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26.口に出しにくい嘘

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 車でフュイアルさんの後を追い、僕が辿り着いたのは、巨大なお屋敷の前だった。ここ、確か、東区の一帯の土地を所有する地主の屋敷だ。僕のマンションも、ここの所有物だったはず。

 こんなところに、フュイアルさんがいるのか?

 僕は魔法を使って飛び上がり、開いていた窓から中に入った。

 すごく無用心。誰かが侵入してくるなんて、夢にも思っていないようだ。

 廊下に降りると、奥の方から、話し声がした。向こうか……

 ここまで来て、僕の追跡の鍵は、光を失ってその場に落ちてしまう。
 フュイアルさんが追跡されていることに気づいて魔法を解いたか、僕が忍ばせた鍵が壊れてしまうくらい、強い魔法を使っているんだろう。

 急いだ方がいいかも……

 僕は、フュイアルさんを探して、歩き出した。

 少しも行かないうちに、下の階へ向かう薄暗い階段が見えてくる。

 話し声がするのは、階下の方からみたいだ。

 なんだこれ? 叫び声みたいだけど……もしかして、悲鳴か?

 階段を駆け下りる。下から、誰かがこっちに向かってきた。剣を携えたその男は、いきなり僕に斬りかかってくる。

 遅い。

 さすがはフュイアルさんに翻弄されていた奴らの仲間。とろすぎ。

 その剣を避けて飛び退き、僕はそいつと対峙した。

「なに? いきなり」
「……お前、あいつの部下だな?」
「……あいつって、まさか、フュイアルさん?」
「あいつを助けに来たんだろう?」
「え?」

 助けに来た? それって、やっぱりフュイアルさんはこいつらに誘拐されていたってことか?

 僕は、そいつに向き直った。

 さっきの一撃でわかっている。剣術も魔力も、大したことない。それなのに、フュイアルさんを誘拐なんて、できるのか?

 もしかしたら、すごい力を隠しているのかもしれない。

 じーっと見ていたら、その人は首を傾げてしまう。

「なんだ? 違うのか?」
「えっ!? あ、えーっと……」

 助けにきたんじゃなくて、むしろその逆なんだけど、これはきっとチャンスだ。

 相手は、僕らを憎んでいる盗賊たち。そして、フュイアルさんを捕まえることができるくらいの人がここにたくさん集まっているのなら、いくらフュイアルさんでも、多少は手こずるはず。

 それどころか、今頃この屋敷のどこかで嬲り殺しにされているのかもしれない。

 そう考えると、僕の頭に、ホットサンドを持ってきた時のフュイアルさんの笑顔が浮かんだ。

 急に腹の中からモヤモヤしたものが湧いてくる。

 なんだこれ……

 そうか。

 あれだけひどい目に合わされてきたんだ。勝手にいなくなられたら嫌なんだ。僕がこれまでの恨みを晴らせないじゃないか!

 フュイアルさんを探し出して、僕の手で弱りきったフュイアルさんを刺す、この作戦で行こう!!

 僕は、目の前の男に向き直った。

「あ、あの……た、た、助けに来たんだけど……」

 フュイアルさんを助けに来たなんて言いたくない……

 こんなに口に出しにくい嘘ってあるんだ。

 口を歪ませながらなんとか答えて、動揺が相手にバレないように気をつけながら、僕は話を続けた。

「その……さ、さっきの一撃でわかったんだ!! 僕はあなたに敵わないし、フュイアルさんなんか助けたくもない……じゃなくて、フュイアルさんのことも、た、た、た、助けられないから……その、さ、最後に、死ぬ前に会わせて!」
「……は?」
「えっと、殺す気なんですよね!? だから……すごく、し、し、し、しし、心配で……その、最後に、あ、あ、あ、あ、会いたいなあって……僕、もちろん、フュイアルさんを助けたりしないし、お願いします……何か聞き出したいなら、僕、協力します!! お願いします!」
「……」

 心にもないどころか、むしろ逆のことを切に願っていると、こんなにも口って、言葉を吐くことを拒否するものなのか。知らなかった。

 その人は、僕をじっと見ている。

 バレたか? やっぱり声が震えすぎていたか?

 別の作戦を考えなきゃいけないかと思い始めたけど、そいつは、うなずいてくれた。

「強情な男の口を割る役に立つなら……来い! おかしな真似をすれば殺す! いいな?」
「はい! もちろんです!!」
「……やけに元気だな……」

 男は訝しがりながらも、僕を連れて行ってくれる。

 敵であるはずの僕が後ろにいるのに、特に警戒されている様子もない。隙だらけにしか見えない。
 それなのに、フュイアルさんを誘拐するなんて、一体、どんな力を隠し持っているんだ?

 少し探ってみるか。

 僕は、後ろからその男に話しかけた。

「あの……名前、なんていうんですか?」
「は? 俺のか? 侵入者にそんなもん教えるわけないだろ」
「……そうですか……あ、僕はトラシュって言います……」
「知ってる」
「え? なんで?」
「フュイアルの周りのことは、全て調べ上げた。お前、あいつのお気に入りなんだろう?」
「……は? 全然違うから」
「違うのか?」
「違います。あいつ、僕を監禁する男ですから」
「溺愛されていると聞いたが、嘘か」
「溺愛? 拷問の間違いだろ」
「……そんな男を助けに来たのか?」
「え!? あ、えっと……た、助けないと、あとで怒られるから……」

 苦し紛れの言い訳だったけど、結構的を射ているような気がしてきた。

 フュイアルさんが襲われた時、僕はそれを車の中から傍観していた。今度フュイアルさんに会ったら、それを理由に吊るされて、また嬲られるかもしれない。

 今度こそ仕留めなきゃ、僕がやられる。

 静かに黙って決意を固めながら、僕は廊下を歩いた。

 すると、男はこちらに振り向き、廊下の奥にあった扉を開く。

「ここだ……入れ!!」

 そいつは僕を後ろから突き飛ばして中に押し込んだ。受け身を取りたいのに、手が勝手に背中にまわったまま、動かない。

 僕は、そのまま無様に床に転がった。

「いたっ……!」

 手首がずきっと痛む。いつの間にか、後ろ手に縛られていた。魔法だろう。フュイアルさんのことばっかり考えてて、油断してた。

 僕をここまで連れてきた男は、僕を捕らえたと思ったのか、倒れた僕のすぐそばに立って、馬鹿にしたように言う。

「立て。奥まで歩くんだ」

 怒りは湧くけど、無言で縛られたまま立ち上がる。ここで怪しまれたくない。
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