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第一章、初めての告白
4.気に入らない
しおりを挟むダンドと共に食堂に来たセリューは、彼がミルクを温めるのを長椅子に座って待ちながら、唯一、オーフィザンに対して不満に思っていることについて、愚痴をこぼしていた。
「オーフィザン様は一体いつまであの猫をそばに置いておかれるおつもりだ……」
セリューが言う「猫」というのは、オーフィザンの妻になった、狐妖狼族のクラジュのことで、セリューの天敵とも言える男だ。
不満ばかりが溢れ出すセリューに、厨房から出て来たダンドは微笑んで、湯気をあげるマグカップと茶菓子を乗せた小皿をテーブルに置いてくれる。
「ずっとに決まってるでしょ。クラジュはオーフィザン様の妻なんだから」
「……」
「どうぞ。イライラが治るよ」
「……」
疲れたセリューに、ダンドが用意してくれたのは、湯気をあげる熱々のホットミルクと抹茶の味のチョコレートのトリュフ。他の人間には秘密にしているが、セリューは甘いものが好きだった。料理人としての顔も持つダンドが作るお菓子は、セリューの一番の好物だ。
出されたホットミルクに口をつけると、温かい湯気が体を包んでくれる。ダンドの入れるホットミルクは、砂糖が入っていなくても、ふんわりと甘い。仕事の終わりにこれを飲むと、いつもリラックスすることができる。
とうに夕飯時は過ぎ、深夜の食堂には二人以外、誰もいない。ほろ苦いトリュフは、口に含むと優しく溶けていった。
「うまい……」
「そう? よかった」
隣でダンドが微笑んでいると、イライラも勝手に収まっていく。彼はテーブルに寄りかかり、ブラックコーヒーの入ったマグカップを傾けていた。
「……お前も食べないか?」
セリューがすすめても、ダンドは首を横に振る。
「セリューのために作ったから」
「……そうか……ありがとう……」
ありがたく皿に残ったトリュフをくわえると、溜まった体の疲れも、心の淀みですら蕩けて消えていく。今は上着も脱いで、楽な格好だ。テーブルに肘をついて、暖かいマグカップを手に取ると、体の緊張がほぐれていくようだった。
「……セリュー、嬉しそうだね……」
「……ん? そうか……? これを食べているからな」
「……………………シャツ……」
「は? シャツ?」
言われたとおり、自分のシャツに視線を下ろすと、ボタンがおかしなふうに歪んでいる。どうやら、オーフィザンの前で慌てて着た時に、掛け違えてしまったようだ。
ずっとそれに全く気づかなかったなんてと思うと、ひどく恥ずかしい。セリューは急いでボタンを直した。
「……気づいているならもう少し早く教えろ……」
「…………今気づいた」
「嘘をつけ!」
「……そんなことより……治療の魔法が嫌なら、ちゃんとオーフィザン様に話した方がいい。なんで黙ってるの?」
「……」
それを聞かれると、どうにも答えづらい。セリューはダンドから逃げるように、視線を足元へ移した。
確かに彼の言うとおり、あの魔法をかけられることにはいつも抵抗がある。しかし、だからと言って、オーフィザンにやめてほしいなどと言うつもりはない。
「…………肌に触れられることには慣れないが……あれもオーフィザン様がお望みになったことだ。それに、怪我をそのままにしていては、私は十分に戦えない」
「戦闘要員は俺じゃなかったの?」
「そうかもしれんが……私はオーフィザン様のっ……」
話しながら、やっと顔を上げたセリューは、座っている椅子のすぐそばにダンドが片膝をついて立っていることに気づいた。
彼は真剣な顔で、セリューを見下ろしている。
「セリューはオーフィザン様の執事だけど、武器じゃない。嫌なら断るべきだ」
「そ……それはできない。満足に戦えなければ任務を果たすことができない」
「……そんなこと言ってると、そのうち犬耳と尻尾つけられてペットにされるよ」
「あの方がそんなことをするものか!! だいたいお前はいつも態度が悪いぞ!」
「俺はこれくらいでいいの。ここではみんながオーフィザン様に甘すぎなんだから」
「あの方は私たちの主人だぞ!」
セリューが怒鳴りつけても、ダンドは素知らぬ顔で、マグカップをテーブルに置く。
全く、彼には礼儀が足りない。彼のこの不遜な態度も、オーフィザンは気に入っているようなのだが。
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