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1.私は猛獣かしら?

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 せっかくだから、利用すればいい。今のこの状況を。
 そう決断できたのは、日が暮れてからのことだった。

 微かに肌寒いその日、わたくしは城の窓から、雨が降りしきる城門を眺めていた。
 門を見下ろすような位置にあるこの部屋からは、そこから入ってくる人がよく見える。

 私は、リリヴァリルフィラン・フォーフィイ。
 白の長い巻き髪と、水色の瞳の人族の令嬢。
 国を守る強力な魔法使いを輩出してきたフォーフィイ家の一族であり、この城に住む領主、ジレスフォーズ・バシス様のご令息、トレイトライル様の婚約者として、この城にやってきた。

 ……とは言え、すでにクビを言い渡されていますが。

 トレイトライル様は、すでに私との婚約は破棄し、ロネリーヤ家の伯爵令嬢、フィレスレア様と婚約している。
 私のことは、今すぐにでも追い出したいようですが、王家に仕える魔法使いの一族の私を追い出すこともなかなかできずに持て余していらっしゃるご様子。

 そんなわけで、顔を見れば舌打ちをされ、私はそれに笑顔で返しては嘲笑う日々を過ごしてきた。

 けれど、そんな日々もそろそろ終わり。

 これから私は断罪される。

 城門を見下ろしていると、雨の中、門が開き、数人の男たちが入ってくる。

 彼らは国王陛下がこの城に遣わした使者たち。
 王家の紋章が刺繍された外套を羽織り、雨の中でもその魔力を使い濡れることなく立っている。
 彼らは、出迎えた領主、ジレスフォーズ様と、何か話しているようだった。
 話題は恐らく、先日この城で開催された舞踏会のことでしょう。その舞踏会で、ある事件が起こり、この城に住む者は陛下の命を狙っているのではないかと疑われているのだ。

 じっと彼らの姿を見下ろしていると、背後から声をかけられた。

「リリヴァリルフィラン・フォーフィイ」

 振り向けば、そこに立っていたのは、私の元婚約者のトレイトライル様。金色の髪を肩のあたりで切った、青い目の美しい男性の方ですが、人を見下すようなその目だけで、美しさも全て崩れ落ちてしまう。

 トレイトライルの後ろには、彼の今の婚約者のフィレスレア様が立っている。長い藍色の髪と緑の目の女性で、やけに楽しそうにニヤニヤと笑っていた。

 そして、その隣で私に嘲るような視線を向けているのが、城に使える魔法使いのダイティーイ様。魔法の腕を見込まれ、魔物の対策を練るためにこの城に迎えられた男爵令息で、茶色く長い髪の、体格のいい方。

 皆さんぐるっと私を取り囲んでいらっしゃる。

 いわゆる、吊し上げ、というもの。

 わざわざ取り囲まなくても、私の手にはすでに枷がされていますし、靴もなくて裸足。逃げることなどできないのに。

 トレイトライル様が勝ち誇ったように微笑んで口を開く。

「お前の悪運もここまでのようだな……罪人め……」
「……罪人? ……あらあら……一体なんのことでしょう?」
「お前のことだ!! ここが陛下に疑われることになったのも、全てお前のせいだ!」
「あらあら……責任のなすりつけなんて、醜いですわよ」
「黙れっっ!!!! その図々しい態度のままでいられるのも今のうちだ! お前の非常識で身勝手な行動には、誰もが迷惑していた。それを、お前自身が思い知る時が来たのだ!」
「何をおっしゃっているのかしら? 私、こう見えて我慢してきましたわ……特に、横暴な元婚約者といる時などは……」
「黙れえっ……!」

 カッとなったらしいトレイトライル様の水の魔法が、私を頭からずぶ濡れにしてしまう。
 殺傷能力はない魔法のようですが、情けなく濡れた姿の私を、トレイトライル様は指をさして嘲った。

「周囲を不快にさせるだけのお前でも、少しは綺麗になったんじゃないか? 無様な女め……広間へ来い!! そこでお前の悪事を暴いてやるっ……!」

 随分な言いようの彼に、フィレスレア様が駆け寄っていく。

「トレイトライル様っ……!! おやめください!」
「フィレスレア……お前は来るな。危険だ。これから、リリヴァリルフィランを広間まで連れて行く。お前は下がっているんだ」
「いいえ! トレイトライル様! 私も、広間まで同行いたしますわ! 危険なのはトレイトライル様も同じですものっ……!! あなたに常に寄り添うのが、私の役目ですわ!」
「フィレスレア……」

 見つめ合うお二人。
 仲が良くて結構ですけれど……私、まるで猛獣にでもなった気分ですわ。
 むしろ、そうなれればよかったのですが……

 ……正直、とにかく怖い。

 なんでこんなことになったのか……

 吊し上げなんて、冗談じゃありません! 目一杯虚勢を張るのも、そろそろ限界ですわっ!!
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