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第二章、二人の任務
9.猫と対決
しおりを挟む城の中は、何事もなかったかのように、朝を迎えていた。
食事をとるために食堂へ向かう者もいれば、窓を開き掃除を始める者、各部屋の洗濯物を集める者、シーツを持って洗濯場に走る者など、誰も彼もが今日一日を始めている。
平穏な朝といった様子だった。
しかし、ここにはそれを脅かす者がいる。オーフィザンから城を任せられたのだから、そんな危険なものは排除しなくてはならない。
セリューは、そう決意しながら、廊下を歩いていた。
早くあの危ない猫を捕まえたいところだが、猫の行き先など見当もつかない。
最近オーフィザンが魔法で改築したこの城は、五階から地下の二階まであり、塔も加えたら、歩いて全て探していたら日が暮れても終わらないくらい広い。
どこか、見当をつけなくてはならない。
「ゴミ捨て場か!!」
「なに言ってるの? セリュー……」
隣のダンドが呆れたように半眼でセリューを見てくる。かなり的確な意見だと思うのだが。
「あの猫はそういったところを漁っていそうだ」
「そういうこと言ってると、そのうち天罰が下るよ? だいたい、そんなとこにクラジュがいるはずないだろ」
「では、お前はどこにいると思うんだ?」
「厨房で盗み食いしまくった後だから……眠くなってどっかで寝てるんじゃない? オーフィザン様がクラジュのために作ったお昼寝部屋、探してみようよ」
「……そうだな……」
確かに、普段クラジュは食べている時以外は、オーフィザンの作った部屋で昼寝をしている。厨房にいないのならそこだと言うダンドの意見は、クラジュの行動パターンに沿っている。
納得はしたが、なんとなく腹立たしい。セリューが誰より大切に思う主人が、あんな猫に夢中だと思うと、毎回セリューの心にはどす黒い感情が生まれてくる。
怒りを反映するように早足になるセリューに、後ろからダンドが駆け足で付いてきた。
「セリュー、どうしたの? 待ってよ」
急ぐぞと言って歩いて、すぐにセリューは、クラジュの昼寝部屋についた。
扉には、可愛らしい猫のルームプレートが下がっている。これを見ると、どうしてもクラジュの顔を思い出してしまう。
扉を乱暴に開く。
広い部屋には、一人で寝るには明らかに大きいキングサイズのベッドに、クラジュ専用の布団、クラジュのお気に入りのぬいぐるみが置いてあって、クラジュの大好物のクッキーを入れるカゴが浮いている。
壁にはクラジュの尻尾をブラッシングするためのブラシがいくつも吊り下げられていて、クローゼットにはクラジュ用の寝巻きが山ほどあるはずだ。
窓にはクラジュの好物、スルメの柄のカーテンがかかっている。
カーテンは特にクラジュのお気に入りだったが、以前寝ぼけたクラジュが噛みついたことがあり、オーフィザンにそれとなくやめるように進言したが、「可愛いじゃないか」と真顔で言われ、それ以上、セリューはなにも言えなかった。
一方、それを「馬鹿なんですか?」と冷たく言ったダンドは、カーテンを外して窓を開ける。
オーフィザンが決めたカーテンを当然のように外すダンドを、セリューは止めようと近づいた。
「おい、そのカーテン……」
「クラジュが噛み付いたあとがたくさんついてる。あちこち破れて糸も出てる。こんな柄だと、クラジュが寝ぼけて何度も噛みつくんだ。だからやめろって言ったのに……もう変えた方がいい」
「…………そうだな……」
あっさり納得してしまう。オーフィザンには悪いが、彼のいうとおりだ。
カーテンがなくなった窓からは、気持ちのいい風が入ってくる。ポカポカと温かいいい日だ。
だが、探していた猫は部屋のどこにもいない。
セリューが窓のそばに近づくと、そこにはクラジュの尻尾の毛が落ちていた。どうやら、あてが完全に外れたわけではなかったらしい。
ダンドが、ベッドの上に浮いているカゴをジャンプして捕まえ、中を覗き込んだ。
「またクッキー全部食べてる! オーフィザン様に全部あげないようにって言ったのに……全く……」
彼は、クラジュのことになると、どうも過保護になる。
カゴの中のクッキーは、全てダンドが焼いた物で、彼が焼くクッキーはクラジュの一番の好物だ。
クラジュはよく、オーフィザンの膝の上であのクッキーをねだっている。あの猫は寝ながら食べてばかりだ。
その上、オーフィザンからいただいた部屋をこんな風に汚してダラダラしているなど、ますます腹が立つ。セリューの部屋も四六時中散らかっているのだが、こういうときはそんなことはすっかり頭から抜けるものらしい。
「行くぞ。ダンド。ここにいないのなら、庭かも知れん」
「確かに庭で日向ぼっこはクラジュのお気に入りだけど……セリュー、よく知ってるね。もしかして、最近クラジュと仲良く」
「なるかぁっっ!!!! 誰があんなバカ猫とっっ!! 木の上は最近知った!! 私が庭で魔物の気配を探っていたら、上から落ちて来たんだ!! あの馬鹿猫、木から城に飛び移ろうとしていたらしい……そのせいで、やっと見つけた魔物の気配は消えるわ上着は破れるわバカ猫が持っていたクリームは頭からかぶるわ…………あのクソ猫っ……!!」
「ああ、あの、セリューがクリーム被りながら半裸で城中追いかけっこしてた日? シュークリーム作ろうとしてたのに、クラジュが持っていっちゃったんだよね……セリュー、あんな格好で走り回っちゃダメだよ。俺も嫌だ」
「走りたくて走ったんじゃない!! あの馬鹿が逃げるから……もう厨房には鍵をかけろ!! あの猫が盗み食いできないように!」
「もうつけた。で、昨日壊された。厨房においてあった鰹節のおにぎり、どうしても食べたかったんだって。可愛いね」
「なにが可愛いもんか!! 泥棒と全く同じことをしているだけだ!!」
「いいじゃん。あの後一日中オーフィザン様にお仕置きされて泣いてたんだから。可愛いね」
「………………お前、実は怒っているのか?」
「なんで?」
首を傾げるダンドは、顔は笑みを作っているのに、目は全然笑っていない。
料理人という仕事は、彼がずっと憧れていた仕事で、誇りを持って厨房に立っていることはセリューもよく知っている。そこを何度注意しても荒らされたのでは、さすがのダンドも穏やかに見守るだけとはいかないのだろう。
ともあれ、大切な場所を荒らされたくないのはセリューも同じだ。セリューにとっては、主人であるオーフィザンのこの城が、守るべき大事な場所だ。それを荒らす猫をいつまでも野放しにしておくわけにはいかない。
クラジュを探して廊下を歩いていると、反対側からシーニュが歩いてきた。クラジュの友人でいつも物腰の柔らかい、クラジュの良き理解者だ。
シーニュに向かってダンドが手を振る。
「あれ? シーニュだ。シーニュー!」
「ダンド……セリュー様も。あー……朝から大変ですね」
シーニュは、どことなく困ったような顔をして目をそらす。
彼は、クラジュが城に迎えられた時からクラジュの面倒を見ていて、当然、クラジュが引き起こすことも知り尽くしている。
「……もう知っているのですか?」
セリューがたずねると、シーニュはどこか困ったようにうなずいた。
「はい。まあ……クラジュのすることはすぐに広まるから……」
「では、今、あのバカね……失礼。あのクソね……いえ、ゴミ猫がどこにいるのか、ご存知ありませんか?」
「……馬鹿とクソは言い直すのに、なんでゴミならいいんですか……俺は見てないけど、五階の掃除してたやつが、クラジュがオーフィザン様の部屋に行くの見たって、言ってましたよ」
「なんだと……あのっ……クソ猫っ!!」
事もあろうに、主人であるオーフィザンの部屋に無断で立ち入るなど、決して許せない。
怒りに任せ、セリューは走り出した。
背後からダンドも追ってくる。
「待ってよ!!」
叫ぶ彼を無視して、セリューは槍を使い結界を張る。高められた身体能力で、セリューは窓から隣の尖塔に飛び移った。
「セリューっ!! 危ないよっ!!」
ダンドはそう叫ぶが、この程度なら、魔物との戦いで慣れている。
セリューは、尖塔の屋根から、城を見上げた。
太陽を背にして、城の最上階にあるオーフィザンの部屋のカーテンが揺れている。
竜と魔族のハーフであるオーフィザンは、出かける時も帰る時も、空からだ。背中の羽を広げ窓から飛び立つ姿は神の如き神々しさだと、セリューは本気でそう思っていた。
ここからあの部屋までは、城の中を走るより、外に出て塔と壁に飛び移りながら行った方が早い。
セリューは槍を構え、少し離れたところの窓枠に飛び移る。この城のことは、中の構造から外装の様子まで、知り尽くしている。
足場になる場所に飛び移りながら、オーフィザンの部屋の近くの廊下の窓から、中に入る。オーフィザンが出入りする窓から部屋に飛び込むのが一番早いのだが、そこは、主人が扉として使う場所だ。立ち入るわけにはいかない。
窓から中に入ると、廊下には、そこら中に赤い汁が散らばっていた。あまりにひどい惨状に、セリューの頭に血が上る。
セリューは、オーフィザンの部屋の扉を、破壊してしまいそうな勢いで開いた。
「見つけたぞ!! クソ猫っ!!」
怒鳴り込んだ先には、オーフィザンの執務室があるだけで、クラジュの姿はない。
しかし、部屋の中は荒らされてぐちゃぐちゃだ。
ここは普段、オーフィザンが書き物をしたり、魔法の道具の調整をする大切な部屋だ。それなのに、動物のようなものが走り回った後のように、部屋にあったものが倒れたり割れたりしていた。
「あの猫……今日と言う今日は…………クソ猫!! 出てこい!! 隠れても無駄だぞ!!」
怒鳴りながら中に入ると、執務室の奥にある、開けっぱなしにされた扉から、何かが飛び出して来た。それはセリューの横をすり抜け、壁にいくつも穴を開ける。
発砲されたのだと思ったセリューは、そばのソファの影に隠れた。
続いて、また何度も響く銃声のような音。
(あのクソ猫っ……! ついにこういう手段に出たか!!)
こちらの得物は短剣一本と、オーフィザンから賜った大槍。飛び道具に立ち向かうにはかなり不利だが、だからといってあんな猫に後れは取らない。
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