。

「……なあ……ブローデスって……」

 俺が聞きかけると、ガレイウディスは気まずそうに顔を背けた。

「……さっきあの地下牢にいたブローデスだ。昔からあいつはうるさい奴だったんだ……それなのに、あいつはずっとベルブラテス様の隣にいた。あいつの父親が、領主様の護衛だったからな。四六時中、ベルブラテス様のそばで、俺までスプーンの持ち方が違うとか、そんなどーーでもいいことをいちいち呆れ顔で言う奴で……思い出すとムカつくから、忘れるようにしている。ベルブラテス様にとってはあいつも一応、幼馴染らしいからな……」
「………………」

 さっきまで、キユルトとベルブラテスがフライドチキンを巡って喧嘩した時に、ブローデスが体を張って止めた話とかしてなかったか?

 そんな風に思っていると、ガレイウディスは俺を睨んで言った。

「おい……今言ったことは、ベルブラテス様とブローデスには内緒だぞ。こんな話をしたと知られると、俺が咎められる」
「今更!? あれだけ話しておきながら!?? 言わねーよ!」







 二人で歩くと、城の奥まったところに、大きな両開きのドアがあった。だけど、誰も入れないためか、結界が張られている。ベルブラテスだろう。

「結界張ってある。破っていいか?」

 ガレイウディスに聞くと、彼は、少し戸惑って言った。

「それは、ベルブラテス様の結界だ。破れるのか?」
「多分。破らないと中に入れねーぞ。破っていいだろ?」
「…………すまん。俺からは、何も言えない」
「なんでだよ?」
「ベルブラテス様の張った結界を、俺が破っていいとは言えない……止めはしないが」

 そう言って、そいつは俺から顔を背けた。ガレイウディスは、ベルブラテスの護衛という立場だ。こいつが「破れ」と言えないのも仕方がない。

 書庫に行くーーって言い出したのは俺。ガレイウディスのことだって、ほぼ強引に連れ出した。それなのに、ここでガレイウディスに頼るのもおかしな話だ。

「お前が破れって言っても、ベルブラテス様はキレたりしないだろ」
「……そういう問題じゃない」
「中に、ベルブラテス様がいるんだろ?」
「それは確かだ。中にはベルブラテス様一人だ。あの方は、結界の中に自分以外を入れない」
「そうか……」
「……それに、結界を壊したくらいで、ベルブラテス様は腹を立てたりしない」
「自分の結界壊されてるのにか?」
「……あの方は、そんな技術の方に興味を持つお方だ。万が一怒られたとしても……お前に敵意はなかったと説明してやる……」
「え?」
「……結界の中に入らないと、ベルブラテス様がご無事かどうか、分からないだろう……」
「……」

 中に入りたいんだ……そんなにベルブラテスのことが心配なのか……ってことは、よほど暗殺の危険があるのか? そんな奴が一人で書庫なんかくるなよ!

「じゃあ、結界を破るのはやめて、出来るだけ一瞬、結界に穴を開ける」
「そんなことができるのか?」
「多分な! 穴開けて中に入り込んでからすぐに、穴を塞ぐ。これであいつの結界を壊したことにはならないだろ?」
「お前…………」
「結界の操作は俺がする。手を繋いでくれ」

 ガレイウディスが俺に手を差し出す。彼と手を繋いで結界に触れると、触れたところの結界が解けるようにして消えて行く。その隙に、俺たち二人は中に入り込んだ。
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