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7.振り向いて
しおりを挟む兄は、よほど切羽詰まっているのか、窓を開けようと必死だ。
「ハントを殺すっ……! あいつは、あいつはおかしいっ……!! 殺すしかないんだ!!」
「何言ってんだてめえっっ!!」
「あいつを殺さないとお前も殺される!! 手を離せっ!!」
んな事を言われても離せるはずない。あんなの入れたら俺まで死ぬだろうが!!
やめろと怒鳴る俺に、兄は目を見開いて頭を低くしたかと思えば、頭から俺に体当たりしてきた。腹に鈍い衝撃が来て、俺が倒れた隙に、兄は窓を開けてしまう。
外にいた男が、窓から中に入ってきた。
俺はもうパニックだ。
「うわああああああっっ……! は、入ってきたっっ!! ど、どどどうすんだてめえ!!」
叫ぶ俺のことなんて、兄の目には入っていないらしい。
兄は殺人鬼に駆け寄り、約束だぞって言い出した。
どうかしてる。
早く逃げないと。
けれど、その殺人犯の目が俺に向いてしまう。
「……そいつは?」
「そいつはどうでもいい!! それより……!! ハントをっ……!」
兄が話している間に、俺は部屋のドアを開けて逃げ出した。
どうなってるんだっ……! なんなんだよあの兄貴っ……! ハントを殺す!?? 正気か!?
廊下を走って、外へ出るドアを探す。ここの廊下には窓がない。天井の照明も小さくて、ひどく薄暗い。
あちこちのドアを開けて、外に出る手段を探す。
けれど、行けども行けども見えてくるのは同じような廊下ばかり。助けを呼ぼうにも、声を上げたら、あの殺人鬼に見つかるかもしれない。
無我夢中で走っていくと、廊下の角から誰か出てくる。ハントだ。
けれど、全力で走る俺が止まれるはずもない。そいつとぶつかって、尻餅をついた。
ハントも同じように尻餅をついている。
「いた……デジュウさん? どうしたんですか?」
「あ、あいつがっ……お前の兄がっ……!」
「兄が? また何か粗相をしましたか?」
「ち、ちがっ……」
「来てください。お金の用意ができました」
「は!? な、なんだって!?」
金……そうだ。俺は謝礼をもらうためにここまで来たんだ。だけど、一刻も早くここから出たい。
悩んだ。そんなことをしている場合じゃないのに。
俺は、先に進むことにした。
ここまで来て、手ぶらでは帰れねえ!
「わ、分かった…………で、でも、お前の兄貴が殺人鬼呼んでんだ!! は、早く……か、金持って逃げるぞ!!」
「何言ってるんですか? また酔ってるんですか?」
ハントは相変わらずニコニコ笑いながら俺を案内していく。信じてない。今すぐ逃げないとまずいのに。
「だ、だから、お前の兄がっ……殺人鬼を呼んだんだよ! お前を殺すって……何があったか知らねえが、このままじゃお前も俺もぶっ殺される! 逃げるんだっ……に、逃げなきゃっ……!」
「ここです。デジュウさん」
俺の声は聞こえていないのか、ハントは落ち着き払ったまま、廊下の奥にあったドアを開ける。
その部屋には、飾り棚とソファと大きなテーブルがあって、テーブルの上には、革製の鞄が置いてあった。一泊二日の旅行の荷物くらいなら入ってしまいそうなその鞄の中には、メチャクチャな量の札束。
俺は、それに駆け寄った。
「な、なんだよ……これ……」
「謝礼です。どうぞお納めください」
「は!??」
これをか!? 鞄いっぱいに詰まっている札束を? やっぱりこいつ、頭おかしい!
怖くなった。カバンだけ持って、じゃあなって叫んで、ドアへ向かう。
なんなんだ……なんなんだよあいつ!! イカれてんじゃないのか!?
あんな奴のそばにいたらまずい。金はもらった。後のことは知ったことか。とにかく逃げなくては。
ドアまで走る。
ドアノブに触れる。
逃げなきゃ。外に出て、走るんだ。
けれど、俺はその先に進まなかった。
代わりに、ハントに振り向いた。このままここにいたら、ハントは殺される。
「こ、来いっ……! お前もっ……!! 兄貴がお前を狙ってる!! このままじゃお前は死ぬんだ!!」
「何を言っているんですか? デジュウさんは面白い人だなあ。僕が……死ぬ?」
ハントは意味がわからないのか、初めて会った時と同じ笑顔でにこにこしてる。こんなことをしている場合じゃないんだぞ!
俺は、カバンを捨て、ハントの手を握って、部屋を飛び出した。
「来いっ……! 逃げるんだ! 死にてえのか!?」
「デジュウさーん……何言ってるんですかー? あんまり走らないでくださーい」
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