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第二章、二人の任務
6.二度と組まない
しおりを挟む朝は大事な時間だ。一日の準備をするための、貴重な時間だ。
いつもなら、朝早くから一日を始めるための準備をする。そうでなくては、オーフィザンの執事など務まらない。
それなのに、今日はその大切な朝に、全く集中できない。
何もかも、急に襲いかかってきたあの獣のせいだ。
同僚の執事から突然の告白を受け、口付けまで奪われたセリューは、一晩かけて描いた地図を八つ当たりぎみに殴りつけた。
(くそっ……ダンドっ……!)
結局あれから一睡もできなかった。いくら眠ろうとしても、あの腹立たしい男のことばかり考えてしまう。それどころか、忘れようと顔を伏すたびに、昨日言われたことが蘇る。
だから眠る代わりにと、夜を徹して、魔物が出たあたりとそれによる被害を書き込んだ地図を作っていたが、それでも何度もあの勝ち誇った顔がこちらに向かって笑う。
痛む頭をおさえ、セリューは窓を開いた。
この城の窓は、どれも空を飛ぶ種族がそこから中に入ることができるように、大きくなっている。とくに、セリューの部屋のこの窓は、全て開くと、竜が入ってこれるほどだ。
全開にされたそこから、朝の涼しい風が入り込んでくる。いつもならそれでリラックスできるのに、今日は風のことよりダンドのことを考えてしまう。
仕方なく、地図の前に戻る。
(ダンドの奴、一体どういうつもりだ!!!!)
思い出すとますます腹が立つ。もう昨日の事は全て忘れてしまいたいのに、セリューの記憶の中に居ついたダンドは、こちらに振り向いて自信に満ちた顔で笑った。
(俺が奪うから)
「黙れっっ!!」
怒りに任せて、ペンを突き立てる。しかし、そのペンが、セリュー自身が作り出した幻に刺さることはなく、代わりに出来上がったばかりの地図に穴をあけて、大きく先がひしゃげてしまった。
せっかく作った地図が台無しだ。穴があいてしまった地図など、オーフィザンに渡せない。書き直すしかない。
睡眠時間どころか、徹夜で作った地図までなくなってしまい、セリューはがっくりと肩を落とした。
必要なくなった地図を片づけようとすると、突然、窓から突風が入ってきて、周りにあった書類を吹き飛ばしてしまう。
バラバラに舞う書類の中から、地図だけがふわりと何かに操られるように飛んで、窓から入ってきたオーフィザンの方へ飛んでいった。
「よくできているじゃないか。セリュー、報告はこれでいい」
「お、お待ち下さい! それは……」
取り返そうとしたが、それより早く地図はクルンと丸められ、セリューから遠ざけられた。
慌てるセリューに、主人は笑顔を見せてくれる。
「よくやった。セリュー。しかし……俺は休めと言ったはずだぞ」
「それは……も、申し訳ございません……」
まさか、夜通し眠れなくて作業していたとは言えない。
言い訳のしようもない上に、また昨日のことを思い出してしまい、もうオーフィザンと顔を合わせることすらままならない。
けれどオーフィザンは、どこか楽しそうに顎に手を当てていた。
「昨日は眠れなくても無理はない……」
「へっ!? あ、いえ……な、なんのことでしょう……」
「俺は今から出かける」
「い、今からですか!? 日が昇ったらと……」
「そんなもの、いずれ昇る。後を頼んだぞ。今日は一日帰らない。ダンドと協力して、城を守れ」
「だ……ダンドと……」
昨日襲われたばかりの男の名前を聞いて、勝手に汗が流れてくる。
少し前までなら、誰より信じることができる相棒だったが、今はもう、二度と組むものかと昨日誓ったばかりの男だ。しばらくは顔も見たくない。
けれど、オーフィザンの命令は絶対だ。
ジレンマの中で迷うセリューに、オーフィザンは意地悪く笑った。
「セリュー……」
「は、はいっ……な、何か……」
「跡がついているぞ」
「あ、あと!?」
とっさに、唇をおさえる。まさか、昨日の晩のキスのあとでもついているのだろうか。
慌てふためくセリューを見て、オーフィザンはまた笑って、頬を指す。
「こっちだ」
「え……」
言われて、オーフィザンが指しているのと同じあたりに触れてみると、そこが凹んでいた。どうやら、ダンドのことを思い出し、腕を下敷きにして顔を伏していたときに、頬にあとがついてしまっていたようだ。
お門違いのところに手を当ててしまい、真っ赤になるセリューの両肩を、オーフィザンはポンと叩いた。
「ダンドは生意気だが、いい奴だ」
「はっ!!?? えっ……い、い、い、一体……な、な、な、なんのこと……でしょうか……?」
「いや、気にするな。仲良くやるんだぞ」
「な、仲良く……お、お待ちください! オーフィザン様!!」
セリューが止めても、オーフィザンは羽をひろげ、地図を持って窓から飛んでいってしまう。
残されたセリューの頭に、また不本意にもあの男の言葉が蘇り、頭を抱えてそれを打ち消した。
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