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40.なんのこと?

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 見つけ出された竜は、竜というより小動物のよう。私の後ろに隠れてぶるぶる震える様は、可愛らしくすら見えてくる。

「うわあ……何、あの人……怖い…………」
「竜さん……大丈夫ですか?」

 私が竜にそっと手を差し出すと、竜は私の手に顔を擦り付けて、甘えるような声を出す。

「あなたは誰……? 僕に何か用?」
「夜会の日にお会いしたのですが、覚えていらっしゃいますか? 弱っているようだったので、回復させるつもりだったのですが……」
「えーっと……あ! 思い出した!! リリヴァリルフィランだーー!」
「はい。そうです。見つかってよかった…………すぐに、回復の魔法をかけていただきましょう」
「なんで? 僕、怪我なんかしてないよ?」
「え…………?」
「でも、心配してくれてありがとう。君はいい人だね!」
「……私は、いい人、なんかではありませんわ」
「あの怖い男よりいい!」

 そう言うと、竜は私の背中に隠れてしまい、私の影から、閣下を睨みつけた。

「お前、乱暴。嫌い」
「黙れ。キディック。今すぐにリリヴァリルフィランから離れろ」
「わっ……!」

 閣下の魔法の風が、小さな竜の体を絡め取る。すると、竜は体のコントロールを失ったのか、閣下のところまでくるくる回りながら風に連れて行かれてしまう。
 無理やりそんなことをされた竜は、大声で抗議していた。

「何するんだよ!!」
「そっちこそ、よくも結界の森から逃げてくれたな」
「逃げたーーーー? 何言ってるの? 僕はアクルーニズ家の奴らに無理矢理連れてこられたんだよ?」
「疑わしいな」
「……本当だよ」
「俺は貴様を探しにきた。この城の地下に、探知の魔法を妨害する結界を張ったのは貴様か?」

 聞かれて、小さな竜は可愛らしく小首を傾げた。

「……なんのこと?? 僕、捕まってたのに……そんなこと言われるなんて、傷ついちゃうな……」
「……もう貴様が捕まっていたかなんて、どうでもいい……封印の魔法の杖が作られたことを知っているか?」
「知ってるよ。僕の魔力を使って作ったんだろ? アクルーニズ家の連中がそう言ってたよ」
「そうか……」

 すると、それを聞いていたフィレスレア様が、パンっと手を打つ。

「これではっきりしましたわね!! 結界の森から竜を連れて来たのは、アクルーニズ家の方々ですわ!」

 歓喜じみたような声を上げる彼女を、閣下は睨みつけた。

「知っていたのか? アクルーニズ家が、竜の魔力を用意したことを」
「…………」

 フィレスレア様はクスクス笑いながら、閣下から離れていきます。

「デシリー様は、いずれ私とトレイトライル様を殺します」
「…………なに?」
「筋書きももう作ってあるようですわ……リリヴァリルフィラン様の横暴に頭を悩ませ、陛下から封印の魔法の杖の件で糾弾され、思い悩んだ末に、私が彼を殺して……というものです。そうして、私たちを追い詰めた陛下を糾弾なさるとともに、邪魔な私たちを葬るおつもりなのです。デシリー様にとって、将来領主になられるであろうトレイトライル様と、その婚約者である私は、それはそれは邪魔な存在ですもの…………」

 ともすれば、楽しそうに見えそうなくらいに笑っているフィレスレア様だけど、その目は、全く笑っていない。

 デシリー様が、フィレスレア様たちを殺す?

 まさか。

 そう思いたいところだけれど、デシリー様なら……というより、アクルーニズ家なら、利用できるものは何でも利用するでしょう。私をトレイトライル様のもとに送ったのだって、アクルーニズ家だ。

 フィレスレア様は、冷徹な笑みを浮かべて言った。

「けれど、イールヴィルイ閣下のおかげで、こうしてアクルーニズ家を糾弾するカードを手に入れることができました。感謝いたしますわぁ……これで、トレイトライル様は私のものです…………閣下、いつデシリー様をこの城から追い出してくださいますの?」
「俺は、デシリーを追い出しにきたのではない。アクルーニズ家の企みが明らかになれば、デシリーの処遇を決めるのは、領主の仕事だ」
「あらあら…………ジレスフォーズ様にそれができるかしら……残念ですわぁ……拷問男と言われたその手腕、発揮されるかと思いましたのに……伝え聞いたところによると、死を操る死霊の魔法が得意とのことですが……ぜひ、私にも一度、お見せいただけませんか?」
「見せ物じゃない」
「……アクルーニズ家はどうなさいますの? このまま野放しにしてしまうおつもりですの?」
「俺は一度、王城へ帰る。陛下を狙う連中を焼き尽くすためにな」
「……頼りにしていますわ。イールヴィルイ閣下……何が明らかになろうが、アクルーニズ家は恐ろしいですもの……では、私はこれで失礼しますわ。トレイトライル様にいい報告ができそうです…………今は、何をしていらっしゃるのかしらぁ」

 そう言って彼女が地下牢の壁に触れると、そこから水が染み出して、トレイトライル様と、彼と並んで話す人の姿が映し出される。一緒にいるのは、城の魔法使いでしょう。ひどい声でトレイトライル様が喚いているようですが、城の警備について、随分とお怒りのようだ。

 フィレスレア様は、それを見て大きく表情を歪めた。

「あら……廊下で私の知らない女と話していますわ……あらあら……婚約者の私を差し置いて。なんて方でしょう」
「……フィレスレア様……彼女は普段、私と共に城を守っている魔法使いですわ。城の警備について、トレイトライル様から注意を受けているだけです」

 私が言うと、フィレスレア様はニコニコ笑いながら私に振り向く。

「ええ……存じておりますとも。では私、行って参りますわ」

 そう言って、フィレスレア様は魔法を使い、地下牢を飛び出して行った。
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