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65.本気で
しおりを挟む「と、とにかく早く、魔力を回復してください!! トルティールス様が、魔力を回復する薬を持っているはずです!」
不安でたまらない私が閣下に訴えても、閣下は、赤い顔をして顔をそむけてしまう。
「リリヴァリルフィラン……そんなに心配せずとも、魔力を回復するための薬なら、俺も持っている……」
「だ、だったら早くっ……」
「落ち着いてほしい……それに……」
閣下が、自分の服を見下ろす。すると、私もいつのまにか彼の服を掴んでいたことに気づいた。
「し、失礼しましたっ……」
勢い余って掴んでいたようだ。すぐに離したけど、ひどく恥ずかしい。
…………って、こんなことしている場合ではありませんっっ……!!
閣下は魔力が失われたのに、なぜこんなに冷静なの!?
「か、閣下……! 魔力がなくて、どうやって戦うのです!?」
「…………大丈夫だ。何が来ても、あなたのことは、必ず守る」
「閣下…………」
……そうおっしゃっていただけるのはとても嬉しいのですが……私は今、閣下の行動に困っているのですが……こんなことをして、後で糾弾されたらどうするつもりですの!?
焦る私を置いて、閣下はデシリー様に向き直る。
「……俺はリリヴァリルフィランに話がある。早く済ませようか」
「……そんな女のことは、どうでもいいのです……よくも……私を馬鹿にして……」
怒りの表情を浮かべる彼女に、閣下は平然と続けた。
「最初に言っただろう? 俺は陛下を狙った反逆者の言うことなど、一つも信じない。だからこうして、動かぬ証拠をもらっただけだ。それに貴様らは、封印の魔法の杖を探すことに協力するのではなかったのか?」
「それはっ……! 確かにそう申し上げましたがっ……こ、こんなことっ……!」
「貴様が魔法を暴走させてくれたおかげで、全ての杖のありかも分かったはずだ。エウィトモートとトルティールスに回収させる」
「お、お待ちください!! 閣下!! こんなことっ……! お、横暴ですわ!」
「横暴……? 何がだ?」
たずねた閣下は、ゆっくりと、デシリー様に近づいていく。
その迫力に負けたのか、デシリー様は、一歩下がった。
部屋の中には、閣下の足音だけが響く。
「言っただろう……? デシリー・アクルーニズ……皆殺しだと。それが、魔力だけで済んだ……よかったじゃないか……」
「お黙りなさい…………気が触れた使者めっ……!」
腹を立てた彼女の手に、魔法の光が灯る。まさか、魔法で閣下を撃つつもり? ついに、なりふり構わない策に出たのかっ……!
私は短剣を抜き、デシリー様の前に立ち塞がる。
けれど、デシリー様の魔法に対抗するのに、短剣一本ではあまりに心許ない。
彼女は、馬鹿にしたように笑みを浮かべた。
「……あらあら……リリヴァリルフィラン……それで、私をどうこうできると思うのかしら……間抜けにも程があるわ。閣下を守る騎士にでもなったつもり? 全く、笑えますわ」
「好きなようにおっしゃればいいのです。私は……閣下を傷つけられたくはありません」
覚悟を決めたつもりだった。それでも握った短剣は微かに震えている。
何があっても、その場を一歩も退かないつもりでいた。
それなのに、背後から急に抱き寄せられてしまう。
閣下だった。
閣下が、私を後ろから抱き寄せたんだ。
「か、閣下……きゃっ……!」
急に腕の中に連れて行かれて、私が小さな声を上げると、閣下はすぐに私を離してくれた。
「すまない…………抱き寄せてもいいか?」
「そ、そのようなこと、今はお聞きにならなくていいのですっ……!! 閣下! ご、ご自分の魔力が狙われていることを自覚してくださいませっっ!!」
「俺の? ああ。気づいている。気にしていないだけだ」
「気にしてくださいっっ!! だ、大事なことです!」
「そうか? では、これが済んだら、あなたを抱き寄せてもいいか……?」
「はっ……!?? え、ええ……」
私が答えると、彼は嬉しそうにはにかむ。
今、魔力のない状態で、命を狙われているのに……一体、何を考えていらっしゃるの?
けれど、狙われているはずの閣下は、冷静そのもので、平然とその場に立っている。昨日、人の首を落とした時と同じように微笑んでいる気がした。
そして、どこからともなく、小さな蝙蝠くらいの大きさの竜のような使い魔が飛んで来る。それには、目も口もなく、全身がまるでガラスのようで、微かに黒い煙のようなものを体から零していた。
何でしょう……気味が悪い……
それは閣下の周りを飛び回っていた。
「か、閣下…………それは……?」
震えながらたずねる私に、閣下は微笑んだ。
「使い魔だ」
「つ、使い魔……なんの……」
私の問いに閣下が答える前に、腰を抜かした様子の伯爵様が、震える指で、使い魔たちを指差して口を開く。
「さ、殺戮の使い魔だ…………い、イールヴィルイ様っ…………な、な、なんで……そんなものを……」
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