竜の執事が同僚に迫られ色々教えられる話

迷路を跳ぶ狐

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第八章、二人の夜

38.約束

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 夜の城は、いつもと変わらず静かだった。昼間はあれだけの大騒ぎが起こっていたのに、今は微かな風の音と、それに揺らされている木々の葉の音が聞こえるくらいだ。小さな照明だけが頼りの夜の庭を歩くと、少し落ち着いた。

 少し肌寒い。もう少し厚着をしてくればよかった。

 空を見上げると、星が出ていた。星空の下の城は、いつもと変わらず美しい。

 セリューは、この城が好きだった。ここが平穏であることが喜びだったし、オーフィザンに仕えていれば、それだけで幸せだった。

 少し城を見て回れば落ち着くだろうと思ったのに、心の底の後悔だか寂しさだかは、消えてくれない。

 痛む心をそのままにして歩いていると、一匹の大きな犬が駆け寄ってくる。さっきディフィクの隣にいた犬だ。それがセリューに鼻先を近づけてきて、さっとそこから逃げてしまう。よく見ると、その毛並みには嫌な見覚えがあった。昼間、セリューの姿をしていた犬だ。

 避けているのに何故か寄ってくる犬から逃げていると、遠くの方から声がした。

「セリュー!!」

 聞きたかった声を聞いて、セリューはふりむく。

 庭の小さな照明の間から走ってくるのは、ダンドだった。封印を解いたままの姿の彼は、四匹の犬を引き連れてセリューに駆け寄ってくる。

「セリュー……もう大丈夫なの? ちゃんと休まないとダメじゃないか」
「わ、私は……その……夜風に当たりたかったんだ。お前こそ、寝たんじゃなかったのか?」
「起きてたよ。セリューに会いたかったから」
「……私に?」
「うん。だからこうして、こいつに、セリューが目を覚ましたら教えてくれるように言っておいたんだ」

 彼がそばに控えていた犬を撫でると、犬はまるで返事をするようにわん、と鳴く。

「やけに懐いているな……」
「オーフィザン様が、全部俺にくれるって」
「そうか……よ、よかったな……」

 答えながらも、逃げるように犬から離れてしまう。

「セリュー? もしかして、犬は苦手?」
「い、犬がというより、私は動物が苦手なんだ! 吠えるし……噛みつくじゃないか」
「クラジュみたいなこと言ってる……」
「あのバカ猫と一緒にするな!」
「イーストはかんだりしないよ?」
「な、名前までつけたのか?」
「もちろん。こっちがリング、こっちがツイストとチュロス、この子がハニー、みんなにちゃんと名前つけたし、部屋ももらった」
「…………」

 どうやら、セリューになっていた一番大きな犬がイースト、その隣にいる茶色い毛の犬がリング、白と黒のそっくりな模様の二匹がチュロスとツイスト、一番小さな犬がハニーらしい。ハニーはそれとなく避けるセリューにしつこく近づいてくる。

「撫でてみたら? ハニーがセリューのこと、好きだって」
「は!? わっ……!」

 ハニーはずっと甘えるように尻尾を振りながら、逃げるセリューを追ってくる。

 恐る恐る手をのばして撫でてやると、ハニーは嬉しそうに、セリューの手を舐めた。

「な、なんだかくすぐったいぞ……」

 どうしていいかわからず、差し出したままになった手を超えて、ハニーはセリューに飛びついてくる。

「お、おいっ!!」

 驚いて尻餅をついたセリューに、ハニーは飛び乗って、セリューが自分を守るように出した手を、ずっと舐めていた。

「……お、落ち着け…………」

 どうしていいかわからず、胸のあたりに乗ったハニーにされるがままになっていると、ダンドがハニーの体を抱き上げてくれる。

「その辺にしておくように」

 するとハニーは大人しくなって、ダンドを見上げていた。

「大丈夫?」
「……ああ…………あ、あまり……飛びつかないように言ってくれ…………びっくりする……」
「うん。言い聞かせておく…………セリュー……」
「な、なんだ……?」
「……ごめんね」
「そんなに謝らなくてもいい。少し驚いていただけだ」

 セリューが顔を上げると、ダンドは犬達を下げて、じっと、セリューの方を見つめている。真剣でありながら優しいその目を見て、セリューも改めて彼に向き直った。

 ダンドは微笑んで言った。

「ハニーのことじゃないよ」
「……では……何だ?」
「…………俺……ずっと変な意地張ってたから……」
「意地?」
「うん……セリューのこと、絶対手に入れるって言っておいて、本当は怖かったんだと思う。ちょっと……不安になってた。変な態度とってごめん」
「いや……そ、そんなことはいい……」

 言いながらも真っ赤になって彼から顔をそむけてしまう。怖かった、不安だったと言われ、彼に申し訳ないのに、彼も自分と同じ気持ちだったのだと思うと、それがなぜか嬉しかった。

「じゃあ、俺は……」

 背を向けたダンドを、セリューは慌てて止めた。

「ま、待ってくれ!!」
「……? どうしたの?」

 彼が振り向いて目が合うと、その途端、言葉が出てこなくなる。彼にずっと会いたいと思っていた。その彼に会うことができたのに、言いたかったことは溶けて消えてしまったのか、一つも出てこない。

「セリュー……?」

 何も言えないままでいると、ダンドは不思議そうに首を傾げてしまう。このままでは、またいつもの二の舞だ。

(しっかりしろ……こんなことも言えなかったら、告白なんてできるはずがない……)

 自分を叱咤して、彼に向かって顔を上げる。

「あ……その……あ…………い、今から……私の部屋で飲まないか?」
「え……?」
「い、嫌なら……いいんだが………………」

 真っ赤になって俯いてしまう。幾らか体温が上がった気がした。息苦しいくらいだ。

(なんで……こんなに苦しいんだ……)

 やけに心臓が高鳴る。その振動が、耳にまで伝わっていくようだ。
 相手の返事を待つ時間は、ほんの数秒だった。それなのに、ひどく長く感じる。

 自分の異変を相手に絶対に悟られたくなくて、もう顔をあげられなくなったセリューに、ダンドは微笑んで答えた。

「絶対行く。朝も、約束しただろ?」
「お、覚えていてくれたのか……?」
「当然だろ。セリューが誘ってくれたんだから。ちょうど今、ワイン取りに行こうと思ってた」
「そ、そうか……」
「よかった……今日はもう無理かなって思ってたから。じゃあ、一度厨房戻ってから、酒、用意していく」

 彼は微笑んで、セリューに手を振りながら犬達と厨房の方へ走っていく。その顔を見たら、言って良かったと、心から思った。

 彼の姿が見えなくなるまで、セリューは手を振っていた。途中で、寒さを心配したのか、ダンドが早く城に戻りなよ、と叫ぶが、彼の姿を見送る間は、暖かいもの以外感じなくなっていた。

 そして、彼の姿が見えなくなって、気付く。ただ一緒に酒を飲もうと誘ったのではなく、深夜に自分の部屋で二人きりで酒を飲もうと誘ったことに。

(これは……よかった……のか?)

 今更、自覚する。セリューとて、子供ではないし、彼には何度か押し倒されている。それでも、その先に進んだことはまだない。

「ど……どうする……?」

 独り言を言って、セリューはしばらくそこに立ち尽くしていた。







 部屋に戻ったセリューは、一人でダンドが来るのを待っていた。

 待っている間も、ひどく緊張してしまって落ち着かない。
 部屋でも片付けておこうかと思ったが、ディフィクに全て整頓にされてしまった。今のセリューの部屋は、自分でも自分の部屋とは思えないほどに綺麗だ。ありがたいと言えばありがたい。この部屋によく来るダンドには、少しは片付ければ、と言われることがしょっちゅうだったし、セリュー自身も、ぐちゃぐちゃの部屋にダンドを呼ぶのは恥ずかしい。しかし、全くすることもなく、ただダンドを待っていると、余計に緊張してしまう。

 ベッドに座っては、落ち着かなくて立ち上がり、部屋をうろうろしながら、ダンドを待った。

(落ち着け……あいつは、私が嫌がることはしないと言った。第一、今はそれよりやらなければならないことがあるじゃないか。今日こそは……ちゃんと話す。ちゃんと伝えるんだ!)

 とはいえ、こんな経験は初めてだ。どうやって伝えればいいのか、すぐには思いつかない。

(なにを言うか、ちゃんと考えておいたほうがいいか……このままでは、あいつを前にした途端、さっきのように何も言えなくなる……)

 そう思ったセリューは、ベッドにもう一度腰掛けた。

 まずは、何から話せばいいのか考える。

 今は一人で部屋にいるのに、彼に話すことを考えると、ドキドキしてしまう。声に出した方がいいかと思い、口を開く。

「あっ……」

 彼のことを考えながら出した自分の声が、部屋の中に思いの外響いて、慌てて口元を手で覆う。口に出すのはやめておこう。

 もう一度頭の中だけで、彼の前に立ったときのことを想像し始める。
 しかし、何を言えばいいのか、一言も思いつかない。やはり、声に出した方がいいのかと思い、彼の名前を呼ぶが、その先が続かず、再び頭だけで考え始める。
 何度かそれを繰り返していると、ドアを叩く音がした。

「セリュー? どうしたの? 何かあった?」

 この声は、ダンドだ。しかも、さっきの声を聞かれたらしい。

(もう来たのか!?)

 セリューは慌てて扉を開いた。

「は、早かったな……」
「そう? むしろ時間かかっちゃったって思ってたんだけど……どうしたの?」
「な、何がだ!?」
「俺を呼んだだろ? 何かあった?」
「い、いやっ……! き、気のせい……だろう……」
「そう?」

 ダンドはまた不思議そうな顔で首を傾げてしまう。
 そんな大きな声を出してこれから目の前の男に話すことを考えていたのかと思うと、ますます恥ずかしくなった。
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