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第二章、二人の任務
10.ありがとう
しおりを挟む弾丸が飛んできたのは、オーフィザンの寝室からだ。主の寝室を、あの猫がこれ以上荒らすのを許してはおけない。
ぐっと短剣を握り、セリューは、ソファの陰から寝室目掛けて走り出した。
寝室から弾丸が無数に飛んできて、セリューの体をかすめていく。
攻撃の勢いが思ったより激しい。とても避け切れない、そう思ったとき、後ろから飛びついて来たダンドに、セリューは弾き飛ばされた。
彼はセリューを連れて、近くの柱の影に隠れる。
「大丈夫? セリュー」
「ああ……あのクソ猫、ついに撃って来たぞ」
「うん。スイカと種ね」
「…………なに?」
自分がきた方に振り向くと、床に散らかっているのは弾丸ではなく、小さなスイカの種と、小石くらいの大きさのスイカだ。執務室の外の廊下の壁にめり込んでいるのも、同じようなものだった。
セリューが廊下で見た赤い汚れは、スイカの汁だったのだろう。セリューの体にいくつもできた、銃創だと思っていたものも、赤くなって擦り切れているだけだった。
そんなものを弾丸と思い込み、真剣に相手をしていたかと思うと、真っ赤になりそうなほど恥ずかしい。
(クソ猫め……殺すっ……!!)
再び心に決め、セリューは寝室の方に向き直る。
セリューたちが隠れた柱の辺りは、寝室の扉のおかげで死角になり、向こうからは見えないはずだ。
しかし、同じようにセリューたちにも、扉の向こうの寝室にいるはずのクラジュの姿が見えない。
クラジュがいるはずの場所に向かって、セリューは怒鳴った。
「おいっ!! クソ猫!! 無駄な抵抗はやめろっ!!! とっとと出てこないと吊るすだけでは済まさんぞ!!」
「……セーリュー……そんなこと言ったら余計出てこなくなるでしょ……」
隣でダンドに呆れたように言われると、苛立ち熱くなった頭が冷静になっていく。
セリューが落ち着いてから、ダンドは寝室に向かって話しかけた。
「クラージュ! もしかして、なんか暴走させた??」
「うわああああん!! ダンドおぉお! これどうやって止めるのおおぉっ!?」
すぐに涙まじりの声が助けを求めてくる。どうやら、魔法の道具を暴走させ、自分では抑えることができなくなっているらしい。これも、いつものことだ。
ダンドが柱に隠れたまま、解決策を探ろうと優しく寝室にいるはずのクラジュに提案した。
「まずは、持っていったものが何か教えてー?」
「ひっく……ひっく……ふぇぇ……」
「泣かないで。クラジュ。ちゃんと助けてあげるから」
「ダンドお……」
「だから、まずは落ち着いて、何持って行ったか教えて?」
「……厨房にあったスイカの小さいの……」
「小さいスイカ? あ!! あれか!! 厨房にあったスイカ作る道具!! 冬にスイカ食べたいっていった奴がいて、オーフィザン様に作ってもらったんだ。だけどそれ、なぜかおかしな警備機能付きで使い難くってさ。結局夏になったら使わなくなって……」
「うわあああん!! なんでこんな危ないものが厨房にあるの!?」
「オーフィザン様に返すつもりが、忘れてた。ハハハ」
「ダンド!!」
「それより……ねえ、クラジュ……なんでそんなの持ってるの? クラジュはしばらく厨房立ち入り禁止だよね?」
「……」
「クラジュー?」
「……裏口の鍵壊した……」
やっぱりか、とも、またかとも言いたくなるような返事を聞いて、ダンドはひどく冷たい目をしていた。
「クラージュ……いーま行くねー……」
「…………」
穴のあいた障子から吹きつけてくるようなその声音を聞いてすくみあがったのか、もうクラジュの返事は聞こえない。
「……お前、少し怖いぞ……」
つい、本音が漏れるが、ダンドは笑顔でセリューに振り向く。
「行ける? セリュー」
「……ああ、任せておけっ!!」
セリューは、その場に槍を突き立て、結界を張った。これで、魔法の道具が作り出す種もスイカも、結界に囚われ、その場で停止するはずだ。
ダンドが寝室に飛び込んでいく。
彼目掛けて飛んでくるスイカも種も、結界に入ると魔力を失い床に落ちて行く。
けれど、まだ力を持っていたのか、壁にめり込んでいた種とスイカが、背後からダンドを狙って飛んできた。
(まだ動くのか!!)
結界に飛び込めば、それもすぐに力を失い停止するはずだった。けれど、小さなスイカだけは、勢いよくダンドに向かって飛んでいく。あれだけ魔力が異常に強いらしい。
セリューは槍の結界は維持したまま、そのスイカに飛びかかった。何とか捕まえたそれは、セリューの腕の中でパンと破裂する。
その間に、ダンドは部屋を駆け、寝室の隅に座り込んでいるクラジュのそばに転がったスイカを一刀両断にした。すると、スイカは水になって消えていく。
「クラジュ! 大丈夫?」
さっきとは違い、優しく聞かれて安心したのか、クラジュは泣き出しながらダンドに飛びついていく。
クラジュの茶色い髪から見える狼の耳は、ペタンと垂れて、狐の尻尾も垂れていた。茶色いショートカットの髪はスイカの汁で少し濡れている。小柄な彼をダンドが抱き締めると、クラジュはますます激しく泣き出した。
「うわああああん!! ダンドおおお!!」
「よしよし。怖かったね」
なにがあっても結局クラジュに甘いダンドは、クラジュの頭をあやすように撫でている。
セリューが近づくと、クラジュはサッと彼の後ろに隠れた。相変わらずこの猫は、すぐに他人の後ろに隠れる。
酷い目に遭ったのはダンドも同じなのに、彼はセリューの方に向かって言った。
「セリュー、そんな怖い顔しないの」
「お前たちが甘やかすからこうなるんだ!!」
「まあまあ」
そう言ってセリューを宥めると、彼は今度はクラジュに向き直った。
「クラジュ。今日はオーフィザン様がいらっしゃらないから、俺といようね。離れちゃダメだよ」
「う、うん……」
ぐすぐす泣きながら、クラジュは立ち上がり、セリューにちらっと怯えた視線を向けながら、ペコっと頭を下げた。
「せ、セリュー様……も、申し訳ございません……す、スイカも……ぐちゃぐちゃになっちゃって……」
「この期に及んでスイカの心配か。口の中に入るだけ詰め込んでやろうかっ!!」
「そっ……そうじゃなくて……あ、す、スイカも勿体なくて、スイカにもごめんなさいなんですけど、セリュー様もスイカになっちゃって……」
「スイカになったんじゃない。お前のドジのおかげで破裂したスイカまみれになっただけだ。舐めた真似をしてくれたな……」
「う、うう……な、舐めてなくて、スイカ食べたくてそれでスイカが」
「黙れっ!!!! 一人では騒動ばかり起こすというなら私と来い!! しつけ直してやる!!」
セリューが怒鳴りつけると、クラジュはまたダンドの後ろに隠れてしまう。謝っておきながら全く反省の態度が見えない、こういうところがますます腹立たしい。
もう引きずり出して、本気でしつけ直してやりたいところだが、ダンドはクラジュを庇うように手を繋いで背中に隠してしまう。
「はいはい。クラジュをいじめないでね。クラジュは俺に任せて、セリュー、俺が庭、セリューが城だったよね?」
「ああ……それで構わないが……そのクソバカ猫は置いて……おい!!」
セリューの言葉を最後まで聞かず、ダンドはクラジュの手を引いて、部屋を出て行く。
「じゃあねー。セリュー。城は頼んだよ。庇ってくれて、ありがとう」
「待て」と叫びたかったのに、ニコニコ笑って去っていく彼を、呼び止めることもできずに見送るだけになってしまう。
彼が言った、「ありがとう」という一言が、怒っていたはずのセリューの心を包んでしまい、動けなくなった。
いつも一緒に戦っていて、ありがとうと言われたこともあったのに、その一言に動揺したのは初めてだった。
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