竜の執事が同僚に迫られ色々教えられる話

迷路を跳ぶ狐

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第二章、二人の任務

8.触るな!

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「こっちです。セリュー様」

 料理人の一人に案内され、セリューは厨房の奥にある食糧庫に急いだ。
 そこは、城中の人間が一週間ほど腹一杯食べられそうなほどの食料が、魔法で新鮮な状態を保ったまま並べられているはずの場所だ。
 しかし、今はまるで惨劇の現場のように、赤く染まっていた。

 明かりは小さな間接照明しかない、薄暗く管理された冷たい食糧庫の床に、赤い塊が散っている。
 ぐちゃりとつぶれ、赤い汁を周りに広げているそれに近づくと、甘い匂いがした。

「……スイカ?」

 拾い上げると、ちょっと生温くなってしまったそれから、夏の風物詩の香りがする。

 しかし、今は春。それに、普通のスイカよりだいぶ小さく、凸凹していて皮が茶色い。

 光にかざしてみると、皮はじゃがいものそれだということに気付いた。大きさも確かにじゃがいも。じゃがいもの中身だけがスイカになっている。そんな訳のわからないものが、食糧庫のいたる所に飛び散り、つぶれている。

 ますます燃え上がりそうなほどの怒りが湧いてくる。

 昨日は全く寝ていない。寝不足なところに、早朝から早速こんな馬鹿らしいことが起こる。

 しかし、これであの猫を葬る口実ができたと思えば、これも幸運だ。
 セリューはずっと、クラジュはオーフィザンにはふさわしくないと思っていたし、いつか追い出したいと思っていた。
 今こそその時だ。

 怒りに燃えるセリューとは対照的に、後ろでじゃがいもを拾い上げるダンドは、どこか呑気な様子で言った。

「クラジュ……どうせまた盗み食いしようとしてオーフィザン様の魔法の道具を勝手に持ってきたら料理人に見つかりそうになって道具落として暴走させちゃったんだ……」
「……想像のわりに詳細だな……ダンド……」
「だってクラジュだよ? いつもそういうことやるじゃん。可愛いねー。きっとびっくりして逃げちゃったんだよ。どうする? セリュー」
「……あのクソバカ猫を探す…………そして今日と言う今日はあの猫を城から追い出す!!!!」
「はいはい。クラジュをいじめないでね。じゃ、行こうか」

 彼はいつものように言って歩き出す。セリューとは対照的に、ダンドはいつもクラジュに甘い。彼は同じ狐妖狼であるクラジュを、弟のように思っているらしい。

 セリューは、すぐにダンドの背中を追ったが、大事なことに気づいた。

 この男と並んで歩くなど、ごめんだ。

「ま、待て! 私が追う!!」
「うん。だから一緒に行こう?」
「行かない。あのクソ猫は私一人で追う」
「だめ。セリューは絶対、クラジュに何かするだろ?」
「して何が悪い!! あの猫は今日と言う今日こそ」
「はいはい。行こう?」

 話を最後まで聞かずに差し出された手に腹が立つ。ダンドの態度はまるで、子供をなだめるようだ。

「手は繋がない! 二度と繋ぐか!!」
「なんで?」
「昨日のことを忘れたのか!?」
「覚えてるよ」
「そっ……それならなぜそんなにっっ…………と、とにかく繋がない! 一人でいく!! お前は庭でも探してこい!!」
「無理。セリューは俺がつかまえてないと、クラジュをいじめるだろ?」
「あのクソ猫は自業自得だ!」
「はいはい。セリューがそう言う限り、俺はセリューについていくからね」

 平然と言って、ダンドは歩き出す。ただし、今度は手は繋がずに、かわりに横に並んでいた。

 それだけならよかったのだが、やけにその距離が近い。手を繋いで歩いている時よりずっと彼がそばにいて、袖と袖が擦れ合ってしまいそうだ。
 触れていないのに、たまにぶつかりそうな袖が、心を揺さぶっていく。
 こんな距離でいるなんて、むしろ手だけの方がマシではないか。

「お、おい……」
「セリュー、いいって言ったじゃん」
「い、言ったが……もう少し離れて歩け!」
「ダメ。すぐ止められるくらいそばにいないと、セリュー、クラジュに殴りかかるから」
「……だからなんだ!! そ、それの何が悪い!! 離れろっ!」
「ダメ」

 ダンドの口調は強い。引き下がりそうにない。

 そして、セリューの方を見て、悪戯っぽく笑う。

(まさか……わざと!?)

 一度そう考えると、ますますそんな気がしてくる。手を繋がないという要求を飲んで、代わりに近づいてくる気なのかと。なんて卑怯な男だ。

 セリューは、慌てて彼から飛び退いた。

「お前! わざとか!!」
「何のこと?」
「最初からこのつもりだったのか! 大人しく要求を飲んだフリをして隙を作らせたな!!」
「なにそれ。考えすぎー。俺はセリューのそばにいたいだけ」

 素直な笑顔で言われ、怒鳴る気が削がれていく。

 彼はいつもこうだ。ニコニコ笑ってセリューの戦意を削ぐ。

(確かに……そうかもしれない。隣を歩くくらいなら……いいか……)

 そんな風に当たり前のように言って微笑まれると、勘繰った自分のことが少し恥ずかしい。
 チラッと隣を見ると、彼は特に気にも留めずに歩いている。

 気を取り直して歩き出す。けれど、やはり距離が近い。

 しかし、さっき、手を繋がなければ一緒に行くと言ってダンドは了承した。今更、言ったばかりのことを撤回し、やっぱり並んで歩くのは嫌だとは言いたくない。
 それに、触れ合っていないのに、すぐそばに彼がいることがくすぐったくて嫌だと口にできない。

(慰めてやるだけだ……それだけだ!!)

 突き放されてしゅんとしていた彼がかわいそうだからと、相手のいない言い訳を頭の中でしながら歩くセリューを、ダンドがこっそり笑顔で盗み見ている。

 その後ろでは、去っていく二人を、新人料理人が、先輩の料理人と共に眺めていた。

「あの二人、仲良いっすね……」
「夫婦だからな」
「付き合ってんすか?」
「お前もやるか?」

 先輩の料理人が差し出したメモには、セリューとダンドの名前と、その上に、どっちが先に告るかと書かれていた。賭けをしているらしい。
 投票数は、ダンドが十人、セリューが九人で、ダンドが少し優勢だった。
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