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第七章、二人の一日
36.結界
しおりを挟むたびたび猫じゃらしに襲われながらも、セリューはダンドを探して走っていた。
駆けつけた厨房で、ダンドはオーフィザンの部屋に向かったと言われ、すぐに彼を追って走り出したが、そこへ向かう廊下は、フィッイルが持っていた猫じゃらしで散らかっている。
先ほど窓から結界の光らしきものも見えたし、きっと、オーフィザンの部屋で何かがあったのだ。
(ダンドっ……! 無事でいてくれっ……!)
走るセリューの目の前に、あの警備のフェズントが躍り出て来た。さっきまで隣に従えていたはずの犬はいない。けれどまだ誤解は解けていないようで、その男は殺意すら感じる目をしていた。
「やっと見つけたぞ……」
「……私は偽物ではありません」
「いいや!! 昨日の騒ぎをまた起こされてたまるか!!」
「……そうですか」
セリューは、ついに構えを解いた。このまま説得しようとしても、時間の無駄だ。
戦意を消したセリューを前に、フェズントは異様なものを感じたのか、多少うろたえた様子で言った。
「ど、どうしたんだ?」
「……私が偽物ではない証拠を見せます」
そう言って微笑んで、片手を差し出すと、フェズントはすぐにそれを覗き込んでくる。
「なんだ……?」
一瞬油断した男の鳩尾を蹴り上げ、男がうめいた隙に、セリューはその場を逃げ出した。
槍がない今は、正面から向かっていけば抑え込まれてしまうだろうが、隙をつけば、逃げ出すことくらいならできる。
事情の知らない彼を蹴り上げてしまったことには胸が痛いが、これだけ騒ぎが大きくなってしまった後だ。今はこの騒動をおさめることを優先したい。
オーフィザンの部屋に近づけば近づくほど、見覚えのある猫じゃらしが周りに増えてくる。
それでも、リゾーの時ほど辛くは感じない。オーフィザンが治療の時に使った魔力が守ってくれているようだ。
まっすぐオーフィザンの部屋を目指して走ると、奥の方で確かに声がした。
「ダンド!! そこにいるのか!?」
叫んで走っていくと、その先に、大きな壁ができているのが見えてきた。それは、巨大化した猫じゃらしだ。
「なんだこれはーーーーーーっっ!!!!」
二度と見たくなかったものが、巨大化して壁を作っている様に、早速頭を抱えてしまう。
ここに来るまで、すべてフィッイルの仕業だろうと考えていたが、この惨事を前に、セリューの第六感のようなものが、天敵の存在を告げてきた。
セリューは短剣を抜き、怒りに任せて猫じゃらしの壁に突き立てた。
「クソ猫…………そこにいるのか……? そこにいるのかああああああーーーーっっ!!!!」
何度もその壁に短剣を突き立てる。
猫じゃらしは一度突き刺せば簡単に崩れていくが、すぐに元に戻ろうと再生を始める。その再生速度すら凌駕する怒りの勢いで、セリューは壁を掘り進んだ。
すると壁の奥から微かに犬の吠える声がして、薄くなった壁はついに向こう側から破壊され、犬の大群とクラジュを抱えたダンドが飛び出してきた。
「セリュー!! 逃げるぞっ!!」
ダンドはセリューの手を取って、片手でクラジュを担いで、背後の破壊された壁から逃げ出す。
先ほどセリューが破壊した壁は、グラグラと揺れるように動いて、巨大な猫じゃらしを伸ばして、逃げるセリュー達を追ってきた。
「な、なんだ、あれは!! おい!! クソ猫!! あれはどういうことだ!?」
セリューが走りながら怒鳴りつけると、クラジュは震え上がり、泣き出してしまう。
それを見て、ダンドはすぐにセリューを窘めた。
「セリュー、クラジュを怒鳴らないの。泣いちゃってるだろ」
「お前達がそのクソ猫に甘いからこんなことになるんだっっ!! あれを見ろ!! あの馬鹿げた大群がそれを物語っているだろう!!」
「セーリューー、落ち着いて。怒鳴るのやめるって言ってなかった?」
「ああ、ダンド……そうだ。怒鳴るのはやめるんだ。だが私が怒鳴るのは全てその猫が原因だ!! その馬鹿がいなくなれば、私は常に冷静でいられるんだっっ!!!!」
「セリュー……馬鹿なこと言わないの」
「お前は、普段私に、オーフィザン様に甘すぎだというくせに、その猫に対するその甘さはなんだ!!」
「クラジュに悪気はないんだから」
「そんなもの、あろうがなかろうがどうでもいい!! だいたいその猫は!! 毎日のように騒ぎを起こして全く反省せずにそうやってすぐに人の後ろに隠れる!! その猫のおかげで私は毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日その猫の後始末だ! 果ては城の連中全員が猫対策のためにいるかのように言ってきたんだぞっ!! こんなことが我慢できるかああああっ!!」
「セリュー……落ち着いて…………怒鳴るの抑えすぎてストレス溜めすぎちゃった? クラジュが出たらセリューを呼べばなんとかしてもらえるから、頼りにされてるんじゃないか」
「そんな頼られ方は嫌だっ……!! ダンド!! そのバカ猫をこっちに寄越せ!! 切り刻んでやるっ!!」
「絶対ダメ。無茶言わないの」
ダンドはダメだと言いながら、なぜか微笑んだ。
もうダンドを押し除けてでもクラジュを捕まえてやろうかと思うくらい腹が立っていたのに、そんな顔をされると、血が上っていた頭も、少し、冷静さを取り戻す。
「……ダンド? どうした?」
「それだけキレられるってことは、フィッイルに何かされたりはしてないんだ。よかった……」
「……わ、私があんなバカ猫に負けるわけがないだろう!」
「フィッイルは? どうしたの?」
「ロウアルに引き渡した」
「うわ……ひど……」
「なぜだ? ロウアルはフィッイルを傷つけはしない。あいつといれば、あの魔法使いも大人しくなるじゃないか」
「だって、少し前に、最近フィッイルが少し心を許してきて嬉しくなったロウアルが、プレゼントって言って血塗れの骸骨大量に持ってきて、フィッイルがますます怯えたばっかりじゃないか」
「そんなこともあったな……」
それを思い出したら、少しフィッイルに悪いことをした気がする。あれだけ燃え上がっていた怒りも、セリューの冷静さを焼き尽くすことはやめて、なりをひそめていく。
セリューはダンドとともに、廊下にあった扉の中に飛び込んだ。
巨大な猫じゃらし達はそれに気づかず、廊下を這って行ってしまう。
「セリュー、これ」
ダンドが渡してきたのは、セリューの宝石だった。
「どこでこれを……?」
「こいつらにもらった」
ダンドは後ろに控えている犬達を撫でながら答える。
彼のそばで大人しくおすわりをしている犬達から、セリューは少し離れた。
「なぜそんなに懐いているんだ……」
「可愛いよ。それより、どうする?」
「あの猫じゃらしは、フィッイルの魔法で暴走しているだけだ。結界を張って大人しくさせる」
「……やっぱり、俺と同じこと考えてたんだ」
「だが、広範囲の結界を張れば、必ず城中に影響が出てしまう。それは……避けたい」
「大丈夫。もうじきセリューが結界張るから気をつけてって、城中に伝えて回ってもらってる」
「なんだと!?」
「おかしな魔法が暴走した時、セリュー、よくそうするだろ? 今回はフィッイルがらみみたいだったし、セリューなら、必ずそう言うと思って。いつものことだから、先にシーニュに話しておいた」
彼は笑って、窓の方に走っていく。
やはり、どんな事態に立ち向かうときも、彼といるとやりやすい。
「ここから出られそう……クラジュ! 行ける!?」
「えええっ!!! ま、窓から外に出るの!? そんなの絶対無理……落ちちゃうよおお…………」
耳を垂れているクラジュを、ダンドは優しく撫でて微笑んだ。
「大丈夫。無理なら俺が抱えていくから。クラジュはそこで隠れてな」
「う、うん……」
「じゃあ、セリュー、俺が上まで連れていくから……」
言いながら、ダンドは何かに気づいたのか、セリューに体当たりしてくる。
ついさっきまで足元だった床は激しく吹き飛び、あの巨大化した猫じゃらしが飛び出してきた。
「もう来たか……セリュー!! 行ける!?」
彼に向かってうなずいて、セリューは窓から飛び出した。
槍の力を使い屋根まで飛び上がり、そこで槍を掲げる。
すると、溢れた光が城を包んでいく。セリューを追ってきた猫じゃらしも、力を失い、だらんと垂れた。
広範囲の結界を張ったセリューは、急にめまいがしてきて、屋根の上でバランスを崩してしまう。そのまま気を失うセリューを、窓から飛び出したダンドが抱きかかえてくれた。
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