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第七章、二人の一日
33.対策
しおりを挟む泣いているフィッイルをロウアルに任せ、セリューはダンドのもとへと急いだ。
ロウアルはいつも、フィッイルを傷つけるようなことは一切しない。一日怯え続けてぐったりするくらいで済むだろう。
しかし、フィッイルがロウアルに捕まった後も、逃げ出した犬達は止まらなかった。魔法が完全に暴走している。その上、犬たちはあの猫じゃらしを持って行った。あのままダンドのところに行かれて、猫じゃらしを使われては、彼が危ない。
(あいつにバカな真似をしてみろっ……!! ただでは置かないぞ!!)
いつもなら槍の力を使い、庭木を越えて飛んでいくところだが、それは犬に持っていかれてしまった。今は走るしかない。
庭を突っ切り、周りに注意しながら走る。すると、空から降りてくる影が見えた。
今度はロウアルじゃない。もっと小柄で、明確にセリューを狙っている。
即座に飛び退いて避けると、空から振り下ろされた斧が地面にめり込んだ。
真っ黒な羽を閉じて飛び降りてきたのは、精霊で庭師のペロケだ。彼は、刃が見えないほどに地面に深く潜り込んだ斧を引っこ抜き、土で汚れた斧をセリューに向ける。
「お前だな!! セリュー様の偽物はっ……!!」
「ペロケ……」
「セリュー様を……返せええっっ!!」
いつもなら、大切な薔薇の世話をしているはずの彼は、斧を振り上げセリューに襲いかかってくる。
「ペロケ!! やめなさい!! 私は本物ですっ!!」
「嘘つけっ!! 本物だって言うなら、いつもの槍を見せてみろっ!!」
「それは今犬どもに食われてないんです!!!!」
「ほらみろ!! 出せないじゃないか!!」
「だから犬に食われてないと言っているだろうっっ!!!!」
また頭に血が上りそうだ。今すぐにでも殴り飛ばしてやりたい。しかし、冷静でいると決めたばかりだ。
(落ち着け……この男は騙されているだけだ……)
ペロケはこちらが偽物だと誤解しているだけだし、あまり手荒なことはしたくない。
なんとか説得し、道をあけてもらいたいところだが、彼は一向にこちらの話を聞こうとしない。
「ペロケっ!! いい加減にしなさいっ!! 私は本物ですっ!!」
「嘘つけーー!! セリュー様をっ……セリュー様を返せえええっっ!!」
怒り狂う男が振り下ろした斧を、セリューは短剣で受け止めた。
「ペロケっ……! 話を聞きなさいっ!!」
「お前がセリュー様を隠しちゃったんだろっ……! フィッイルに聞いたぞ!!」
「あんな間抜けに騙されないでくださいっ!! あれが話したことは全て嘘です!!」
突き飛ばすが、ペロケはすぐに立ち上がる。
いつもの彼とは違う。クラジュがドジで彼の大切なバラを踏みつぶした時ですら、セリューが言えば足を止めたのに。
「やっと……セリュー様が帰ってきて、あのバカ猫を抑えてくれると思ってたのに……」
「ペロケ……?」
ペロケは涙を流していた。いつもクラジュを追いかけている間に窓ガラスを破壊して、クラジュと一緒にセリューから逃げ回ることの多い彼が、そんなふうに泣くとは思わなかった。
「せ、セリュー様がいないと……ぼ、僕、クラジュの恐怖にずっと怯えてなきゃいけないし…………く、クラジュの後始末してくれる人がいないと……」
「……おい……私はあのバカ猫の後始末をするためにいるんじゃない…………」
「クラジュ対策する奴がいないと、僕らはまともに生活できないんだーーーー!! セリュー様を返せーーーーっっ!!」
「いい加減にしろっっ!!!! この阿呆烏っっ!!」
怒りに任せて、ついに飛んできた男を殴り倒してしまう。
またカッとなってしまった。今日から冷静な自分だと決めたのに。
クラジュの悪戯を抑えるためにいるように言われて、我慢できなくなってしまった。
地面に押さえつけられたペロケは、殴られた頬を真っ赤に腫らしながらも、拘束から逃れようと暴れている。
そこへ、騒ぎを聞きつけたのか、城からディフィクが出てきて駆け寄ってきた。
「せ、セリュー様? それに、ペロケさん!!」
彼は、セリューがペロケを押さえつけているのを見て、驚いたようだった。
「ペロケさんっ……なんで…………お、お前だな! セリュー様の偽物って……」
「……私は偽物ではありません…………いい加減にしろよ……お前ら………………」
落ち着くように努めてみるが、苛立ちは頭の中に溜まるばかりだ。
冷静でなくてはならないと意識しすぎたせいか、もう殴って黙らせるのが一番冷静な対処であるような気がして来た。
しかしディフィクは、こちらに飛びかかってくることはせずに、恐る恐る近づいてくる。
「ほ、本当に……セリュー様!?」
「分かるんですか?」
「は、はい………………あ、ほら!」
彼は、セリューの服についていた砂糖を指にとって見せた。今朝もらったドーナツにまぶしてあったものだ。
今朝は厨房に行った後、ダンドのことばかり考えてしまい食事ができなかったので、ダンドにもらったドーナツは部屋に置きっぱなしだ。おそらく砂糖は、ダンドから受け取ったドーナツを部屋に置きに行った時についたのだろう。
「その…………今朝、ダンドさん、ずっとセリュー様のためにドーナツ作ってたんです。その時の甘い匂いがしたから……」
「……」
そんなことを言われると、急に恥ずかしくなってくる。今朝のことを思い出してしまい、できるだけ赤くなっているのを悟られないように、セリューは顔をそむけた。
おかげで爆発寸前だった怒りも、急速にしぼんで消えていく。むしろ今度は恥ずかしくて顔をあわせられなくなってしまった。
押さえつけたままだったペロケも、ディフィクに言われて分かってくれたようで、申し訳ございませんと言って、頭を下げた。
「セリュー様……本当に、セリュー様なんですね……よかった……クラジュ対策が帰ってきた……」
「ペロケ……何度も言いますが、クラジュ対策というのはやめてください。私はあの猫の対策をするためにここにいるのではありません」
否定しても、ペロケは全く聞いていなくて、涙を流している。
ディフィクまでもが、セリューの手を震えながら握ってきた。
「よかった……セリュー様…………せ、セリュー様がいてくださらないと…………お、俺……こ、こ、心細くて……」
「心細い?」
「だってっ……!! 俺以外でクラジュのことをあれだけ気にかけてくれるの、セリュー様だけなんです!!」
「………………私は気にかけているのではありません……」
「そ、それに……セリュー様くらいなんです…………ずっとクラジュの相手できるの……」
「したくてしているわけではありません。ディフィク……私は……」
「セリュー様っ!!」
「はい?」
「せ、セリュー様がいないと……俺はっ……俺はずっと爆発寸前の時限爆弾抱いてるみたいで…………せ、セリュー様!! お願いです!! ずっと……ずっと俺のそばにいてくださいいいいい……」
「嫌です。それと、泣かないでください」
涙どころから鼻水まで流し始めたディフィクに、ハンカチを渡すと、彼はそれで丁寧に顔を拭いた。
「あ、ありがとうございます! セリュー様!! これ、洗って返します!」
「……いえ、構いませんが…………泣かないでください……」
ディフィクもペロケも、余程嬉しいのかずっと涙を流していた。
不本意極まりない感涙に、せっかくおさまっていた怒りが何倍もの勢いで再燃しそうだ。
しかし、今は先にしなくてはならないことがある。
セリューはディフィクに向き直った。
「ディフィク、厨房はどうなっていましたか? 私の偽物か、犬が来ませんでしたか?」
「え? 俺がいる間は何も……でも俺、仕込みを手伝ってただけで、朝食の時間が始まる前にはあそこを出たから、その後のことはわかりません……」
「そうですか……」
「そういえば、セリュー様、ダンドさんと喧嘩でもしたんですか?」
「え……い、いいえ……なぜそんなことを聞くのです?」
「だってダンドさん、今日厨房でずっと落ち込んでるみたいだったから……」
「ダンドが……?」
今朝は自分を落ち着けることで精一杯だったが、確かにあの時のダンドは様子がおかしかった。
(まさか……まだ猫じゃらしの件を気にしているのか?)
あの時、もっと彼と落ち着いて話せばよかったと後悔してしまう。
「ディフィク……私は厨房に向かいますので、城の方に、私は偽物ではないと伝えて回ってくれませんか? いちいち襲われていては、仕事になりませんので……」
「あ……わ、分かりました!!」
彼にその場をまかせ、セリューはダンドのいる厨房へ急いだ。
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