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54.余計なお世話です

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 無言で、パンにバターとジャムを塗る。

 そもそもあのエイリョーゾ、どうやってフュイアルさんを倒すつもりなんだろう。
 僕があいつと組むことを決めて、あいつと付き合ったら、作戦の意味を教えてくれるって言ってた。
 だったら早く返事をすればよかったんだ。あの人のこと、きっと好きになれるし、さっさとその手をとればよかったんだ。そうしようと思ってたのに、なんですぐにあの男の手を取らなかったんだ。
 後で連絡するって言ってたけど、いつ連絡来るんだ? 僕、あいつのこと、全然知らないのに。

「トラシュ」

 すぐそばで呼ばれて、びっくりした。振り向けば、フュイアルさんが、すぐそばに立って、僕を見下ろしている。

 一体なんだって言うんだ。僕はまだ食べてる途中なのに。

 まさか……考えてること、バレた? エイリョーゾのことにも、気づいたのか?

「なんですか? 食事中ですよ?」

 聞いても、フュイアルさんは何も答えなくて、無言で、僕に向かって、手を伸ばしてきた。

「触んなっ!」

 慌てて振り払う。危なかった。こんな奴に触れられたら何をされるかわからない。

 すると、怒り出すかと思いきや、フュイアルさんはいつもの笑顔で笑った。

「やっぱりトラシュはトラシュかー。そんなに怯えなくてもいいのに」
「誰がっ……! 誰がいつお前なんかに怯えたって言うんだよ!!」
「だって、怖がってるみたいだったから」
「……何がだよ…………僕がフュイアルさんを怖がるなんて、あり得ません。あるとすれば、フュイアルさんがキモすぎるからです。それ以外に何があるって言うんですか?」
「俺は、さっきまで珍しく大人しくご飯食べててくれてたから、何かあったのかなって思って、心配になっただけだよ」
「はっ……!? な、何もないっっ!! ある訳ないだろ!!」
「そう? 急に機嫌が悪いね……もしかして、眠れなかった?」
「別に……よく眠りました。機嫌が悪いのは、フュイアルさんがそばにいるからです」
「よく眠れたならよかった」
「僕の話、聞いてますか? 近づかないでください!」
「俺のそばにいるときは、安心した顔してくれるのに?」
「はあああ??? 安心? 何勘違いしてるんですか? 頭、大丈夫ですか?? よく寝てるのは、フュイアルさんがっ……僕を襲うからです! 疲れ切って寝てるんです! 死ねよ!!」

 くそ……朝から僕は何を言っているんだ。こんな奴に、弱みを見せるような真似をして、こんな奴の用意したもの、平気で食べて。

 握ったパンを放り投げようとしたら、突然、フュイアルさんは僕に、コーヒーの入ったマグカップを渡してくる。

「はい」
「…………」
「せっかく用意したんだから、飲んでよ。何も入れてない。もちろん、食事にも」
「…………まずそうだし飲みたくないけど飲みます」

 受けとった手を強く掴まれる。フュイアルさんは僕のことをじっと見下ろしていた。

「な、なんだよ!! や、やっぱり無理矢理やる気だな!!」
「そんなことしないから……腕、見せて?」
「は!?」

 そいつは、僕のパジャマの袖を捲って、僕の腕を見ている。

「ほら、やっぱり……」

 そう言ったフュイアルさんは、僕の腕を指差していた。そこには、大きなアザのようなものがいくつもできている。

 なんだこれ……? 気づかなかった……

 フュイアルさんは、それを見て真剣な顔で言った。

「昨日の砂嵐に、魔物の魔力が混じってた。それにやられたんだろう」
「全然気づかなかった……」
「トラシュは自分の体に興味ないから。俺が見ていてあげないとね」
「はあ? キモ……」

 やっぱり気持ち悪い人だ。

 フュイアルさんの手を振り払ったら、腕のアザが激しく痛んだ。もう千切れてしまいそうだ。

「いっ……たぁ…………」

 フュイアルさんは、痛みに耐え切れず、蹲る僕を見て、気持ち悪くなるくらい優しく言った。

「今日は、仕事休んでいいよ」
「はあ? なんでですか? 行きます」
「俺の力になりたいのは分かる。だけど、その体で無理をしないほうがいい。体の中で魔力が渦巻いているんだ。無理は禁物だよ」
「誰がフュイアルさんなんかの力になりたいなんて言ったんですか? 死んでください。僕はフュイアルさんの部屋にいたくないだけです。今すぐ死んでください。僕が殺してあげますから」
「だったら、所長命令。ここにいなさい。いなかったらクビ」
「はあ!? ずるっ……! おい!!」

 僕は怒鳴って立ち上がるけど、フュイアルさんが、僕の首に触れたら、僕の首に首輪が現れた。

「な、なんだこれ!! どういうつもりだよ!!」
「トラシュがここにいるように、魔法をかけた。既に回復の魔法はかけたけど、かなり面倒なものだから、完全に回復するまでは時間がかかるはずだ。ちゃんといい子で寝ててね。悪いことしちゃダメだよ」
「うるさいっ……! 余計な…………お世話……」

 なんだ? 急に眠くなってきた。どうなってるんだ。

 眠くてたまらない。きっと、フュイアルさんの魔法だ。くそ……変態魔族め。

 腹を立ててもやっぱり眠い。頭がクラクラしてきた。

「フュイアルっ……さんっ…………魔法っ……解けっ!」
「ダメ。ちゃんと寝てなさい」

 こいつ、ふざけた真似しやがって。絶対に後で殺してやる……

 そんなことを考えながら、僕の意識は消えていく。薄れていく視界の向こうで、フュイアルさんは、微笑んでいた。

「……トラシュ……好きだよ……」
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