竜の執事が同僚に迫られ色々教えられる話

迷路を跳ぶ狐

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第六章、二人の出張

24.出発

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 クラジュの騒動があったおかげで、案内どころではなくなってしまったが、スイリューヴは満足したようだった。駆けつけたダンドから、群れへのお土産を受け取り、上機嫌で、大きなカゴに入ったサンドイッチを早速口に詰め込んでいる。

「うまいなこれ!! なんだこれ!!」
「サンドイッチ。肉いっぱい詰めておいた。それで足りる?」
「全然足りない!! 今度は群れ連れてくる!!」

 あっという間に土産であるはずのものを平らげたスイリューヴに、もっとと言わんばかりにからになったかごを突き出されて、ダンドも嬉しそうだ。

「オーフィザン様が許可してるなら、群れも連れてくるといい。食事の時間は一日三回。腹が減ったら来な」
「うおおおおーーーーっ!! やったああーーーーっ!!!! お前、怖いけどいい奴だな!!」
「怖い?」
「絶対来るから肉用意しとけ!! 約束だぞ!! 肉いっぱいだぞ!! 約束だからな!!」

 スイリューヴは何度も手を振りながら、森へ帰っていく。

 悪い男ではない。けれどなんとなく、クラジュっぽいものが増えたような気がしてしまう。これから、クラジュが二人になるのかと思うと、勝手に体が震えてきた。

 そんなセリューの顔を、ダンドは隣から覗き込んでくる。

「セリュー……どうしたの? 大丈夫?」
「ああ……少し、頭痛がしただけだ」
「……明日は出発なんだ。早く休んだほうがいい」
「分かっている。明日の準備をしたら部屋に戻る。お前も早く厨房に戻れ」
「……うん…………」

 急に逃げるように顔をそむけられてしまう。
 避けるような彼の態度が気になって、セリューが近づくと、ダンドは笑顔で振り返った。

「じゃあ、また明日ね」
「……あ、ああ……」

 彼はセリューに手を振り、先に城の方に戻っていった。
 気になるが、彼も忙しいのだろう。セリューも、明日までには準備を終えなくてはならない。

 セリューは彼に背を向けて、倉庫のほうに向かった。







 早朝からの出発には慣れていた。オーフィザンに突然出張を言い渡されるのはしょっちゅうで、今回もそれと同じものであるはずだった。

 それなのに、やけにセリューは緊張していた。

 馬車の中の荷物を確認していると、カバンから、オーフィザンに渡された瓶が出てくる。猫じゃらしの効果を抑えるためのものだ。これが必要にならなければいい。

(しかし……猫じゃらしなんて、効くのか……? あいつに……)

 ダンドがあれでくすぐられて感じるとは思えない。むしろ、何しているのと鼻で笑われてしまいそうだ。

(だが……あいつも狐妖狼だ。効くんじゃないか?)

 小さな好奇心が湧いてくる。

 もちろん、効かないほうがいい。そんなものが効けば、普段のあの調子からしたら、何をされるか分からない。

 けれど、ほんの少しだけ、いつもの仕返しをしてみたいという気もした。
 普段は、狐妖狼の封印を解いたダンドに押し倒されて、好きにされてしまう。
 たまには自分に翻弄されるダンドも見てみたい。
 同じ狐妖狼であるクラジュは、オーフィザンが作った猫じゃらしがずいぶん苦手なようだし、彼らには、それなりに効果のあるものなのだろう。

 小さな猫じゃらしを向けられ、ベッドの上で震える彼を想像してみる。

 普段は強気のダンドが、裸でベッドの上で涙目になっている。
 目の前で猫じゃらしを振られ、子犬のように震える彼の尻尾が可愛くて、彼の頬に触れそうなほどそばに猫じゃらしを近づけ振ると、怯えた彼は、目に涙を溜め、上気した顔で、なんと言って許しを乞うのだろう。

(セリュー、やめて……か? それとも、もう無理……か?)

 想像の彼が、涙ながらに許しを乞う姿を頭に思い浮かべると、ますます触れたくなる。
 もうやめてと繰り返すのを聞き流し、もう少し彼に近づくと、彼の体がビクビク震える。
 必死に隠しているようだが、シーツが濡れているのが分かった。我慢できずに先走りが溢れてしまったのだろう。
 彼はもういいだろと泣きながら言って、セリューに背を向ける。
 無防備に背中を見せたのが運の尽きだ。その可愛らしい背中を、猫じゃらしでくすぐってみる。
 聞いたことのない声をあげて彼がなくと、ぞくぞくしてきた。全てただの妄想なのに。

 突然、現実のセリューの頬を何かがくすぐる。それは空から落ちてくる光の粒で、はっと我に返ったセリューは、慌ててそれから飛び退いた。これは、オーフィザンが普段使う魔法だ。

 それに気付いて逃げたセリューの前に、オーフィザンは降りてきた。竜の羽をたたむ彼は、片手に香炉を持っている。

「逃げることはないだろう。お前が随分楽しそうな顔でよだれを垂らして妄想していたから、悪戯したくなっただけだ」
「おやめください!! わ、私は……も、妄想などっ!! そ、そのようなこと……」

 言いながら、顔をそむけ確かめるように顔に触れるセリューを、オーフィザンはニヤニヤしながら見ていた。
 していないと言いつつ慌てる様子を見れば、すべて一目瞭然なのだが、セリューはオーフィザンの視線に気づけるような余裕はなくなっていた。

「よ、よだれ……垂れていましたか……?」
「それは嘘だ」
「オーフィザン様!! 悪ふざけはおやめください!!」
「何を考えていたんだ?」
「な、何をっ……!? ななな何も考えていません! す、少し、その……し、仕事です!! 仕事のことを考えていただけです! こ、これから向かうリゾーのことを少し……」
「そうか。あいつとの夜を想像していたか」
「違いますっっ!!」

 そのとおりだが、そんなことを正直に言えるはずがない。
 真っ赤になって裏返った声で否定するセリューを、オーフィザンは見下ろして笑っていた。

「セリュー……くれぐれも、使いすぎるなよ」
「わ、私はあのようなものを使う気などないと申し上げたではありませんか…………」
「こつを教えてやってもいいぞ」
「こ、こつ?」
「ああ。こつだ。うまく使うと、よりあいつを喜ばせることができる」
「うまく……使うと?」
「見ていろ」

 オーフィザンは得意げな顔であの猫じゃらしを取り出し、セリューの前で振る。
 それの先にくすぐられ、さっきの妄想の中のダンドが、真っ赤な声でよがっているような気がして、セリューは、それから目を離せなくなってしまった。

 オーフィザンがセリューの肩を抱き、自分の方に引き寄せる。そして、猫じゃらし片手に、囁くように話し始めた。

「いいか? まずは……」
「ま、まずは……?」

 しかし、詳しいことを聞く前に、思っていたより早く標的の男が現れてしまう。

「オーフィザン様! なにやってるんですか!! セリューに触れないでください!」

 怒鳴りながらダンドが近づいてきて、セリューはオーフィザンから離れ、ダンドに振り向く。

 大きな荷物を持って近づいてくる彼が、さっきまでの妄想の彼と重なって、セリューは彼と顔をあわせることができなかった。

 何も知らないダンドは、セリューたちに近づいてきて、オーフィザンの前に立ち塞がる。

「オーフィザン様! どういうつもりですか!!」
「何を怒っているんだ? 俺はただ、そいつと出発前にこれから行く先のことを話していただけだ」
「そんなもの片手にですか?」

 ダンドが冷たい目をして指さしたのは、オーフィザンが握っている猫じゃらし。
 オーフィザンは何食わぬ顔で魔法を使い、猫じゃらしを消してしまうが、当然もう遅い。

「一体セリューに何をしようとしていたんですか!?」
「別に、セリューに手を出そうとしていたわけではない。ただ俺は、これを取り扱う際の注意点を話していただけだ。なあ? セリュー?」

 振り返って言われて、セリューはつい、うなずいてしまった。

「そ、そうだぞ……お、オーフィザン様がそんなことをなさるはずがないだろう。わ、私はその……その……ほ、他の種族にもそれなりに効くようだから、その……つ、使い方くらい知らないと、任務を遂行できないと、そ、そう考えただけだ! け、決して、いかがわしいことを考えていたわけではない!」
「そう……?」

 ダンドはまだ疑っているようだったが、それ以上は追求せずに、セリューから離れてくれた。

 チャンスとばかりに、オーフィザンは背中の羽を広げる。

「では、気をつけて行ってこい。セリュー、くれぐれも使い方には気を付けろ。猫じゃらしを回収したあとも、しばらく帰らなくていい」
「お、オーフィザン様!!」

 セリューが駆け寄ろうとしても、オーフィザンは城の自分の部屋の窓まで飛んでいってしまう。

 せっかく見送りに来てくれたのに、こんな別れ方になってしまい、申し訳ない。
 心の中でオーフィザンに謝罪するが、どうしても、こつの話が気になってしまう。

 セリューは恐る恐る、ダンドに振り向いた。彼の方は、心配そうにセリューに近づいてくる。

「大丈夫? セリュー。オーフィザン様に何かされた?」
「い、いや、私はなにも……されてない。ほ、本当に、オーフィザン様は悪くないんだ……その、こ、これからいくところの話をしていただけだ……」
「本当? なにもされてない?」
「あ、ああ……」

 ついさっきまで、頭の中で辱めていた男が、何も知らずにこれだけ心配していると、ますます申し訳なく思えてくる。
 竜と一戦交えるかもしれないというのに、自分は一体なにを考えていたのだろう。

「す、すまん……ダンド……」
「え? なにが?」
「い、いや……本当に、なんでもない。すまん……は、早く行こう。急がないと、船の時間に遅れる」
「……うん……リゾーまでだったら、港まで馬車で、そこから船か……」
「行ったことがあるのか?」
「あるよ。その時は楽しくなかったけど…………今回はセリューと一緒か…………」
「だ、だからなんだ……」
「初めてだろ?」
「な、何がだ? 出張なら、よく二人で行くじゃないか」
「そうだけど、俺が告白してからは初めてだろ?」
「…………それは……そうだが……」
「恋人とデートに行くみたいで、俺は楽しい」
「恋人!?」

 驚いて振り向くと、ダンドはセリューに向かって微笑む。

「今だけそういうことにしちゃダメ?」
「そ、それは…………その……………………」

 いつもならダメだとすぐに答えたのに、なかなか言えない。

 ダンドは、いつもと違うセリューの様子に気づいて、首を傾げている。
 目の前の無邪気な顔をした彼と、さっきの妄想の彼が重なって、もっと彼に近づきたくなってきた。

「セリュー? どうしたの?」
「だ、ダンド……」
「なに?」
「あ………………な、なんでもない……」
「……やっぱり何かされたんだろ!? 庇わずに言いなさい!!」
「ほ、本当になにもされていない! 今回は、本当に悪いのは私なんだ!!」
「なんで悪いの?」
「そ、それはっ……も、もういいだろう! ち、近づくな!! 思い出す!」
「え? なにを?」
「……なっ……なんでもない!!」
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