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番外編
96.別れよう
しおりを挟むフュイアルさんと僕が付き合い出してから、一週間が経った。
そして気づいた。
やっぱりこんな人を好きなんて、なにかの間違いだ。
*
「おはよう。トラシュ」
そう言って、フュイアルさんが僕のそばで微笑んでいる。
彼は、真っ赤な長い髪に、金色の目の長身の人で、いつも真っ黒な服を着た僕の職場の上司。
そして、最近付き合い出したばかりの人。
恐ろしい魔力を持っていて、一応人の姿をしているけど、正体は絶対に恐ろしい淫魔か何かだ。
優しそうに笑ってるふりしてるけど、昨日、媚薬の魔法使って抱かれ続けて、苦しくて泣き喚く僕の体を、笑いながら鞭で打ったことを、僕が忘れているとでも思っているのか。
布団の中から思いっきり睨みつけてやるけど、そいつはニコニコしてるだけ。
くそ……僕はまだ眠いのに……
僕が寝ているのは、フュイアルさんのマンションのリビングにある、大きな広いベッド。
僕とフュイアルさんが並んで寝ても、まだ数人が寝れるくらい広いベッドは、なぜこんなところにあるかと言うと、フュイアルさんが僕を監禁してこのベッドにつないで弄ぶためだ。
それでも、なぜかこんな人のこと好きになっちゃって、付き合いだしたけど……
やっぱり、間違いだったような気がする!! こんな奴、好きだなんて!!
ベッドのそばに立ったフュイアルさんは、まだ寝ぼけている僕を見下ろして、にっこり笑っている。
その顔を見ていたくなくて、僕は布団に顔を埋めた。
そんな風に笑っても、僕は騙されないぞ。
ドキドキしたりもしない。僕、怒ってるんだから。
朝から顔が見られても、全然嬉しくなんかない。
「トラシュ……昨日はよく眠れた?」
「はい……フュイアルさんのせいで」
怒りで急に冷静さを取り戻した僕は、布団から顔を上げた。
眠れたと言うより、抱かれ続けて気絶して、気づいたら朝だったんだ。
僕は怒りを込めてそいつを睨みつけるのに、フュイアルさんは嬉しそうに、よかった、なんて言ってる。
「今日はいい天気だから、二人で歩いて職場行こうか?」
「歩いて……」
二人で手をつなげる……
僕が手を繋ぐと、フュイアルさんもぎゅっと手を握ってくれて、今度は肩を抱いてきて、そのうちキスをしてくれる。
そんな風に二人で歩くのを想像したら、勝手に笑顔になってしまう。
大きな窓の外からは、燦々と太陽の光が注いでいて、眩しい。
久しぶりに、外は晴れているらしい。いつも砂嵐ばかりの街なのに珍しい。
二人で歩きたいな……
あ、だけど、またすぐ砂嵐が起こるかもしれない。
砂漠に囲まれた、魔物ばかりのこの町では、しょっちゅう砂嵐が起こる。
朝から砂まみれになるなんて嫌だ。
頭から砂をかぶったところなんて、フュイアルさんに見られたくない。
「……く……車がいい……」
「じゃあ、早く準備してね。トラシュはいつも、のんびりだから」
「余計なお世話です……」
そんなことを言いながら、僕はベッドから立ち上がった。
そうだ。僕、怒ってたんだ! それなのに、なんで一緒に歩くところなんか想像してるんだ!!
「フュイアルさん!」
「トラシュ、パンはトーストとバゲットとクロワッサン、どれがいい?」
「え? えっと…………フレンチトースト」
「また? トラシュはあれが気に入ったの?」
「……」
「アイスクリーム乗せるから、早く起きて先に顔洗ってきてね。のんびりしてると、溶けちゃうよ?」
フュイアルさんは僕に背を向けて、キッチンの方へ行ってしまう。
もう行っちゃうのか……? いつももっと色々するくせに……
背を向けられたことが、なんだか寂しくて、つい呼び止めてしまった。
「フューア……」
たまに呼ぶ愛称を使うと、フュイアルさんはすぐに振り向いてくれた。
振り向いてくれて嬉しいのに、特に理由もなく呼び止めたから、この後どうしていいか分からない。
俯く僕に、フュイアルさんは近づいてくる。
足音が近づくたびに、甘い緊張感が増す。
そしたら、僕のこめかみのあたりに、柔らかくて温かいものがふれた。
ちゅって音がする。
キスされたんだ。
やっぱりフュイアルさんはひどい。こんなに急にキスして。僕がどれだけドキドキするか、知らないんだ。
「早く起きてね」
そう言って、彼が遠ざかっていく。
もう目なんかすっかり覚めた。緊張してたのに、体が蕩けていきそう。
キスするなら言ってほしい。
心の準備しておかないと、体の奥から熱くなって、くすぐったくて、立てなくなる。
もう起きよう……そうじゃないと、もっと色々されるかもしれない。それもいいけど……って、そうじゃなくて、起きなきゃ。
僕は、ベッドから立ち上がった。
そしたら、またまた思い出した。
そうだ。僕、怒ってたんだ! しっかりしなきゃ……キスなんかで誤魔化されてどうする!!
もう一度、気を引き締め直して、ダイニングテーブルに着く。
そこには、コーヒーの入ったマグカップが置いてあった。僕のためにフュイアルさんがいつも入れてくれるミルク多めのものだ。
マグカップに手を伸ばそうとしたら、じゃらって鎖の音がした。
そうだ……僕は怒っていたんだ……
それなのに、僕を拘束して犯し続けた男は、エプロンつけて笑顔で僕に振り向く。
「トラシュ、食後のデザートはプリンとパフェのどっちがいい?」
「……朝からそんなに食べられません。飲み会の後だし……あと、フュイアルさん」
「じゃあ、お昼の後のデザートにしようか? お弁当終わったら、二人で近くのカフェに行こう」
「行きません。フュイアルさん」
「じゃあ、ディナーにする?」
「しない!! フュイアルさん!! さっきから甘い同棲生活の朝みたいな空気一人で出すのやめてください!! 鎖外せこの変態魔族!!」
怒鳴る僕の手には手枷、首には頑丈そうな首輪がつけられている。何が先に顔洗ってこいだ。洗えねえよ。
これは、昨日飲み会で僕が同僚と仲良くしていたことに腹を立てたフュイアルさんが、僕を拘束した時のものだ。
僕は別に、その人と必要以上にベタベタしていたわけじゃない。単に、その人の隣に座って、彼が熱く語っていた美味しい焼きそばの作り方を、聞いているふりだけしながらビール飲んでただけ。
それなのに、帰ったら即、手枷と首輪で拘束されて、酔った体に媚薬の魔法をかけられて、朝まで犯された。
しかも、朝が来ても僕にかけられた手枷も首輪もそのまま。
昨日フュイアルさんが、僕のお腹にかいた、フューアの奴隷ですっていう落書きも消えてないし、おしりには、僕は十回犯されましたなんて、僕を辱めるための落書きがある。
こんな状態で、しかも僕は裸!! 昨日帰ってきて服を全部剥ぎ取られて、クローゼットには、フュイアルさんが魔法で鍵をかけている。結局僕は、この人の許可がなければ服も着れない。
こんな状態で、フレンチトーストがどうとか言うこの魔族は頭がおかしい。
………………フレンチトーストは僕が言ったのか。
とにかく、なんでこんな状況で僕は朝食を食べなきゃいけないんだ。
僕は本当に怒っているのに、フュイアルさんはキョトンとしてる。
「なんで? 似合ってて可愛いのに」
「ふざけんな!! なにがどう似合ってるんだよ!! なんでこんな格好で放置されなきゃならないんだ!!!!」
「放置なんてしてないよ。トラシュのこと、気絶するまで犯してから、綺麗に洗って、トラシュが風邪ひかないように部屋も魔法で暖めておいたよ?」
「服を着せるっていう、普通の人なら誰でも思いつく発想がなんでないんですか!」
「あるよ。着せたくないだけ」
「なんでだよ!」
…………やっぱりこんなゲス魔族を好きなんて、何かの間違いだ。
うん。決めた。別れよう。
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