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1.今日こそは
しおりを挟むずっと、そこにいることが嫌だった。
毎日無能と罵られていたから、いつか処分されると分かっていた。
だからその日、俺が売られることになっても、俺はなんとも思わなかった。
「こんなこともできないのか……全くお前はっ……! どれだけ無能なんだ!!」
そう怒鳴って、目の前の男、アンガゲルは、俺を蹴り飛ばした。
息ができないほどの衝撃を食らって俺が倒れると、周りにいた魔法使いたちが悲鳴をあげる。
それでも俺を蹴りつけるこの男は、かつてこの街を守ったと言われている魔法使いのアンガゲル。そしてここは、町から少し外れたところにあるアンガゲルの屋敷。
そいつの従者の俺も、一応魔法使い。攻撃魔法がとにかく苦手で、ついでに要領も悪くて、アンガゲルにはいつも殴られてばかりのイノゲズ・フオルア。
罰と称して蹴られる俺の周りを、他の従者たちが心配そうに取り囲んでいる。全員、俺と同じように魔力を封じる首輪をつけられていて、アンガゲルに逆らうなんて出来ずに怯えている。
俺は、その場に平伏して謝った。
「……申し訳ございません……許してください」
「黙れ! お前みたいな奴隷はもういらん! この街から出て行け!」
「……でも…………」
「今更言い訳しても無駄だ。お前みたいな役立たずを、これまでここに置いてやっただけでも感謝しろ!!」
「………………」
置いてやった、なんてよく言えたな……
俺たちは、街を守るアンガゲルのために集められた従者ということになっているけど、それはただの立派な名目で、実際は奴隷と変わらない。金に困った平民や、家族に売られた人ばかりで、俺をここに連れてきた家族も、「街を守るために役に立つんだぞー」なんて、立派っぽいことを言いながら、金貨がたくさん詰まった袋を受け取って帰っていった。
黙り込む俺に、アンガゲルはニヤリと笑って言う。
「だが、お前が俺に与えた損害の弁済はしてもらわないとな」
「……損害? なんのことですか?」
「役に立たないお前をここに置いてやっただろう? その間に、お前から被った被害の代金を払え」
「…………」
「無理だろうな? だから代わりに、お前が金を稼げる、いい方法を用意して置いた……」
アンガゲルは、俺に行動を制限するための首輪を突き出した。普段俺たちがつけられている、魔力を封じるための首輪じゃない。もっと強烈に従属を強いるためのものだ。
「魔法の実験台になれ」
「は……?」
「逃げるだけなら、お前の得意技だろう? 檻に入って、貴族からの魔法を受け続けるだけでいい」
「そんな…………」
「それとも、金を払えるのか?」
「……それは…………」
もちろん、できない。
だって俺は金なんて、一切持ってない。
だけど、魔法の実験台なんて、冗談じゃない。
それは、貴族の魔法の試し撃ちの的になって、最終的には嬲り殺しにされるんだ。「より強力に魔物と戦えるようになるため」なんて貴族たちは言うけど、実際は普段できない蹂躙を貴族が楽しんでいるだけ。そんな下衆共に弄ばれて死ぬなんて冗談じゃない。そもそも、そんなこと国王だって認めてない。
俯いていると、アンガゲルは、俺がいつもつけている首輪を魔法で外した。そして代わりに、俺を実験台にするための首輪を差し出す。
「これをつけて、こっちに来い」
「……できません……領主様だって、こんなことお許しになりません」
「黙れ。今日からお前は、ただの実験台だ。口を効くな。人のふりは、もうやめるんだな」
「………………」
……人のふり?
俺はもう、人じゃないのか?
無能だから?
アンガゲルが、ニヤリと笑うと、ドアが開いて、数人の男が部屋に入ってきた。どいつもこいつも、アンガゲルと懇意にしている貴族たちだ。俺を引き取りに来たんだろう。
「……待ってください……俺は…………」
「黙れ! すぐに首輪をつけろ!! 役立たずのゴミがっっ!! お前なんかを買ってくれる人がいるんだぞ!!!!」
……俺なんか? だから感謝しろって?
誰がするかよ。俺は貴族なんか、大嫌いだ。
ついにキレた俺は、顔を上げた。
「…………あー……そうかよ………………」
「なんだと?」
「だったら捕まえてみろっ……! クズ貴族っ……!!」
叫んで、俺はその部屋を飛び出した。
もう俺には逃げ場がない。このままじゃ、俺はなぶり殺しにされる。
だったら、やってやる。
決意して、拳を握る。このままアンガゲルの思い通りになって死ぬなんて嫌だ。
すでに逃亡の計画は立てているんだ!
この日のために、高速で飛ぶ魔法を身につけておいてよかった。さっきアンガゲルが魔力を封じる首輪を外してくれたから、今なら魔法が使える。ずっと、殺されそうになったらこの魔法を使って逃げようって計画してたんだ。
だけど、この魔法には一つ、大きな欠点がある。
早すぎて周りの景色なんて見えないし、飛んでる間、進路を変えることもまるでできない。弾丸みたいに飛んでいくだけ。ほとんど瞬間移動みたいな魔法だ。
少し危険だけど……なんとかなるだろ!
廊下を走りながら、俺は、正面にある窓を見上げた。
綺麗な街並みの向こうに、煌びやかな城が見える。領主の城だ。
もうこんなところにいられるか! 俺を舐めるなよっ……クズ貴族が!
魔法をかけると、俺の体は窓ガラスをぶち破って、外に飛んでいった。
*
魔法が解けた時、俺は、街の中に倒れていた。
……成功したのか…………?
起き上がって、あたりを見渡す。
そこはもう、アンガゲルの屋敷じゃない。
どうやら、街の中の細い通りのようだ。両側には、背の高い建物が立ち並び、ゴミが散乱していて、俺のそばを大きな虫が歩いて行った。
……ここ、街の路地裏だ。街まで逃げられたんだ……! やった…………俺、あの屋敷から逃げ出せたんだ!
後は、仕上げだ。
あの屋敷には、まだ俺の仲間がいる。俺と同じように売られた奴らで、要領の悪い俺をいつも助けてくれた。あいつらのことも逃す。
俺は、魔法で飛んで、近くの空き家の屋根の下まで来た。
屋根の陰に隠れながら、アンガゲルの屋敷があった方を見やる。すると、そっちから次々人が飛んでくるのが見えた。さっきあの屋敷で、怯えた顔をして俺を取り囲んでいた奴らだ。それが全員、街に向かって飛んできている。アンガゲルに命じられて、俺を追ってきたんだろう。
思ったとおりだ……
俺が逃げれば、アンゲガルは絶対に、あいつらを追っ手にする。「逃げた奴を捕まえなければ酷い罰を与えるぞ」みたいなことを言ったんだろう。
クズ貴族めっ……!
こうなった時のために、みんなに俺の計画は伝えておいた。
いつかもし俺が逃げたら、俺の使い魔を頼りに、必ずみんなで俺を追ってきてくれ……絶対に、お前たちを自由にする。
それは、俺があいつらに約束したことだ。
俺は、魔法で使い魔を作り出した。小さな鳥くらいの大きさの竜の形をしたもので、俺の思い通りに動かせる。攻撃魔法は全然ダメな俺でも、それ以外の魔法はちょっとしたものなんだ。
使い魔を強く光らせて、空に向かって飛ばす。
すると、それに向かって、みんなが飛んできた。
空き家の屋根の上に立って、みんなに向かって手を振る。
「こっちだっ……!! ここだっっ!!」
彼らはすぐに俺に気づいてくれる。そのうちの一人が、俺に向かって叫んだ。
「イノゲズっっ…………!」
飛んでくる彼らの首輪に向かって、俺は封印を解く魔法をかける。あれがあるせいで、彼らは逃げられないんだ。
封印を解かれた彼らの首から、首輪が消えていく。
「……っ! まさかっ……首輪がっ……!」
驚く彼らに向かって、俺は、魔力を回復する薬の瓶を投げた。ぴったり人数分。
それを受け取った彼らの顔を、俺は最後に見渡した。
攻撃魔法が得意だったデトリットには、魔物と戦う時、いつも助けてもらった。
魔法は苦手だけど剣術なら右に出るものはいないソルディートがいなかったら、俺は、回復している間に魔物に首を落とされていた。
話術に優れたトアレクルには、俺が失敗して罰を受けそうになった時に、アンゲガルの気をそらして、助けてもらった。
他の奴らも、恩のある奴らばかり。アンガゲルは、いずれ彼らのことも売り払って殺す。
そんなことはさせない。あいつらは、俺の仲間だ。
「逃げろっ……これはっ……最後のチャンスだ!!!!」
叫ぶと、みんなが思い思いの方向に逃げていく、もう誰もアンガゲルの言うことなんか聞かない。
俺も、自らに魔法をかけた。
高速で飛ぶ魔法をかけた俺の体は、恐ろしいくらいのスピードで飛んでいく。
領主の城の門目指して。
しつこいアンガゲルは、俺たちの逃亡を知れば、必ず俺たちを追ってくる。
だが、さっきアンガゲルがやっていたように、金で人を貴族に売り渡し、魔法でなぶり殺しにするなんてこと、この国では認められていない。
今日のこの時間、領主が出かけることは、すでに調査済み。今からあの城の前まで飛んでいけば、城から出てくる領主に会えるはずだ。今、領主の城には、王都からの使者が来ていて、そいつらと魔獣の森へ出かけるらしい。これからあの城の前まで飛んでいけば、城から出てくるそいつらと鉢合わせになるはずだ。公の場で、俺たちが売られていることをそいつらが知れば、アンガゲルは俺たちを追えなくなる。
領主の城めがけて、俺の体は、恐ろしいくらいのスピードで飛んでいく。
周りの景色が見えなくなって、あまりの速さに気絶しそうだ。
だけど、これならすぐに、領主の城の前に着くはずだ!
吹っ飛んだ俺は、次に止まった時には、城から出てくる領主と使者たちの前に飛び出しているはずだった。
そのはずだったのに、気づいたら俺は、ばしゃっ、どんっと、大きな音を立てて、水の上に尻から落ちていた。
……お尻が痛い……
どこだ? ここ……
周りを見渡すと、そこは、広い部屋だった。
少なくとも、目的地だった領主の城の前じゃない。
部屋の中央には、大きな円卓が置かれていて、その上に、丸くて浅い水槽がある。俺はその水槽の中に、尻を突っ込んで座り込んでいた。水槽に溜まっているのは赤い変な液体で、俺のお尻がびちょびちょだ。
円卓の周りには、十数人ほどの男たちがいる。みんな、ぐるっと俺を取り囲んでいた。全員、高級そうなローブを着ている。貴族たちだろう。
もしかして、ここ……領主の城の中か?
そうだよな……だってこれだけ貴族がいるんだ。
それに、窓の外には、城の塔とその向こうの城壁があって、城壁の向こうには街が広がっている。民家が集まるあたりから、少し離れてアンガゲルの屋敷の煙突が見えた。
街から城の門まで飛ぶはずが、門を通り越して城の中まで吹っ飛んできたんだ……
……まずい……
領主の城に突っ込んだりなんかしたら、最悪死刑だ!
誰もが、突然飛び込んできた俺を見て驚いている。
ど、どーしよう……これから……
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