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9.信頼して
しおりを挟む風呂はベルブラテスの部屋の中にあって、そこから出た俺は、のんびりタオルで頭を拭いていた。髪の毛を整えるのも、久しぶりだ。
風呂……すっげー気持ちよかったあ…………
こんな風にあったかいのも、ゆっくり湯に浸かることも、ずっとなかった……石鹸の匂いがする……
風呂から出ると、ガレイウディスは、風呂の扉のすぐ近くで俺を待っていた。
だけど、ベルブラテスがいない。
そして、ガレイウディスはひどく苛立っているようだった。風呂から出たばかりの俺を、めちゃくちゃ怖い目で睨んでいる。
なんだか俺、すげーこいつに恨まれているみたいだな……
ガレイウディスは、ベルブラテスを守る護衛みたいだし、ベルブラテスを危険な目に合わせた俺に対してキレるのも当たり前か。
「あの……ベルブラテス様はどちらに行かれたのですか……?」
「黙れ」
冷たく言って、ガレイウディスは巨大な剣を振りかぶり、俺に襲いかかって来た。
「貴様…………このっ!! 賊が!!」
「うわっ……!!」
慌てて避ける。だけど、そいつは尚も俺に向かって剣を振るう。無駄に部屋がデカくて天井が高いせいで、剣も振り回し放題だ。
「あぶねーだろ!! 部屋壊す気か!?」
「この部屋のものには、すべて強化の魔法がかけられている! この程度では砕けない!!」
「だからって、そんなもん振り回さないでください!」
「貴様が死んだらやめてやる!! 賊がっ……!」
「だからっ……俺は賊じゃないです!」
「黙れっ……このっ……貴様もベルブラテス様を狙って来たのだろう!」
「違うって言ってるだろ!!」
そいつの剣を結界でうけて、俺たちは睨み合う。
結界を張る手が、激しく痛んだ。相手が剣に相当な力をこめている証拠だ。
こいつ……どれだけ俺を殺したいんだよ。
「そんなにキレなくてもいいだろ!」
「黙れ……ベルブラテス様を害するものは許さないっ……!!」
「俺はベルブラテスをどうこうする気なんかありません! つーか、こんなところにいていいんですか!? 護衛だったら、ベルブラテスのところにいるべきですよね!? あいつ、俺を置いて行ったんですか!?」
「貴様など連れて行ってどうなる? また貴重なものを破壊する気だろう!」
「しません! そんなこと!」
叫んで結界を消す。
ガレイウディスは、切り掛かっていた俺の結界が急に消えて、体勢を崩した。
その隙にそいつの武器の周りにだけ結界を張って、武器だけ隔離する。
すると、ガレイウディスは、俺くらいならすぐに殺せそうな顔で振り向いた。
「……今すぐ結界を消さないと、ただでは済まないぞ」
「ベルブラテス様は、暗殺の危険があるんですよね? だったら俺のそばになんかいないでください。なんで俺のことなんか守ってるんですか!」
「…………ベルブラテス様は、お前を巻き込んだことを気にしている」
「……は?」
「ベルブラテス様は今、後継者争いの真っ只中にいる。特にコンフィクルたちは、ベルブラテス様が領主になることに反対している奴らだ。お前の方に手を出す可能性もある」
「……そんなこと、気に病む必要ありません。突っ込んできたのは俺です。書庫の場所、教えてください」
「……書庫の?」
ガレイウディスの顔色が変わり、そいつは腰の剣に手をやる。
「……まさか、本当にベルブラテス様を狙っているのか?」
「違うっっ!! 俺はあいつを殺す気なんかありませんけど、暗殺の危険はあるんですよね!? ここに突っ込んできたのだって俺です!! それなのに……護衛を俺につけて一人で書庫に行くなんて……そんなのおかしいです!」
「…………」
「教えてくれないならいいです! 俺一人で探します!」
俺は、そいつに背を向けて部屋を出ようとする。すると、ガレイウディスは、俺を止めようと俺の手を握ってきた。
「おい! 待て!!」
「待たねーよ!! だったらお前もこい!!」
俺は、そいつの手をぎゅっと握り返して、部屋のドアを開き、飛行の魔法を使って飛び出した。
ガレイウディスが、怒りの声を上げる。
「おいっ……!」
「ガレイウディス様もベルブラテス様が心配なんですよね!? くればいいじゃないですか!!」
「そういうわけには行かない! それにっ……おい! 前だ! 前を見ろ!!」
そいつが叫ぶから、俺は初めて前を見て止まった。ついでに自分の周りに結界を張ったから、なんとか壁に激突しなくて済んだ。
「あっぶね……」
まだドキドキいっている胸に手を当てていたら、似たような状態のガレイウディスが、俺を怒鳴りつける。
「お前は……少しは懲りろ!! その適当な魔法で城に突っ込んだばかりだろう!!」
「お、俺の結界で無事だったんだから、いいじゃないですか……」
「……その結界の魔法は、お前のそのそそっかしさを補うためのものか?」
「……んな訳ねーだろ!! 俺はこれだけ得意なんだ!!」
これに助けられたことは何度もあるが……確かに、これがもしなかったら、俺は、とっくに死んでいたかも知れない……魔物退治中に、魔法を暴走させて死にそうになったことなんて、何度もある。
ガレイウディスは、呆れたように言った。
「なぜ俺まで連れてきた? おかげで俺まで死ぬところだったぞ!!」
「……あ、あなたがいないと、書庫の場所が分からないんです。それに、あなただって、ベルブラテス様のことが心配なんですよね? あの会議室で、ずっと、ベルブラテス様の前にいたし……」
「気づいていたのか?」
「気づきます。あれだけ人がいた中で、ずっとベルブラテス様に背を向けていたのは、あなただけです」
「……俺は護衛だぞ? 当然だろう」
「ベルブラテス様だって、ガレイウディス様のこと、信頼してるんじゃないんですか?」
「ベルブラテス様が……? そんなまさか……」
「暗殺の危険がある時に、信頼していない人を部屋には入れたりしません」
「…………お前に何がわかる…………鬱陶しい男だな……」
ガレイウディスは、俺から顔を背けた。
……これは…………また怒らせたな……俺、今日は人を怒らせてばっかりだ……
肩を落としていると、ガレイウディスは少し赤い顔をして振り向いた。
「だ、だいたいっ……! それだとお前のことも信頼していることになるだろう!! 部屋に入れたんだからな!!」
「……俺くらい何もできない奴を、警戒する奴がいるわけねーだろ……いつだって殺せるんだし……と、とにかく! もうここまで来たんです!! 腹括って一緒に来てください!! ベルブラテス様には俺が無理矢理連れてきたって言いますから! 代わりに案内してください!!」
「…………」
ガレイウディスは、やっぱりムッとしていたけど、さっきまでよりだいぶ柔らかい表情になって、ため息をついた。
「仕方がないな…………言っておくが、城内をふらふら歩いていて、暗殺されそうになっても、俺は助けないからな」
「……構いません。俺はそもそも城に勝手に突っ込んできたんだし……暗殺の危険があるのはベルブラテス様なんですよね? 何か出たら、ガレイウディス様はベルブラテス様のところに行ってください」
「……………………そんな顔をするな」
「え?」
「助けられそうなら助けてやる。ベルブラテス様のところに戻る口実も、作ってくれたからな」
「………………俺は、別にそんなつもりじゃないです……」
なんなんだ……
さっきは見捨てるって言ったくせに。
別に、俺は見捨てられて構わないのだが。
ガレイウディスは、ほんの少しだけ俺に微笑んだ。
「それと、呼び方はガレイウディスでいい。俺はそもそも、貴族ではないしな」
「……え?」
「俺は、剣の腕を見込まれて、ベルブラテス様の護衛になったんだ。もともとは、城に出入りしていた商人の子だ」
「…………そうなんですか……」
「……なんだ? 文句でもあるのか?」
「い、いえ……いや。そんなんじゃねーよ……ただ、意外だった。貴族でもない奴を、領主の息子が護衛にするのか?」
「悪かったな。俺とベルブラテス様は幼馴染のように育ったんだ。幼い頃のベルブラテス様は、それはそれは可愛らしいお方だったんだ」
「……あの野郎が?」
「野郎と言うな。いずれ領主になられるお方だぞ」
そう言って、ガレイウディスは俺に背を向けて歩き出した。
「来い。書庫まで案内してやる」
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