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第七章、二人の一日
34.事件
しおりを挟む一方、朝食の時間を終えたダンドは、城のみんなが朝食を終えたテーブルを拭いていた。
何をしていても、セリューのことばかり考えてしまう。
今朝は距離を置くと決めた途端、セリューに誘われて焦ってしまい、何も考えられなかった。しかし、あの時のセリューはいつもと様子が違っていた。
やけにあたふたしているようだったし、突然誘ったりして、何かあったのかもしれない。
(何か……城で問題でも起こったのか……?)
セリューを悩ませる問題と言えば、だいたいそれで、彼は四六時中、オーフィザンのことか仕事のことを考えている。
留守中にクラジュ騒動が起こったことは聞いていたが、それにはオーフィザンが対応して、すでに破壊されたものも元に戻っているはずだ。
朝からまたクラジュが騒動を起こしたのかもしれないが、今朝からまだクラジュの悲鳴も、大きな破壊音も聞こえていない。
窓の外も、いつもと変わらず静かだった。
何か仕事のことで悩んでいることや困っていることがあれば、セリューはいつもダンドにだけは相談してくれていたのに、今回はそんなに言いにくいことなのだろうか。
今朝のセリューの言いにくそうな様子と、逃げるように去っていった背中を思い出したら、だんだん不安になってくる。
(やっぱり……俺が馬鹿な意地張って押し倒したこと怒ってるんじゃ…………まさかもう、俺とは組みたくない……今度から一人で行くって言いたかったんじゃ…………)
不安になればなるほど、余計に悪いことばかり考えてしまう。それだけで頭がいっぱいで、テーブルを拭く手が疎かになっていたところに、友人のストークが食堂に入ってきた。
「ダンドー……テーブル、拭けてないぞ」
呆れたように言った彼は、マグカップを二つ持っていた。コーヒーの香りがする。
「お前、朝からずっとぼーっとしてるだろ」
「……」
答えないダンドの前に、友人はコーヒーを置いて座った。
「……セリューさんと喧嘩でもしたか?」
「そんなんじゃない。ただ……俺……」
そこへ、三人目の男が入ってくる。どこか遠慮がちにこっちを見ている男に、ストークは首を傾げて話しかけた。
「セリューさん? どうしたんですか? あ、もしかして、また急にお客さん来ることになったりしました?」
けれど、セリューは全く何も答えず、ダンドに近づいてくる。ダンドは迷いなく、その男を殴り倒した。
「だ、ダンド!? 何やってるんだ!? お前!!」
驚いたストークが慌てて止めに入るが、目の前のセリューだったものは見る間に縮んで、オーフィザンが先日使っていた犬とそっくりな姿になる。
なおもこっちに牙を剥く犬を、ダンドが睨みつけると、犬は急に大人しくなって、尻尾を股に挟んだ。
ストークがそれを見下ろして目を丸くする。
「これ……昨日のクラジュ事件の時の……? ……今日はセリューさんになってたのか?」
「なにそれ。どういうこと?」
ストークに、昨日あったことの詳細を聞いたダンドは、今すぐにオーフィザンを殴り倒しに行きたくなるのを必死に抑えていた。
「全くっ……オーフィザン様はっ……またセリューを困らせるもの作って!! しかも今度はセリューの姿にするなんて!!」
「落ち着けよ、ダンド。昨日はそれ、フィッイルが魔法でクラジュの姿にしてたんだ。オーフィザン様の部屋に潜り込ませて、あの猫じゃらしを二人で盗み出すつもりだったらしい。多分、それをセリューさんの姿に変えたのも、フィッイルだろ」
「今回はフィッイルがらみかよ……あいつ、本当に懲りないな……だいたい、なんでフィッイルがあの猫じゃらし狙うんだよ。フィッイルはあれでお仕置きされたりしないだろ」
「あー……それなんだけど、この前の騒動で、あの猫じゃらし、人族にも聞くようになっただろ? フィッイルの奴、普段セリューさんに追い回される仕返しがしたかったらしい」
「あいつ……っ!!」
さっきのものが、フィッイルの仕業だとしたら、こちらにだけ仕掛けられているとは思えない。セリューの方にも似たようなものが差し向けられているはずだ。
フィッイルは魔法は下手だが、執念深い男だ。あの男なら、普段の仕返しだと言って、セリューに酷いこともするかもしれない。
さっきの犬は大人しく伏せをしていて、ストークがそれを見下ろし感心したように言った。
「お前……なんでさっきのセリューさんじゃないってわかったんだ?」
「セリューは俺の前にくる時、もっと可愛い顔してるの。俺、ちょっと行ってくる!」
「は!? どこ行くんだよ!!」
駆け出そうとしたダンドを、ストークは慌てて止めてくる。
「待てよ!! もう休憩終わるぞ!!」
「セリューが襲われるかもしれないんだぞ!!」
「落ち着けって……見てみろ。今日はまだ城も静かじゃないか。クラジュやフィッイルが騒ぎを起こしてるなら、とっくに爆発の音とか、何かが破壊される音とか聞こえてる。セリューさんのことが心配なら、警備の奴にセリューさんのところに行くように言えばいいだろ」
「騒ぎが起こってないからって、何も起こってないとは限らないだろ!! セリュー……今日はシーニュから報告受けて、オーフィザン様の部屋に行くはずだ」
「お前…………なんでセリューさんの予定、熟知してるんだよ……」
「俺はセリューと仕事する時もあるんだから当然だろ!」
「それだけじゃないだろ、お前」
「オーフィザン様の部屋は他と離れてるから、何かあってもしばらく気付く奴いないこと多いだろ! きっとあの部屋だ!!」
「……そんなの、わかんないだろ……とにかく静かにしろ! 料理長に聞こえるだろ!!」
ストークは、セリューを裏口の前へ連れて行く。
「お前……少し落ち着け……」
「セリューが危険な目にあってるかもしれないんだぞ!」
「セリューさんだって、オーフィザン様の執事なんだから、そんなに心配することないだろ」
「セリューが噛みつかれたらどうするんだよ!!」
「……子供じゃないんだから、セリューさんならそれくらい自分で追い払うって」
「離せっ!!」
力任せにストークの手を振り払うと、彼はため息をつく。
「だから、大きな声出すなって……行くんならこっそり行け。料理長に見つからないように」
「………………止めようとしてたんじゃないのか?」
「止めようとしてたけど、無理だって気づいた。料理長には適当に言っておいてやる」
「ストーク……ありがとう……」
「礼とかいらねー……貸しだぞ。俺にもいつか恋人できたら、今度はお前がデートの時に代われ」
「……恋人って…………セリューは…………恋人じゃないよ……」
「は? 何言ってんだ? お前」
ストークに聞かれても、ダンドは返事ができなかった。
俯くばかりのダンドの顔を、彼はからかうようにのぞき込んでくる。
「朝からどうしたー? 気持ち悪……この前まで押しまくってたくせに。諦める決意でもした?」
「やめろ! そんなのっ……するはずないだろ…………」
「だったら今更うじうじすんな。お前にそんな態度取られたら、セリューさんだって困るだろ」
「うん……ありがとう…………」
裏口から出て行こうとしたダンドの肩を、後ろから大きな手が掴んだ。
振り向くと、そこにはいつのまにか、料理長が立っている。怒っているともそうでないとも取れない無表情な様子を見て、ダンドは身構えた。
今朝はほとんど役に立っていないし、怒鳴られても仕方がないと思っていたのだが、料理長はダンドに静かに言った。
「……オーフィザン様の部屋の方に、セリューが向かうのを見た奴がいる……早く行ってやれ」
「……いいんですか?」
「あのいたずら子猫どもが騒ぎを起こすと、一番狙われやすいのはここだろう」
それを聞いて、ストークも「……あ…………」と呟いて、ダンドに振り向く。
「……ダンド……頼む…………」
「……クラジュたちのことは、セリューの無事を確認してからだよ」
「セリューさんなら大丈夫だって! 俺もうクラジュから厨房守るの嫌だぞ!! あいつ、昨日のクラジュ事件の時、俺がすげー頑張って作ったメレンゲ、全部ひっくり返したんだぞ!! もうメレンゲなんか見たくない…………」
「……クラジュのこともちゃんと見てくるから……」
もう涙目になっているストークに言うと、彼は「絶対クラジュを止めろよ!!」と叫んで、ボロボロ涙を流す。昨日は余程大変だったらしい。
泣いている彼の肩を抱いて、料理長はダンドを追い払うように手を振る。
「早く行け」
「料理長……ありがとうございます!」
礼を言って、ダンドは犬に振り向いた。
「ついてこい! お前の仲間がいたら追い払ってもらうぞ!」
犬は大きく吠えてダンドについていく。
走って行ったダンドの後ろ姿を見て、ストークはため息をついた。
「料理長……怒ってたんじゃなかったんすか?」
「……セリューは、あいつが初めてこの城にきた時から、俺が飯を食わせて来たんだ。そばで守ってやる奴がいないと、俺が仕事が手につかなくなる」
「……料理長までセリューさんのこと心配してたんすか……過保護っすねー…………」
「セリューをそばに置くなら、オーフィザン様よりあいつを守れるようになってからにしてもらう」
「俺は、セリューさんのこと一番困らせてるのはオーフィザン様だと思うんですが……」
「並大抵の覚悟じゃ無理だと言ってるんだ」
「……まあ…………それは分かりますけど……」
「ダンドがあいつ泣かせたら言え。俺が締め上げる」
「…………なんでみんなそんなに過保護なんすか……セリューさん、ああ見えて怖い人だから心配ないと思いますけど……」
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