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67.朝の来客

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 結局その夜、フュイアルさんは僕の相手をしてくれなかった。ひどい目にあっているのは僕なのに、「トラシュはひどい」とふざけたことを言って、挙句の果てには媚薬で僕を脅して、リビングのベッドに押し込んだ。

 ムカつくけど、あの媚薬の魔法で脅された僕に、断ることなんてできるはずもない。渋々ベッドに入って、その日はそこで寝た。そして疲れていたらしく、すぐにぐっすり眠ってしまった。

 朝になって目を覚ますと、ダイニングテーブルの方から声がした。知らない人の声だ。

 ベッドから起き上がると、フュイアルさんは、ダイニングテーブルについて、誰かと話しているようだった。
 フュイアルさんと向かい合って座っているその男は、真っ黒なスーツのような服を着て、知らない紋章のついたマントを羽織っている。フュイアルさんと同じくらいの背で、髪も目も、金色だった。

 フュイアルさんは、その男をウィウントと呼んで、いくつかのファイルを渡している。
 ファイルを受け取った男は、その中身を確認して、頷いた。

「ありがとう……これで、魔物を強化している盗賊たちの拘束も、時間の問題だ」

 男はファイルの中身に満足したようだったけれど、フュイアルさんの方は、その返事では不満なようだ。

「それ、前にも言ってた。拘束は時間の問題って、同じことを聞いた。一体、いつになりそうなんだ?」
「……はっきりとは言えない。魔界との境界で、今その連中を追っている。もう少し待て」
「……もう待てない。不要な魔物の処理と手懐けに関与した奴らも確実に拘束して」
「……分かっている。後少し待ってくれ」

 深刻な顔をして、待てと繰り返す男に、フュイアルさんは、首を横に振った。

「もう待てないって言っただろ? 魔物の手懐けには、奴隷が使われている。俺が渡した資料で」
「フュイアルさんっっっっ!!!!」

 つい、喚くように、僕は声を張り上げていた。

 二人がこっちに振り向く。

 フュイアルさんは、驚いて僕に近づいてきた。

「トラシュ? もう起きたの?」
「なんの話してたんですか?」

 間髪を入れずに聞き返した僕に、フュイアルさんは少し黙って、いつもみたいに微笑んだ。

「……盗賊の話。強化した魔物を売り払う連中を、魔界との境界で拘束する」
「……それだけ?」
「……」
「それだけじゃないだろっっっっ!!」

 ひどく心臓がドキドキして、胸が痛い。苦しかった。魔物を手懐ける奴らがいるのは、僕も知っている。だけど、それには、嫌な記憶しかない。

 突然怒鳴った僕に、フュイアルさんは、静かに答えた。

「それだけじゃないよ」
「……」
「トラシュも今度、連れて行く」
「え……?」
「今日は、俺一人で一回魔界に帰るけど、次は一緒に行こうね」
「ま、魔界? なんでそんなとこ、僕が行くんですか?」
「俺がトラシュと行きたいから」
「……僕、別に行きたくないです」
「婚約も発表するから」
「婚約?」
「トラシュと俺の婚約だよ」
「僕、そんなのするなんて一言も言ってません。むしろ初耳なんですけど?」
「初耳でもするから。トラシュはもうすぐ、俺のお嫁さんだから」
「勝手に決めないでください」

 一体フュイアルさんは何言っているんだ。監禁と拷問の次は、勝手に結婚なんて言い出した。

 僕はフュイアルさんを睨むのに、フュイアルさんは全くの無視。大量の書類を男に渡していた。

「じゃあ、これよろしく」
「……しかし本人は、まるで納得していないようだが……」

 ウィウントが、僕の方を心配そうに見ているから、僕は、ますます嫌な予感がした。

「それ、なんですか?」

 近づく僕に、フュイアルさんはニコニコしながら振り返る。

「魔界に提出する婚姻届」
「死ね馬鹿!! キモいんだよ!! 本当に死ね!」

 僕はすぐにそれを奪い取って怒りに任せた魔法の炎で焼く。
 燃え上がるそれを見て、ウィウントは、感心したように言った。

「すごい炎だ。フュイアルの用意したものを焼くとは。本当に人族か?」
「人族です。あなたは魔族? だったらフュイアルさんをなんとかしてください! 僕、迷惑してるんです!」

 僕はフュイアルさんを睨みつけるのに、フュイアルさんは、やっぱりニコニコして、また大量の書類を見せてくる。

「予備はたくさんあるから安心してね」

 ……この人には、僕の言うことはまるで通じていない。
 安心? 何をだよ。知らないうちに、この嗜虐心の化身と結婚させられようとしているのに。

 僕が再度放った魔法の炎は、フュイアルさんが持っていた偽造婚姻届とフュイアルさんを焼くつもりだったのに、フュイアルさんだけ燃えない。僕とそいつの魔力の差のせいだ。なんでいつも、こいつだけ焼けないんだ!!

 何度も炎を放つ僕を見て、ウィウントが引いている。しかし、これは僕とこの男の日常。

「あのキモいアルバム以外にも、まだそんなにあったんですね」
「まだあるよ」
「何枚あるんだよ死ねよ!!!! 何で婚姻届そんなに書くんだよ!! 暇なの?! 出せよ全部!! 僕が焼いてやるから!!」

 怒鳴りつけて魔法をかけるのに、炎はフュイアルさんの足元から噴き出たかと思えば、すぐに消えてしまう。くそ……全然効いてない!!

「トラシュは今日はいい子にしててね。ヴァルアテアとオーイレールをオフィスに置いておくから。何かあれば、あいつらに言って」
「……死んでください。帰ってこないでください!!」
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