竜の執事が同僚に迫られ色々教えられる話

迷路を跳ぶ狐

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第四章、二人と嫉妬

20.封じろ

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 狐妖狼たちの背中が見えなくなってからも、ダンドはセリューを離そうとはせず、群れが去っていった方を睨み付けていた。

「あいつら……俺のだって言ったのに……セリュー、大丈夫? 何された?」
「……別に何もされていない。彼らが侵入者の落とし物を拾ってきてくれたから、礼を言っていたくらいだ」
「お礼言うだけで、頬に傷なんてできない。絡まれたんだろ?」
「ただの腕試しだ。大したことない」
「……あいつらとは俺が話す。セリューは近づくな」
「なぜだ? 私だって、オーフィザン様の執事だ」
「そうだけど、近づくな!」
「お前はなぜそうやって、私をあいつらから遠ざけようとするんだっ!!」

 ついに、日頃ためていたものが破裂して、叫んでしまう。

 ずっと、不満だった。自分を狐妖狼の群れに近づけまいとする彼の態度が。

 いきなり怒鳴ったセリューに、ダンドは怒ることもせず、静かに話し出した。

「狐妖狼の中には、人族を嫌う奴らもいる。手が早い奴らもだ。さっきみたいに絡まれたらどうするんだよ」
「……あんなもの、私一人で追い払える」
「できるできないの問題じゃない! あいつらは群れで行動するし、囲まれたらどうしようもないだろ! 腕試しの決闘も、あいつらにとっては当たり前だけど、セリューは違う! 一人で近づくな!」
「お前は私を子供か何かだと思っているのか!? いらない心配だ!! 私は……」

 言いかけて、先ほどのボスの言葉を思い出す。

 ダンドが欲しい、連れて行くと言われ、腹が立った。ダンドは相棒だ。離してやる気はない。けれどこんな風に言われると、彼に力量を疑われているようで嫌だった。いつか彼が遠ざかって行くような気になってしまう。

「私はお前に心配などされたくない! 分かったら……」

 言いかけた言葉が小さくなって消えて行く。

 ダンドはすぐそばで、セリューを見下ろしていた。臨戦態勢というものだろうか。しかし、それならそれでこちらも引くつもりはない。

「なんだ……? 文句でもあるのかっ!?」
「俺に心配されるのが、そんなに嫌なのか?」
「嫌なんじゃない。必要ないだけだ」
「俺じゃない狼の匂い、つけたいのかよ!?」
「何を言っているんだ? 私は」
「セリューは俺が普段、どれだけ我慢してるか知らないだろ?」
「我慢? なんのことだ?」
「……すぐにそうやって、無防備に俺を見上げるだろ?」
「み、見上げるのが気に入らないなら離れろ!! これだけ近づかれたら……お前の方が背が高いんだ! 仕方がないだろう!」
「そういうこと言ってるんじゃないっ……!!」

 彼が苛立ちながら言って、セリューの頬の傷に触れる。開いたばかりの傷口に触れられ、ちくっと、そこが痛んだ。

「いっ……いたっ……や、やめろ……」
「こうやって、俺が知らないところで他の男に傷つけられるの見て、俺がどんな気になるか、考えたことあるのかっ……!?」
「し、知るか! そんなことっ……!」
「この前のオーフィザン様の件で、俺すげえセリューのこと心配してるんだぞ!!!!」
「あ……」

 言われて、やっとこの前のクッキーの件を思い出す。言われるがままに竜のケーキを口にして、ダンドを傷つけたことも。

 ダンドはひどく苦しそうな顔でセリューを見下ろしていた。

 最近、やけに心配するようになっていたダンドのことが気に入らなかった。しかしその理由をつくってしまったのは自分らしい。

 ダンドは苦しそうに口を開く。

「狐妖狼の中には、狩りのために森の植物を利用する奴もいる。毒でも使われたらどうするんだ」
「それは……」
「俺はっ……本当はっ……!!」

 叫ぶように言って、彼はセリューを抱きしめる。さっきよりずっと優しいのに力強いその腕の中にいたら、逃げる気も起こらなくなる。怯えているのか、彼の体も、獣の耳も尻尾も震えていた。

「俺、本当は、セリューを誰にも会わせたくない。セリューが傷ついたら嫌だし、俺が知らないうちに誰かに手ェ出されんのも嫌だ」
「ダンド……」

 セリューは、一呼吸おいて、彼の体を離した。そして彼を見上げる。彼の気持ちは嬉しいが、それでは寂しい。

「ダンド……お前の気持ちは嬉しい。この前のことは、本当に悪かったと思っている。だが……私たちはバディじゃないか。もう少し、信頼してくれ」
「信頼はしてる。力量も認めてる。俺の背中を預けられるのは、セリューだけだ。だけど、嫌なものは嫌」
「な、なんだそれは……矛盾していないか?」
「仕方ないだろ。セリューのこと好きなんだから」
「そ、それは今関係ないだろう!!」
「あるよ。セリューは俺の相棒だから、信頼してる。頼りにしてる。だけど好きだから守りたい。どっちも本音なんだ。仕方ないだろ?」
「……」

 そんなにまっすぐな目で言われると、反論もできない。卑怯な奴だ。ずるいじゃないか。こっちだって、他にもっと言ってやりたいことがあったはずなのに。

 彼の真剣な目から逃げるようにセリューが目をそむけると、彼は小さな声で、さっきはごめんと謝った。

「も、もういい……」
「そうじゃなくて、あいつらの前でキスしたこと。セリューが他のやつと話していたから、妬いたんだ」
「や、やく!!??」
「だって、俺じゃない狼の匂いがしたから」
「な、何もされていないぞ! 本当に、ただ一騎討ちの相手をしていただけだ!! お前以外のやつに、触れさせるわけがないだろうっ!!」

 感情のままに叫ぶと、彼は面喰らったように黙ってしまう。それが疑われているように思えてしまい、セリューはますます焦った。

「だ、ダンド!? 信じていないのか!? 本当だ!! 私はお前以外の男に体を許すつもりはないっ!!」
「それは信じてる……だけど………………それって……俺になら許すってこと?」
「はっ!? な、何を言っているんだ!?」
「だってそうだろ……」

 彼は真っ赤になって顔をそむける。彼のこんな顔を見たの初めてだ。
 そんな顔をされると、こっちの方が恥ずかしくなる。顔だけ熱くて、初めて自分の顔が赤くなるのを自覚してしまった。

「ち、ちがっ……違う!! そういうつもりで言ったんじゃない!! お、お前にも許さないが……その……だ、誰にも許さないという意味だ!! お前ならいいとは言っていない!!」
「……セリューこそ矛盾してる……さっき俺以外には許さないって言ったばっかりだろ……」
「矛盾じゃないっ!! 言い間違いだ!! わ、私はもう戻る!!!!」

 これ以上は顔をあわせていられそうにない。セリューは彼に背を向け城の方に歩き出した。けれど、彼も帰る先は同じだ。当然の如く、彼はセリューについてくる。

「ねえ、セリュー。待ってよ」
「うるさい!! さっきのは言い間違いだ!!」
「そうじゃなくて、さっきボスが去り際に言った、諦めないって、なんのこと?」
「はっ!? そ、それはあいつがダンドを連れて行くと言ったからっ……それはダメだという話をしていたんだ!! 言っておくが、お前がいないと仕事に支障をきたすからだぞ!! あくまで、仕事のためだ!!」

 本当のことを言っているはずなのに、仕事のところだけ、やけに強調してしまう。ついでに声までところどころ裏返ってしまい、これでは嘘だと言っているようではないか。

 すでに追いついてきたダンドは、笑顔で尻尾を振っていた。彼がこんな顔をして尻尾を振るのを、セリューは初めて見た。心から嬉しいと言われているようで、ますます恥ずかしくなる。
 もう顔をあわせていたくないのに、そんな顔で尻尾を振る彼が可愛くて、目を離せない。確かに矛盾している。

 彼は、満面の笑みでセリューの顔を覗き込んでいた。

「なに? 俺をとられると思ったの?」
「そうじゃない!!!! あくまで、仕事のためだと言っているじゃないか!! も、もういいだろう!! さっさと厨房に戻れ!!」
「今日はそっちは休みなんだ。ねえ、セリュー」

 やっと城に入ったところで、ダンドはセリューの前に回り込んでくる。

「少しくらい、本当のこと聞かせてよ」
「ほ、本当のことなら言った……な、な、なぜ私が嘘をついていると思うんだ?」
「……そんな真っ赤な顔で涙目になりながら言われても、説得力ないよ……? さっきから声も裏返ってる」
「うるさい!! 裏返ってなどいない!!」
「セーリュー……それは無理があるんじゃない?」
「お、おいっ! はなせ!」

 彼はセリューの手をとって、そばにあった部屋に連れて行く。普段、魔法の道具をしまうそこには、今は何も置かれておらず、当然人もいない。天井から吊り下がる、小さな明かりしかない狭い部屋で、ダンドはセリューを壁に追い詰めた。

「お、おいっ……!! こ、こんなところに連れ込んでっ……! た、ただで済むと思うなよ!!」
「……」

 無言で近づいてくる男は、ひどく高揚しているようだった。

 かすかな恐怖を感じながらも、胸が熱くなる。

 ダンドは赤い顔をしていて、ひどく息が荒い。

「すっげ……本当に真っ赤……可愛いー……」
「な、何をする……離せ……」
「だって……セリューがそんな顔するから……」
「な、何っ!? んっ……!!」

 不覚にも、また彼に唇を奪われてしまう。さっきより強く捕まえられ、押さえつけられた腕が痛む。
 余裕のなくなった彼に、何度も深くまで奪われて、すでにそれに応じるだけではなくなっていた。
 自分から、彼を欲したセリューを、ダンドは突き飛ばすようにして離れる。

「何で……そういうことするんだよ…………っ!!」

 すぐそばで強く言われて、反射的にびくっと体が震える。
 セリューを見下ろしているダンドは、荒々しい獣のように興奮していて、まるで捕食者に狙われているような気になってきた。

「だ、ダンド……?」
「自分からキスするとか……もう俺、そろそろ我慢の限界だ」
「お、落ち着け……っ!!」

 熱く、かすかに汗ばんだ手が、セリューの頬に触れる。頬の上を、目の前の男の鋭い爪の先がゆっくりと滑って、そのまま食いつかれそうだ。

「封じろよ。俺の力……封じられてぶん殴られたらやめるから……っ!」
「はっ!?」

 動揺するこちらの隙を、見逃す男ではない。それは知っていたはずなのに、隙だらけの姿を晒してしまう。

 彼の手が、無防備になったセリューの首に触れた。

「お、おい……」

 首に絡みつくように巻かれる男の手。恐怖以上に、出どころのわからない震えで、体がびくっと揺れる。ただ彼の手が、肌に触れただけなのに、それがゆっくりと動くたびにびくびく震えてしまう。
 毎日のように触れられてきたセリューには、この先されることは容易に想像できてしまう。

 胸が高鳴る。

 目の前で、本能を押さえ込もうとしているダンドに、高揚していることが伝わってしまいそうだ。
 彼に触れられるたびに、くすぐったい恐怖がセリューを震わせた。

「……んっ……! ……っ……や、やめっ……ろ……」
「早く封じろって……襲うよ?」
「お、襲っ……!? な、何を言っているんだ!? 約束を忘れたのか!? 私が嫌がることはしないんだろうっ!?」

 怒鳴りつけたはずなのに、その男は一向に構わずキスしてくる。
 食らいつくかのような強引な愛撫から、すでに逃げる気などなくて、この身を任せてしまいそうだ。

「封じろよっ……ごちゃごちゃ言ってるとこのまま抱くぞっ!!!」
「……っ!!」

 乱暴なキスと共に、着ていたものに手をかけられる。

 そこでやっと、セリューはダンドの力を封じる宝石を取り出した。突き出されたそれを見て、ダンドは力を緩めてくれる。少し悲しそうなその顔を見ると、胸が痛い。それでもまだ、先へは進めなかった。

「だ、ダンド……やめてくれ……こ、これ以上は……」

 震えながら言うセリューを、寂しそうにしながらも、ダンドは離してくれた。まだ彼の力を封じてはいない。それでも、宝石を見て、セリューの意思を汲み取ってくれたらしい。

 まだ体が収まらない。鎮めようと胸を押さえるセリューに、かすかに寂しさを見せながらも、ダンドは微笑んだ。

「俺……少しは期待していい?」
「……き、期待……?」
「セリューと付き合えるかもって。だめ?」
「……す、少しだけだぞ……」
「本当!? やった!!」

 この無邪気な顔を見ると、逃げられなくなる。途中でやめさせたのに、彼は笑顔で尻尾を振りながら振り返った。

「セリュー、俺、ちゃんとずっとセリューの相棒だけど、そのうち彼氏になっていい?」
「は!? ふ、ふざけるなっ!!」
「ふざけてないよー」

 笑いながら部屋を出て行った彼を見送って、セリューはしばらく高揚した体を抑えていた。
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