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68.まだ
しおりを挟むその日僕は、怒りに任せた炎だけでは、フュイアルさんを焼けないって思い知った。
まだ腕のアザも消えていないし、これも早く治さないと、いつまで経っても、フュイアルさんに勝てない。
朝から僕をからかったフュイアルさんは、ウィウントという男と一緒に、部屋を出て行った。今日は一日出張らしい。
そしてそれからすぐに、ヴァルアテアとオーイレールも仕事に出掛けていった。オフィスにいるから、何かあれば頼ってこいと言ってくれた。
誰も部屋にいなくなり、僕は体を回復させるため寝ていることにしたが、今日は全く眠れない。昨日いっぱい寝たからかもしれない。
仕方なく、フュイアルさんの部屋に向かうと、まだアルバムがあって、全部焼いた。
焼却作業を終えて、食事を終えた僕は、皿を片付けて、フュイアルさん観察を始めようとした。
だけど、呼び出した魔法のもやの中には誰もいない。なんで? フュイアルさん、どこ行ったんだ?
もしかしたら、魔界に出かけていったからかもしれない。そこまでは、僕の魔力も届かないのかも。
ため息をつく。
僕の魔力なんて、そんなもの。今回も置いていかれたし、なかなか回復しないし、フュイアルさんは、ヴァルアテアのことは頼りにするくせに、僕のことは飼うようにここに置きっぱなし。
くそ……もう少し頑張ったら、なんとかならないかな。
無理に魔力を引き出して、魔法でまた、フュイアルさんを探していたら、玄関からガチャガチャ音がした。フュイアルさんが帰ってきたんだ!!
僕はすぐに立ち上がって、玄関に走っていた。これじゃまるで飼い主が帰ってきて喜ぶ犬みたい。それに、フュイアルさんを覗いていた魔法のもやを消さないと、見ていたことがバレるじゃないか。
すぐに魔法を解いて証拠を隠滅して、玄関のドアを喜び勇んで開ける。
だけど、そこに立っていたのは、フュイアルさんじゃなかった。ヴァルアテアとオーイレールだ。
「ヴァルアテア……オーイレール……どうしたの? フュイアルさんは?」
すると、ヴァルアテアは、僕に大きな紙袋を渡して言った。
「フュイアルは、まだ魔界だ」
「な、なんで……?」
「向こうに送った魔物の件で、呼び出されたらしい。明日には帰るそうだ」
「ふーん……」
じゃあ、今日は帰れないのか? なんだよ。僕は待ってるのに。僕に会いたくないのか。
「おい、早く受け取れ。重い」
ヴァルアテアが僕に差し出していた紙袋を受け取ると、そこには大きな箱が入っていた。ケーキを入れる箱みたいだ。
「なに? これ」
「お前の誕生日を祝うケーキらしい。フュイアルからだ」
「僕? 僕、誕生日知らないけど?」
「知らない?」
「うん。伝えられたこともないし、今更、知る手立てもない。親には売られてから会ってないから」
「………………そうか」
ヴァルアテアの目に、急に同情が滲む。
変なこと言っちゃったな……
「別に僕、どうでもいいと思ってるから、そんな顔しないでよ。気持ち悪い」
「すまん……」
「いいって」
本当に、どうでもいいのに。
オーイレールが、すぐに「なになに?! 何の話!?」て聞いてくる。こいつはいつも楽しそうだ。
「別に、何の話でもないよ。フュイアルさんが誕生日じゃないのにケーキ押し付けてきてキモいって話」
「あ、それ、フュイアルが、俺が祝いたくなった時がトラシュの誕生日だからーって言ってたぞ!」
「は?」
「いいなー。トラシュ!! しょっちゅう誕生日じゃないか!!」
「嫌だよ、そんなの……フュイアルさんになんか、祝われたくない。何されるかわかんない。祝われたいとも思わないし……何がめでたいのか、分かんない。歳とる日じゃないか。魔族と違って、僕ら人族は、歳をとったら死ぬんだから」
「ふーん。俺らは魔力ある限り大丈夫だからなー」
こいつ、本気で悩みないな。羨ましいよ。
呑気なそいつに、ヴァルアテアが呆れたように言った。
「オーイレール、もう行くぞ」
「は!? 今日はもう、仕事終わりだろ!?」
「終わってない」
キッパリと言われても、オーイレールは「俺はトラシュといるー」と言って、僕に手を伸ばしている。
そいつの首根っこを掴んで止めたヴァルアテアが、僕に向き直った。
「トラシュ、何かあれば、オフィスに来い。俺たちがいる。食事はデリバリーで好きなものをとればいいと、フュイアルが言っていたぞ」
「分かった……」
「じゃあな。お前の体はまだ、完治していないんだ。いい子で寝てろよ」
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