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59.死にかけたんだよ?
しおりを挟む悔しさを我慢して頼む僕に、フュイアルさんは、ニヤリと笑った。
「どうしようかな? 可愛いトラシュの頼みだし、教えてあげてもいいけど……ただじゃな……」
「な、なんで……前はタダで教えてくれたんですよね!?」
「聞いてなかったトラシュが悪い」
「そんな……お、お願いします……フュイアルさん!!」
「……いいよ」
「本当ですか!?」
「うん。パンケーキの答え、聞かせてくれたらね」
「パンケーキの答え?」
「今日の夜のリクエスト。どっちがいい?」
「どっちがっ…………て……あ、あの、鞭と羞恥プレイのどっちがいいっていう、あれ!?」
「うん。どっち?」
「どっちも嫌です。死ね!」
「じゃあ、俺も教えない」
「はあ!?」
くっそ……この野郎……足元見やがって!!
そんなの、どっちも絶対に嫌に決まっている。なんで僕がそんなことされなきゃならないんだ。もう殺したい。すごく殺したい。
だけど殺すには、このムカつく男の弱点を知らなきゃ、勝機がない。これまでずっと負けてきたんだ。闇雲にいっても、絶対にまた負けるのは分かっている。負けたら吊るされて、また辱められる。
そんな目にあうくらいなら、今、このムカつく男に少し頭を下げることくらい、できるはずだ。この屈辱に耐えれば、この憎い男を殺せるんだから。
僕は、フュイアルさんを見上げた。
「…………どっちか選んだら、絶対に教えろよ……」
「いいよ」
「……僕に弱点知られるかもしれないのに、なんでそんなに余裕なんですか?」
「だって、トラシュになら知られてもいいし、むしろ、知っててもらいたいから」
「はあ? 死ねよ……」
やっぱり、僕を馬鹿にしているんだ。
フュイアルさんめ……ニヤニヤしていられるのも、今のうちだ。
どっちがいいかな……?
こんなこと選ばされるだけでムカつくのに、これ以上恥ずかしいことされるなんて嫌だ。
だけど、鞭も嫌だ。
まだ僕は腕のアザが完治していない。早く体を回復させなきゃならないのに、鞭で打たれたりしたら、ますます回復が遅れる。回復が遅れて、魔力が使えなければ、さっきみたいにエイリョーゾに押し倒された時に、自分を守れない。
さっきのことを思い出すと、体が震えた。
何考えてるんだ、僕……怖いなんて。
僕はあの人のことを好きになれそうだし、ちょっと押し倒されるくらい、なんでもないはずだ。好きでもない奴に無理矢理されることだって、これまでにもよくあった。そんなの、もうなんでもないはずなのに。
見上げると、フュイアルさんは微笑んで、僕の返事を待っている。
僕のことを好きだって言うくせに、僕が押し倒されたって、気づきもしないんだ。ここにいなかったから、当然なのかもしれないけど。フュイアルさんなら、部屋に侵入者がいれば、気づきそうなものなのに。
間抜けな奴。
別にいいけど。
そっちの方が、僕も殺しやすいし。
「…………羞恥プレイ……」
ぼそっと答えた。
今は体の回復を優先だ。そして、体が回復し、魔力が使えるようになったら、この男を殺す!!
見上げたフュイアルさんは、ニヤニヤ笑っていた。そして、僕の頭を撫でてくる。
「トラシュは、恥ずかしいのが好きなんだー」
「そんなわけないだろ。死ねよ。殺してやるから」
本当に、ムカつく奴だ……
腹が立って、そいつを睨みつける。もう、絶対に殺してやる。
「さっさとやってください」
「今? だけど、夕飯は?」
「いらない!! そんなのいらないから、好きにすればいいだろ!! さっさとやれよ!! 終わったら、お前を殺してやるっっ!!」
怒鳴りつけた僕に、フュイアルさんは微笑んだ。
この人に、僕の言うことなんて、通じてないんだ。むしろ、何も聞いていないのかもしれない。
何が好き、だ。僕のことなんか、本当はどうでもいいくせに。
フュイアルさんが、僕に手を伸ばしてくる。
この男は、きっと僕の精神を羞恥で破壊するまでやめない。
耐えなきゃ……これに耐えて、僕はこの男を殺すんだ。
恐怖に耐えて、目の前の男を睨みつける。
するとフュイアルさんは、恐ろしい顔で笑って、僕の腕を強く引いた。
突然で、抵抗することもできなくて、そのままフュイアルさんの胸に倒れる僕を、フュイアルさんの腕が包む。
そのまま抱きしめられた。
「はっ……!? え?? ふ、フュイアルさん!?」
「……トラシュはこうやって、俺の腕の中にいればいいんだ」
「はあ!? キモっ……! キモいんだよ! 死ね!! 真面目にやれよ!」
「真面目だよ? もうすぐここに、ヴァルアテアとオーイレールが来るから、トラシュはそいつらの前で俺に抱きしめられてろ」
「嫌だよ! 死ね!! ちゃんとやって弱点教えろよ!!」
「トラシュが俺に嬲られたいのは分かるけど」
「何言ってるんですか? 頭おかしいのか? 誰が嬲られたいだよ! 死ねよ! 弱点教えろ!」
「嬲られたいのは分かるけど、トラシュ、死にかけたんだよ?」
「はあ?」
死にかけた? なんのことだ? もしかして、僕がフュイアルさんに襲われそうになって、全身の魔力を無理矢理引き出して逃げた時のことか?
確かにあの時は、無理に魔力を使おうとしたせいで、死にかけた。フュイアルさんが僕を魔力で癒して助けたけど、死にかけたからなんだって言うんだ。僕はそんなこと、どうでもいい。
それなのにフュイアルさんは、僕をますます強く抱きしめてくる。
「フュイアルさん!! 離せよ!!」
「死にかけた日から、まだトラシュは完全には回復してない。それに、砂の魔力にもやられてる。今はちゃんと休まなきゃダメ」
「ふざけんな!! 余計なお世話なんだよ!! 死ね!! だったらなんで、羞恥プレイか鞭かなんて言うんだよ!!」
「だって、無理矢理選ばされて恥ずかしそうにしているトラシュが可愛いから」
「キモっ……死ねよ本当に死ね!!」
「ちなみに鞭だったら、俺にこうやってつつかれてた」
そう言ってフュイアルさんは、僕の頬を、人差し指でつんつんつついてくる。
殺したい。本当に、今すぐに。
「触んな!!!! 離せよっっ!!」
「トラシュ……今、俺、必死に我慢してるんだよ? トラシュのこと、休ませなきゃならないから」
「知らねーよ!! 僕はお前を殺せれば、他のことなんかどうでもいいんだよ!!」
なおも暴れる僕に、フュイアルさんは、少し冷たい声で囁く。
「あんまり暴れると、媚薬の魔法使うぞ。あれなら、トラシュの体を傷つけずにすむ」
「はあ!??」
「どうする?」
「ぐっ……」
この野郎……僕があの媚薬の魔法が何より嫌いだって知ってるくせに……
歯噛みする僕の目の前を、フワッと金の粒が飛んでいく。媚薬の魔法だ!!
「ひっ……! や、やだっ……媚薬の魔法っ……やだ!」
「大人しく休まないと、抵抗できなくなるまで弄ぶ」
「やめろっ……! わ、分かった……から……」
怯える僕に、フュイアルさんが、耳元で「約束だよ?」って囁く。
くすぐったくて震える僕の頭を撫でて、フュイアルさんは媚薬の魔法を消した。
そしてまた抱きしめてくる。トラシュは可愛い、なんて言いながら。
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