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8.勝手に行きますから!
しおりを挟む領主には四人の息子がいて、一人は魔法の研究のために王都に行って帰らないリーウル、もう一人は魔法よりも剣術に興味を持って、剣術が盛んな国の一族のもとで修行をしていて、後の二人が、このベルブラテスとキユルト。
次の領主だと言われているのはベルブラテスだけど、それをよく思わない貴族たちがいて、なんだか不穏な空気になっているとか。
めんどくせえ……確か、アンガゲルもキユルトを次の領主にしたがっていたはず。
こいつが言った、魔物との戦いがあるかもしれないっていうのは、使い魔を使っての暗殺が考えられるってことなんだろう。こういった貴族同士の争いでは、魔物との戦闘中の事故を装って暗殺したり、魔物に見せかけた使い魔を使っての暗殺は、結構あるらしい。
「……そんな時期に、結界を張るのが俺だけになって構わないんですか?」
「いつ裏切るかもしれないアンガゲルに任せるよりマシだ」
「裏切る? アンガゲルが?」
「もともとあれは、俺が領主になることに反対し、キユルトを次の領主にと主張していた。父上が俺に領主の座を譲る前に俺を殺そうとしても、なんら不思議はないだろう? 随分乱暴な手も使う気でいるようだからな」
「……俺たちを売り飛ばしてなぶり殺しにしようとしたあいつを、街から追い出せないんですか?」
「処罰はできる。父上が帰れば、だが。父上は数日帰らない。それまでの間に、あいつは俺を消しに動くだろう。キユルトに権力を握らせるまで時間を稼げば、お前が言う罪などどうにでもなる」
「そんなことさせるつもりじゃないですよね!?」
「もちろんだ」
そう言って振り向いたベルブラテスは、ひどく鋭い目をしていて、俺は一瞬、何も言えなくなった。
こいつも……アンガゲルには腹を立てているのか……?
「あれのことは、俺に任せておけ。父上が帰り、ここを取り戻したら、貴様の仲間も解放してやる。それが終わる頃には、結界の魔法使いも集めやすくなるはずだ。今は、どの魔法使いも、結界を守る役割を担う魔法使いを引き受けたがらない。アンガゲルを敵に回したくないらしい」
「……」
「なにも、貴様一人で結界を維持しろとは言わない。俺の護衛たちもそっちに回す」
「…………」
「そんな顔をするな。あそこでは婚約者だと言って連れて来たが、正式に婚約するなら手続きがいる。それには、父上の許可が必須だ。他の貴族どもとの調整もいる」
「おいこら……じゃなくて……待ってください。俺、別に婚約してもらえてないことを不満に思ってる訳じゃありません。そうじゃなくて、それって、俺がここで後継者争いに巻き込まれるって事ですよね?」
「そうだ」
「…………」
「今は名目上護衛だということにしておいてやるから、せいぜい俺を愛しているふりでもしていろ。婚約者候補だということにしておいた方が、直接手出しするやつも減るはずだ」
「……そんな真似するより危険でいい……」
「頼もしいじゃないか。この争いに決着がつき、ついでに貴様のその結界の魔法を解明できたら、婚約は破棄して貴様も自由にしてやる」
「へっ…………?」
「どうした?」
「だ、だって……俺への処罰は?」
「今言ったことが処罰だ」
「……俺がやることって、結界を張ること……だけですよね? それ……普通に街守ってるだけじゃないですか……処罰に聞こえません……」
「こんなところで、陰謀にまみれながら四六時中結界の魔法を使うんだぞ。普通に街を守るだけでは済まない」
「…………」
「そんな怯えた顔をしなくても、巻き込んだのは俺だ。この争いにも、すぐに決着をつける。その間は、ちゃんと守ってやる」
「いらねーよ……いりません……」
確かに、陰謀に巻き込まれることは必至。暗殺の危険すらある。
だが、それを言うなら、そんな争いの最中の城に、怪しげな罪人が突っ込んだりしたら、スパイ扱いされて拷問されるはずだ。それが、結界の魔法を使うだけで済むんだ。こいつと婚約なんて、死んでもお断りだが、それ以外は、破格の待遇かもしれない。
なんでこいつ、そんなことしてくれるんだ……?
訝しむ俺に、ベルブラテスは、ニヤニヤ笑いながら言った。
「役に立たないと判断したら、すぐに処刑だからな」
「は?」
「当然だろう? 本来ならすでにそうなっている。それを変えてやったのは、貴様が便利そうだからだ」
「便利? 俺が?」
「結界の維持に使える。それに、貴様の魔法にも、興味が湧いてきた」
「…………」
変なやつ。結界なら、俺じゃなくても張れるのに。
そういえば、魔法の道具の研究とか好きらしいな……それって、婚約じゃなくて実験台にされてるだけのような気がするけど……
……まあ、いいか。こんな下衆野郎と婚約するより、実験台の方が、俺にとっては何十倍もマシだ。
「わ、分かりました……それでいいです」
「イノゲズ・フオルアだったな?」
「……はい。そうです……」
「フオルア家の話は聞いている。アンガゲルと手を組んで、随分とうまくやっているそうではないか」
「…………」
俺にそれを聞かれても、返事がしにくい。
俺の家はアンガゲルとは懇意にしていて、育てた魔法使いをアンガゲルに引き渡している。その時受け取る金と、アンガゲルの威光を借りて、随分羽振りよくやっているとか。
本当に、縁を切ってもらってよかったよ……そんなゲスどもの仲間でいるくらいなら、俺は侵入者でいい。
てっきりそのことについて何か言われるのかと思ったのに、ベルブラテスは全く違う話を始めた。
「……今日は、風呂に入って眠れ。ガレイウディスに護衛させる」
「は……?」
「どうした?」
「……あ、えっ…………風呂に入って……寝る、だけ……?」
「もう日が暮れるだろう。食事を出すから風呂に入って寝ろ」
「………………えっと…………は、はい……」
「どうした? 不満か?」
「い、いえ……感謝いたします……思ってたより、人間扱いされるんだと思ったので」
寝ろ、とか、風呂とか。
俺は逃げた罪人で、こいつが大事にしていたものを台無しにしてしまったのに。
以前コンフィクルに嵌められて罪人扱いされたことはあるが、その時はひどいものだった。家族も、俺の冤罪なんて誰も信じずに、よって集って蹴られて、家畜たちの小屋に入れられて、毎日殴られた。
アンガゲルのところでも似たようなものだった。それなのに、思っていたより、人らしい扱いをしてくれるらしい。なんだか拍子抜けだ……
ドアを開く音がして振り向くと、ベルブラテスは部屋から出て行こうとしている。
「お、おいっ……待てっ……! ……待ってください!! ベルブラテス様!! どっか行くんですか!?」
「嫌うわりに、俺のことを気にするのだな」
「はあ!??」
「婚約のことが気になるのか?」
「ならねーよ……です……婚約もしないからなっ……しませんですから!」
「その奇妙な敬語だが、やめていいぞ」
「ああっ!!??」
「婚約者なんだ。貴様が普段話すように話せばいい」
「婚約者じゃないし、それは嫌です。貴族にそんな態度とって、後で嬲られんのはごめんです。それと、別にあなたのことを気にしている訳じゃありません。俺をこんなところに拘束したあなたが何をするつもりなのか知らないと、俺が危険な目に遭いそうで嫌なだけです。だから聞いてます。どこ行くんですか?」
「書庫だ。そこには、魔法の道具を保管してある。あの会議中に貴様が破壊したものを修復しなくてはならない」
「……あ……」
俺があの会議室でぶっ壊したものか……
それに関しては、悪かったとは思っている。貴族のことは嫌いだが、それとこれとは話が別だ。
俺にはあれがなんなのか、よく分からなかったが、領主の城の貴族たちが雁首揃えて取り囲むようなものだ。きっと、大事なものだったに違いない。
それをこいつが今から修復して、俺だけぬくぬくと飯食って寝てろって……さすがに、それはできない。
「……あの…………」
「なんだ? まだ何かあるのか?」
聞き返すベルブラテスは、急いでいるのか、ちょっと面倒くさそう。
こんな奴に言うのは少し癪だけど……
そもそも、色々ぶっ壊して喚いたのは俺の方で、こいつはなんだかんだ言って、俺の願いは聞き入れてくれて、俺のことを傷つけることもなく、ここに迎えてくれている。相手は貴族だが、だからといって、これだけしてもらって不義理を働くわけにはいかない。
「……魔法の道具の修復……に行くんですよね?」
「そうだ」
「……それなら……お、俺も……い、行きます……修復なら、俺にも……できますから……」
辿々しくいうけど、そいつの目は冷たい。
「…………今度は一体、何を壊す気だ……」
「何も壊さねーよ!! ……壊さないです。あ、あの時は、前を見ずに魔法を使っただけで、俺、普段からなんでも壊す奴じゃありません!」
「それはよかった。なんでも破壊するような危ない男を部屋に入れたのかと思うと、ゾッとする」
「……ベルブラテス様が無理矢理連れて来たんですよね?」
「前を見ずに飛ぶ奴に任せられることはない。そこにいろ」
「嫌です。連れて行かないのなら、勝手について行きます」
食い下がると、ベルブラテスは、ため息をついた。
「分かった。だが、まずはその格好をなんとかしろ。そのままで城をうろつくな」
「あ……」
確かに、今の俺は、会議に突っ込んで水浸しになった上に地下牢に放り込まれて、ひどく汚れている。これで書庫なんか行ったら本までどろどろになりそう。
「風呂はガレイウディスに案内させる。体を洗ってこい」
「はい……」
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