竜の執事が同僚に迫られ色々教えられる話

迷路を跳ぶ狐

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第五章、出かける前の騒ぎ

22.騒動

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 突拍子もないことばかり言い出すオーフィザンのおかげで、朝から頭が痛い。
 しかし、それでも明日からはリゾーに向かわなくてはならない。

 猫じゃらしを奪って逃げた竜は、悪意を持ってそんなことをするような者ではなく、行って返せと言えば返す男らしい。だが、相手は気まぐれな金竜だ。そう簡単にうまくいくか、その竜に会うまで分からない。

 しばらくの間、城をあけることになるだろう。その間、城の中のことが滞りなく進むように、準備をしておかなくてはならない。出発を聞かされたのは今朝。こんなことも、この城では日常茶飯事だ。最も困難な問題が起こらない限り、準備は夜には終わるだろう。

 まずは重要なことから済ませておこうと、倉庫へ向かう。この時期は収穫物がそこに集められていて、いくつかある倉庫を数人が管理し、それぞれにリーダーがいる。それらを統括するのは、セリューの役目だ。彼らに話を通しておかなくては、城を離れられない。

 朝食前に、そちらへ向かっていると、どこからともなく、セリューを呼ぶ声がした。

「セリュー! おい、セリュー! こっちだよ! セリュー!!」

 声が聞こえるのは窓の方からだ。振り向くと、背後の窓の外に、揺れる狼の耳が見えた。ダンドのものとは違う、狐妖狼のものだ。

 頭に血が上る。朝から早速あの天敵が現れたのだと、そう思った。

「そこかクソ猫ーーーーっ!!!!」

 怒鳴りつけて、窓を開く。そこにいたのは、一人の狐妖狼だったが、セリューの天敵とは違う、別の男だ。

 太陽の光を浴びてキラキラ光るショートカットの茶色い髪の間から、少年のような可愛らしい瞳でセリューを見て嬉しそうに笑う。頭の狼の耳がピンっと揺れて、ずっと尻尾を振っていた。昨日、城の前にボスともう一人の男と共に現れ、セリューと一戦交えた男だ。

「あなたは……狐妖狼の群れの……」
「スイリューヴだ!! よろしくな!!」

 男はニカっと笑って、窓から勝手に中に入ってくる。仕返しに来たのかと思ったが、やけに友好的だ。

 昨日突然挑まれた時は腹が立ったが、あれくらいの腕試しは狐妖狼の群れではいつもしていることらしいし、これ以上は付き合えないと言えば引き下がった。悪い男ではないのだろう。

 しかし、ここは森ではなく、オーフィザンの城だ。勝手に入って来られることを黙認するわけにはいかない。外部の者が近づいては困るようなものも保管されている。どうやって入ってきたのかは知らないが、言い含めておく必要がありそうだ。

 男は、城の中が珍しいのかキョロキョロしていた。

「ここがセリューたちの巣かー。大きいなー。でも俺、セリューすぐに見つけたぞ!」
「それはよかった。スイリューヴさん、勝手に城に入られては困ります」
「勝手に入ったりしてない!! セリューたちのボスがいいって言ったんだ!」
「ボス……? まさか、オーフィザン様のことですか?」
「うん!! セリューのこと手伝ってやるならいいって言ってた!!」
「……」

 満面の笑みでスイリューヴは言うが、セリューの頭痛はますます激しくなる。

 相変わらず、あの主人は余計なことは言うのに、こういう大事なことは全く話さない。初めて城に来る客に、手伝うと言われても困るのに。

 けれど、そんなことは知らないスイリューヴは、セリューに笑顔を向けてくる。

「だからセリュー!! 手伝うぞ!!」
「結構です」
「なんでだよ!! セリューのボスが言ったんだぞ!!」
「……」
「それが終わったら、俺と勝負してくれ! 今度は俺が勝つ!!」
「お断りします」
「なんでだよ!!」
「今日は一日仕事です。あなたの相手をしている暇はありません」
「えー……なんだよ……せっかくボス説得したのに……」

 肩を落として残念そうにしているスイリューヴを見ると、悪いことをしたような気になってくる。こんなに落ち込むとは思わなかった。

「せっかく来ていただいたのに、申し訳ございません。よければ、案内のものを呼びます」
「案内!? 巣を案内してくれるのか!? それなら、セリューが案内してくれ!!」
「私には仕事が」
「俺も手伝うって言ってるだろ!! だから、一緒に行こうぜ!」
「……」

 正直、あまり気が進まない。
 明日までにここを発つ用意をしなくてはならないというのに、客人の相手はしていられない。
 だが、オーフィザンがそう言うのなら、従わなくてはならない。

「分かりました。ですが、仕事は手伝わなくて結構です。ついてきてください。城の中の構造を説明します。この城を歩く際に、いくつか注意していただかなくてはならないこともあるので、覚えていただきます」
「分かった!! 任せとけ!!」
「くれぐれも、城の中のものには勝手に触れないように。危ないものもありますので」
「分かった分かった! 早く行こうぜ!!」
「……」

 楽しそうに微笑む男を見ると、少し心配になる。
 しかし、オーフィザンが城内への立ち入りを許可したのなら、彼らの来訪はいずれ日常茶飯事になるだろうし、それなら、早いうちに城内を案内しておいた方がいい。

 セリューは振り向いて、城にあるものに勝手に触れないようにと念を押してから、スイリューヴを連れ歩き出した。





 城を歩くスイリューヴは、こういったところを歩くのが初めてのようで、終始笑顔だった。城の中のものを見て驚いたり、すれ違う者たちに挨拶をしては、微笑んでいる。
 廊下を歩いている途中、城内の警備をしている男と会った時に、腕試しだ、と言って殴りかかりそうになったり、朝食の準備を終えオーフィザンの部屋に向かっていた料理長に会った時に、うまそうな匂いがすると言って飛びかかったりもしたが、止めろと言えば大人しくやめたので、それくらいなら可愛いものだと思えた。

「すごいな!! この城、賑やかで楽しいぞ!! 人がいっぱいいる! 俺の群れよりいっぱいいる!!」
「……私たちは群れではありませんが、ここで共同生活を送っています。今は、果樹園や森へ出かけている者も多いので、全て紹介することはできませんが、いずれそちらにも案内します」
「まだいるのか!? そんなにたくさんいて、飯はどうするんだ!? みんなで狩りにいくのか?」
「食事の用意は、食堂の料理人たちが買い付けから調理まで全てしています。これから案内します。よければ朝食などいかがでしょう? 今なら、焼きたてのパンを召し上がっていただけますが……」
「朝食!? 飯か!!!! すげえっ!! 俺、他の群れで飯食うの初めてだ!! なあ! 食堂って、ダンドがいるところか!?」
「え……」

 急に彼の名前が出てきて、焦ってしまう。

 昨日のことを思い出してしまい、セリューは、スイリューヴから逃げるように顔をそむけた。

 スイリューヴはキョトンとしている。

 できるだけ平静を装い、なんとか口を開くが、声は裏返ってしまう。

「え、ええ……そうです……」
「他にこの城に狐妖狼はいないのか?」
「え…………?」
「だって、さっきからたくさん人に会ったけど、狐妖狼にはあんまり会わなかっただろ? いないのか?」
「……い、いないことはありません。出払っているだけです……果樹園の方に行けば、会えると思います……」
「ここにはいないのか?」
「いないわけではありません。あなた方と交渉しているダンドは狐妖狼ですし、他にはディフィクという、よく気のつく雑用係がいます。あとは…………少し悪戯が過ぎるのが数人…………」
「いたずら?」

 スイリューヴが首を傾げたところで、廊下の向こうから一人の男が飛んでくる。背中に大きな黒い羽のある男で、普段は庭師をしているペロケだ。

「セリュー様! セリュー様!! 助けてっ……助けてくださいっ!!」
「ペロケ…………まさか……」

 慌てふためく彼の姿だけで、何が起こったのか予想できる。
 だからこそセリューは、彼が話し出す前に胸に手を置き息を整えた。

 今は客人の前だ。怒鳴るわけにはいかない。加えて、カッとなりやすいところを直したいというのは、セリューのずっと達成できていない目標でもある。

 一日に一度くらいは起こる騒動だ。そろそろ我慢もできるようになっているはずだ。

 胸をおさえて、飛んできたペロケに向き直る。

「またクラジュですか?」
「は、はいっ……!! あ、あの猫がっ……あの猫がっ……!! に、西の倉庫にっ!! そ、倉庫を破壊してぐちゃぐちゃにっ……!!」
「西……?」

 よりにもよって、一番まずいところにあの猫は出没する。

 西の倉庫には、今は取り扱いが難しいものが並んでいるはずだ。
 普段は厳重に鍵がかけられているが、あの猫にはそれすら突破する恐ろしいまでの不運が味方についている。

 今にも怒鳴り出してしまいそうになるのをなんとか抑えて、セリューはスイリューヴに振り向いた。

「スイリューヴさん、申し訳ございませんが、ここからはペロケに案内を代わります」
「え? お、おい!! セリュー! 待てよ!」

 背後からスイリューヴの声がする。

 途中で案内を代わらなくてはならないことは不本意だが、これはセリューにしかできない。

 セリューはペロケに、彼を頼みますと叫んで、西の倉庫に向かった。





 西の倉庫は、庭の隅にあるもので、城にいくつかある倉庫の中で一番広い倉庫だ。
 扱いが難しく、なにも知らずに触れると危ないものや、繊細なものが並んだ場所で、基本的には立ち入りは禁止されている。

 こういうところに、あの猫が入り込むと、ろくなことにならない。だから普段はオーフィザンが魔法で作った鍵がかけられているはずだが、その鍵は、倉庫を囲うようにして立つ庭木の下で見つかった。

 普段この鍵は、オーフィザンの部屋にしまわれているはずだ。あの部屋に入ることができるのは、オーフィザン自身か、執事であるセリューとダンド以外では、クラジュだけだ。

 それを考えると、セリューは余計に腹が立った。あの神聖な部屋に立ち入りを許されたことを、こんな風に利用するとは。

 槍の力を使い、走る速度を増したセリューは、たどり着いた西の倉庫の扉を思いっきり開いた。

 普段は整然と魔法の道具が並んでいるはずの倉庫に、今は不思議な植物が生い茂っている。こんなものが普通に生えるはずがない。全てあの猫の仕業だろう。

 ついに頭に血が上り、倉庫の奥に向かって思いっ切り叫ぶ。

「馬鹿猫!! どこだ!? 出てこいっっ!!」

 怒鳴り込んできたセリューに、クラジュが答えるはずもなく、倉庫の中は静まり返っている。だが、ここにいるはずだ。

 セリューは槍を構えて、ゆっくり中に入って行く。

 先ほど開いた扉から風が入ってきた。
 そして、倉庫の奥で草が揺れるような音がする。それが聞こえるのは、大きな棚の向こうからだ。

 なにが出てきてもいいように槍を構えて駆け寄ると、棚の向こう側に、大量の猫じゃらしが生えていた。それが風に揺れて、音がしていたらしい。

「な、なんだこれはーー!?」

 つい、叫んでしまう。この倉庫は、普段から危険なものが並んでいることが多いため、手入れも念入りにされている。こんなことが起こるはずがない。

 それなのに、まるで長い間誰も足を踏み入れていない深い森のように生い茂る猫じゃらし。
 そして、倉庫の奥の方で、背の高い猫じゃらしが揺れていた。

「そこか!! クソ猫!!」

 怒鳴りながら近づくと、猫じゃらしがさらに大きく揺れて、中から大きな影が飛び出してきた。

 逃すつもりはない。セリューはその影に飛びかかった。簡単に捕まった男は、あっさりセリューに組み敷かれ、床に倒れる。

「わああああん!! ごめんなさあああい!!」

 大声で泣いているのは、やはりクラジュだった。騒ぎの原因がこうして喚いていると、ますます腹が立つ。

「捕まえたぞ……クソ猫…………今度は一体なんの真似だ? 倉庫が猫じゃらしまみれじゃないか!」
「ご、ごめんなさあああい…………こんなことになるなんて、思わなくて……」
「思わなくてこんな事態になるのか? 最初から説明してみろ! なにがあった!?」
「だ、だって、この猫じゃらしがあると、オーフィザン様にこちょこちょされちゃうから……隠そうと思って……そしたら、スイカが上から落ちてきて、種が飛び散ったら猫じゃらしが飛んで……」
「貴様の頭の悪い説明では全くわからん!! 最初からちゃんと詳しく話せ!! 馬鹿猫!!」
「え、えっと……猫じゃらしのこちょこちょが怖くて、隠そうとしたら、上からスイカが落ちて、種が飛んで、猫じゃらしがいっぱいになって」
「さっきの説明より訳が分からん!!!! この馬鹿猫!! もういい! 貴様はその壁のそばで動かずじっとしていろ!」

 怒鳴られ、クラジュはすくみ上がり、壁に駆け寄っていく。彼が去った後には、スイカの種が落ちていた。そしてそのそばに、以前タネを撒き散らし大騒ぎを起こしたあのスイカが落ちている。

「……今の話、本当だったのか……」
「ほ、本当です!! 嘘なんかつきません!! スイカの種が飛んで、棚にあった猫じゃらしの種を吹き飛ばしちゃって……それが床に落ちたらこんなことに…………」
「スイカがやったような言い方をするなっ!! やったのは貴様だ!!!!」
「うええええ……怒らないでくださいいい……」

 にらみつけると、クラジュは泣き出してしまう。ますます腹が立つが、今は怒鳴るより先に、倉庫を片付けなくてはならないようだ。
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