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第七章、二人の一日
30.誘い
しおりを挟むその日のうちに、セリューとダンドは城に戻ることにした。散々なことばかりで疲れ切ったセリューは、客室につくなりぐっすり眠ってしまい、起きたら船は港に着いていた。
城へ戻ると、すぐに犬ではないオーフィザンが迎えてくれたが、そこでまたダンドとオーフィザンが、猫じゃらしを処分するしないの話で言い合いになり、ダンドとはあまり話せなかった。
そのあと、まだ残っていた猫じゃらしの効果を抑えるため、オーフィザンに魔力で体を包んでもらい、だいぶ体調も良くなった。
翌朝、日が昇ったばかりのまだ少し仕事を始めるには早い時間に、セリューは、廊下を厨房に向かって歩いていた。
今日は仕事を早く終わらせて、夜はダンドに会いたい。その約束を取り付けるためだ。
早朝から厨房に向かうことはよくあるが、今日はやけにドキドキする。
(落ち着け……いつも通りに言えばいい。いつも通り……いつも誘うように言えばいいんだ)
何度もいつも通りと唱えるが、そうすればそうするほど、緊張してしまう気がした。
頭の中で、繰り返し彼の前に出た時のことを練習していたら、思っていたより早く、目的地に着いてしまった。
厨房の裏口の前で、もう一度息を整える。
何度かそこの扉を叩くと、普段ここにはいない雑用係のディフィクが出てきた。
「あれ? セリューさんじゃないですか! 戻ってきたんですか?」
「ディフィク? こんなところで何をしているのです?」
「今日はここ、二人休んでるんで、手伝いに来たんです!」
彼は可愛らしく笑ってくれた。
「朝食ですか? セリュー様」
「いいえ……その……」
「どうしました?」
「その……ダンドに話があって……」
「ああ! ダンドさんですね! 今呼んできます!」
彼は踵を返して、厨房の中に走っていく。
そしてすぐに、ダンドが出てきた。
「セリュー……おはよう……」
「あ、ああ……おはよう。その……昨日はよく眠れたか?」
「うん……オーフィザン様のせいで、帰ってきてから余計に疲れちゃったから……」
「あれは、お前がオーフィザン様に食ってかかるからだ。なぜあんなことを……」
「オーフィザン様が大人しくあの猫じゃらし処分しないからだろ! ああいうものがあるから、あんなことが起こるんだ!!」
「それは……そうかもしれないが……」
どうしても、それには答えづらい。
言い淀むセリューに、彼は朝食のサンドイッチとたくさんのドーナツが入ったカゴを渡してくれた。
大きなカゴからこぼれてしまいそうなほどのドーナツとサンドイッチ。いつもよりずっと量が多くて、驚いた。
「す、すごい量だな……」
「帰ってきたばかりだし……たくさんあったほうがいいかなって思って……今日はそれ食べて頑張って」
「ダンド……あ、ありがとう……」
彼が朝から作ってくれたのかと思うと、顔が綻んだ。そのおかげか、緊張もゆっくりと解れていく。
「あ、そ、そうだ……その、よ、よかったら、今日の晩……その、し、仕事が終わった後でいい。その……ひ、久しぶりに、二人で酒でも飲まないか?」
もう、真っ赤になっているのを自覚しながらきく。緊張しすぎたせいで、顔もあげられない。
ダンドは、しばらく黙っていた。
ますますドキドキしてしまう。
こっそり顔を上げると、ダンドは顔をそむけ、頭をかいていた。いつもなら、笑顔で「じゃあ夜に」と言ってくれるし、ダメならダメで返事をしてくれる。
それなのに、妙に歯切れの悪い様子を見ると、不安になってきた。
今日は客が来る予定もなく、城をあけている者も多いはず。厨房もそれなりに暇だろうと踏んで誘ったのだが、忙しかったのかもしれない。
それなら、断ってくれて構わないのに、気を使わせてしまっているのだろうか。
もう、こちらから誘いを取り消してしまおうとした時、ちょうど彼も口を開いた。
「え……? あ、何?」
「な、なにがだ?」
「今、何か言おうとしただろ」
「……そ、そんなことはない。お前こそ、何か言おうとしたんじゃないのか?」
「あ…………あー……あ、その……えっと…………ごめん……今日は……忙しくて……また今度でいいかな?」
「……そ、そうか……それなら仕方ないな!」
「ごめん……」
「き、気にしなくていい! 突然言ったのは私だ。お前が悪いんじゃない……ま、また今度にしよう!!」
ひどく気落ちしたが、それをダンドに悟られては、彼が気に病んでしまう。
できるだけ平気なふりをして、セリューは笑って見せた。
「ま、また今度誘う! こ、これ、ありがとう!」
「待ってっ……!!」
呼び止められて振り向くが、こちらを呼び止めたはずのダンドは、すぐに顔をそむけてしまう。
やはり、いつもの彼らしくない。普段なら、こんな態度を取ったりしないのに。
「あ…………夜……やっぱり時間作る…………」
「だが……忙しいのだろう? それなら、無理をしなくていい。また今度で……」
「いや……その…………俺も会いたいし……」
「ダンド……」
「あ! でもっ……酒はなしで……」
「そ、そうか……無理をさせてすまない……」
「はっ!? あ、いや……そんなことないって!! 絶対行くから…………」
「あ、ああ……いや、その……私の方が会いにくる……ここに……」
「え……あ、うん……」
「じゃあ、また夜にな……」
それ以上そこにいることができなくなったセリューは、逃げるようにそこから離れた。
厨房から見えないところまで走って、気づけば薔薇が並ぶ花壇の前まで来ていた。
そこで立ち止まる。やけに息が上がっている。少し走っただけだったのに。
走ったことだけが理由ではないことには気付いているのに、認めてしまえば余計に呼吸が早くなりそうだ。
いつものように酒に誘っただけ、そう自分に言い聞かせていないと、今日はもう仕事になりそうにない。
それでも、どうしても夜のことを考えてしまう。本当は、気持ちを伝えるために誘ったのだから。
なんとなく気まずそうにしていた彼の様子を思い出して、余計にドキドキする。
本当に誘って良かったのだろうか、もしかしたら相当無理をさせてしまったのではないかと考えてしまい、平静を装うことすらできなくなって、そこに座り込む。
高鳴る胸を押さえようと、胸に手を当ててみるが、鎮まることはなくて、どうにも、居心地の悪い緊張感が抜けそうにない。
「……やめるか?」
早速折れ始めた思いを口に出して、セリューは頭を抱えた。
*
厨房に戻ったダンドは、暗い食糧庫でじっと立っていた。
朝の仕込みの忙しい時間に、一人が抜けてしまい、厨房の方からは慌ただしく食器を取り出す音や包丁の音、油が跳ねる音がしているが、ダンドの耳には入らなかった。
そこへ、新人の料理人が、先輩に言われた調味料を取りに飛び込んでくる。
「えっと……どれだー? …………あ、あれ? ダンドさん? どうしたんですか? 酒、取りに行ったんじゃ……」
「俺……酒はやめるんだ…………」
「は? え? い、いや……やめるって……フランベするのにですか? な、なんで……」
「酔うから……」
「え……あ! 飲むやつじゃなくて、料理に使うものを……」
「……うん……」
上の空で返事をして、ダンドは頭を抱えてしゃがみ込んだ。ついさっきのことを思い出してしまったのだ。
「何してんだ俺ーーーーっっ!!!!」
「だ、ダンドさんっ!? え!? え? ど、どうしたんですか!? え? さ、酒なら俺持ってくんで…………」
「酒はいらないよっ!! また襲うから!! 距離置くって決めたのにーーっ!!」
「はっ!? え? さ、酒と? ダンドさんって、酒弱かったんですか!? え? ち、ちょ……っ……!」
どうしていいのかわからない新人は、食糧庫に入ってきてくれた先輩の料理人、ストークに駆け寄っていく。彼は、友人であるダンドの声が聞こえて様子を見にきてくれたらしい。
ストークは、新人に必要な調味料と酒の瓶を渡して、いまだにうずくまったままのダンドの首根っこを掴んで立ち上がらせた。
「……おい。ダンド……さっさと仕事に戻れ。料理長に怒られるぞ」
「……俺…………今日は無理かも……」
「……何言ってんだよ。ただでさえ人手が足りないのに……無理も何も、お前、一番に来てずっと一人でドーナツあげてたじゃないか! ちょっと怖かったぞ!!!!」
「それだって渡す気なかったのに……」
「……朝から酒でも飲んでるのか? それとも、セリューさんにフラれたか?」
「まだフラれてないっ!! ただ……俺がそばにいると傷つけてばっかだから……」
「傷つけんの嫌なら会うのやめろ。ほら! 戻るぞ! 料理長そろそろ本当にキレるぞ!」
「俺はあいつを泣かせたくないんだよ……」
「それは分かってるから! な! 後で全部聞くから! ほら!! 急げって……」
「しばらくは距離置くって決めたんだよ……なのになんで行くなんて言ってるんだ……俺……」
「いいから厨房戻れって!!」
「やっぱり断ってくる……」
「待て馬鹿! どこ行くんだ! 昨日のクラジュ事件で二人休んでるんだぞ! そろそろマジでやばいって……」
恐ろしい気配に、ストークだけが気づいて振り返る。
するとそこには、見たことのない顔をした料理長が立っていて、いまだにぶつぶつ言っているダンドを引きずって厨房に戻っていった。
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