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番外編
102.離れられると思った?
しおりを挟むフュイアルさんが、すぐに僕に振り向いて、「トラシュ……! 大丈夫?」って言ってる。
だけど僕は、その手を思いっきり振り払った。
「……トラシュ……?」
僕はフュイアルさんと魔物退治に行けるって思って、すごく喜んだのに。フュイアルさんは結局、僕を犬みたいに連れて行くだけ。
僕は、そんなんじゃ足りない。
フューアのそばにいるのも、隣で戦うのも、夜を一緒に過ごすのも、仕事をするのも、全部、僕とじゃないと嫌だ。彼のそばにいるのは、全部僕じゃないと嫌。それなのに、フュイアルさんはいつだって僕を凌駕する力で、僕を置いて行く。
僕はもう、顔を上げられなかった。
「……フューアは……それで満足なの…………?」
「…………え?」
不思議そうな声を聞いて、いたたまれなくなった。
僕にだって、分かってる。こんなの、面倒で鬱陶しくて、嫌われるだけだってこと。
それでも、フュイアルさんにはそういうところ全部バレてるから、今更隠す気もなくなってた。
「……魔物、退治に行ってきますっ……! 僕、本当に……一人で大丈夫ですから」
僕は、フュイアルさんを置いて歩き出した。
首輪と鎖はつけたままだったけど、僕はもう、そんなもののことすら忘れてた。
僕以外の奴とどっか行くし、僕じゃない奴誘うし……僕はこんなんだし……
怖くて仕方ない。
フューアが僕から離れたら……どうしようっ……!
「ぎゃっ……!!」
背を向けて去って行こうとしたけど、いきなり首がしまった。フュイアルさんに、首輪の鎖を強く引かれたんだ。
「何するんですか!!! フュイアルさん!!」
「え? 何って……トラシュがふざけたこと言ってるから。お仕置きがいるなーって思って」
「はあ!? な、なんのことだよっ……!!」
彼は、ひどく冷たい目で僕を見下ろしていた。こういう目をしているフュイアルさんは、ひどく恐ろしい。僕でも、ゾッとして体が動かなくなるくらい。フュイアルさんが僕にこんな風に怒ること、あんまりないのに。
「あ、あの……フューア?」
呼びかける僕に、フュイアルさんは答えてくれなくて、オーイレールたちに振り向いた。
「ズモアルケ、オーイレールと組んで。さっき地図で確認しただろ? 東の方を頼む」
すると、ズモアルケが難しそうな顔で言う。
「……本当にそれでいいのか? 西側の噴水があった辺りには、魔物が密集している。それなのに、そっちに向かうのはお前と人族か?」
「うん」
「その人族一人では荷が重いのでは…………」
言いかけたズモアルケは、フュイアルさんの目を見て黙ってしまう。
フュイアルさんの周りには、すでにひんやり冷たい冷気が纏わりついている。
その問答無用な魔力を見せつけて、フュイアルさんは微笑んだ。
「頼んだよ。ズモアルケ」
「あ、ああ……」
「それと、トラシュは俺の大事な人だから。侮辱しないでね」
「…………ああ……」
「じゃあ、そっちをよろしくね」
「……フュイアル」
「なに?」
「…………それは、人族だ……お前が思うより脆いぞ」
「そんなことないよ」
そう言って、フュイアルさんは僕の首輪の鎖を引いて行く。さっさと早足で行ってしまうから、僕はついて行くのがやっとだった。
無言で無人の街の奥に歩いて行くフュイアルさんに、僕は無理やり連れて行かれた。
魔物が多く出ると言われてから、この辺りには人が寄り付かない。もともと廃墟が集まったあたりは、しんとしていて、僕を引っ張る鎖が鳴る音しかしない。
「あっ…………あのっ……フュイアルさんっ……! 僕っ……!」
言いかけた僕を、フュイアルさんは、そばにあった廃墟の壁に突き飛ばした。
戸惑うの両手には、いつのまにか鎖が巻きついている。首輪をつけられて、両手の自由まで奪われて、怯えている僕を見下ろして、フュイアルさんがひどく冷たく微笑んでいた。
そんな冷たい目を向けられて、怖いはずなのに、僕はその視線に夢中になってしまう。
そんな僕の欲まで全部お見通しなのか、フュイアルさんは、ゾッとするような目で笑う。
「……トラシュは、俺が普段どれだけ耐えてるか、知らないだろ?」
「な……何言ってるんですか…………? が、我慢してるのは、僕の方で……」
話している途中なのに、まだ僕だって怒ってるのに、フュイアルさんは僕に体を近づけてくる。僕は首輪と鎖で拘束されて、背後は固い廃墟の壁で、逃げ場なんてないのに、それを知ってて僕を追い詰めてくる。
ひどく冷たく笑う彼の声を聞いて、僕は体の中から痺れていきそう。
「トラシュ……最近、他の男と仲良すぎ。二人きりでコーヒー飲んだり、廊下で立ち話したり、飲み会ではやけに楽しそうにしてるし」
「は!? だ、だってそれはっ……! ……っ!!」
弁解しかけた僕だけど、フュイアルさんがそんなの聞いてくれるはずない。すでに僕を見下ろすフュイアルさんの身体が、僕の身体に触れている。こんなに近づかれたんじゃ、体を動かすこともできないのに、フュイアルさんは、僕の首輪の鎖をわざわざ強く引いて、僕から言い訳の機会を奪ってしまう。
涙目になる僕に、フュイアルさんは冷徹に言った。
「それでも、トラシュが可愛いし、楽しそうにしてるトラシュを傷つけたくないから俺は我慢したのに、トラシュは俺にだけ冷たい」
「な、なんのことっ……!」
聞きかけたら、じゃらって、首輪の鎖が引かれる音がする。何か聞くことも許してもらえなさそう。
苦しいのに、フュイアルさんの手は、いやらしく僕の身体を撫で回す。胸のあたりに、服の上から触れられただけで、身体が反応してる。それを知ってて、焦らすようにそいつは、僕の体に優しく触れていた。
「飲み会だって一緒に行こうって言ってたのに、先に行っちゃうし、その上別の男に話しかけられて笑顔で振りむいて、仕方ないなーとか言おうとしてただろ?」
「なんでそんなことまで知ってるんだよ!!」
まるであの時、最初から全部見てたかのような口ぶりだ。しかも僕の言おうとしたことまでバレている。
さっきとは違う風にゾッとする僕を見下ろして、フュイアルさんは冷たく続ける。
「それに、ウィウントのこと踊り場に呼び出したり、他のやつ誘って車に乗ったり、ひどくない? 俺を追いかけてって車の中で叫んでくれたことは嬉しかったけど……」
「は!? な、なんで……」
「なんであんなに距離が近いの? って聞いてたのも可愛かったけど……」
「なんで知ってるんだよそんなこと!」
「俺がトラシュのことで、知らないことなんてあるはずないだろ?」
こいつ……車の中の会話まで、全部知ってる!! さては、盗み聞きしてたなっ!
「ふざけんな! 変態!! 下衆!! クズ魔族!! ぜ、全部知ってて……僕を……」
「トラシュは、俺から離れられると思った?」
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